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魔王軍をクビになりたい四天王、敵の勇者が辞めさせてくれない  作者: たつき


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22/25

返礼は、想定済み

 深夜の執務室に、久しぶりにあの紙が出た。


 《簡単にクビになる方法・改訂版》。


 初版には、補給倉庫の放火から辞表の連投まで、却下の線が並んでいる。副官を倒さず、人事の胃を守り、兵を飢えさせずに失敗する。条件を守ると、残る案が少ない。

 ゼナは新しい欄を作った。


 【リリア対策】。


(とうとう専用の欄が要るようになった……)


 第七砦では、勝利の報告にこちらの救援活動まで書き足された。アルメリアでは休日を人事評価へ換えられた。次も、向こうは何かする。

 会談の隅で、リリアが外交官と書類を突き合わせているのを二度見た。片方が紙を指し、もう片方が首を振る。三度目に覗いたときには、二人とも頷いていた。

 立会人に決定権がないことくらい、本人も知っている。


 ゼナは、用意した譲歩案の脇へ書き込んだ。


 ――免税には、相互免税。

 ――費用負担には、共同負担。


 そこでペンを止め、関所の調査報告を開く。地図、巡回表、予算書。最後に、人類側から届いていた交渉権限の一覧。

 一枚ずつ重ね、順番を入れ替えた。


(返してくるなら、返せるものから出しましょう)


 退職計画にも、議題の順序が要るらしかった。


   ◇


 共同視察の朝は、街道南端の市場から始まった。


 人類の商人が布を売り、魔族の商人が反物を肩に担いで運んでいく。停戦から幾月か経ち、荷車の通れる道幅だけは、どちらの種族にも等しく不足していた。


「そこ、一台通すから空けて!」


 リリアが手を振ると、人垣が割れた。

 通り抜けた馬車の御者が、顔をほころばせる。


「勇者様。おかげで、全部売れましたよ」

「帰りは何を積むの?」

「今回は空です。向こうで次の荷が待ってますから」


 空の荷台が、軽い音を立てて揺れた。

 リリアは次の一台にも声をかけている。ゼナはその間に、市場に隣接する軍の倉庫を確認した。軒下には関所の補修に使う板材と釘の箱が積まれ、輸送待ちの札が下がっていた。


「手配は」

「荷馬車を雇う見積もりが、本日上がります」

「確認したら回して」


 頭の中で、帰城後の決裁が一枚増えた。


 視察の一行は、そこから北へ、国境の関所へ向かった。市場で荷を売った商隊が帰るのも、同じ道である。

 途中、林の切れ目に魔王軍の巡回兵がいた。野生の魔物が出る区間だけ、商隊は週三便の護衛を待って、まとまって通る。


「次の便は明朝です。今夜は宿でお待ちください」


 兵に言われた御者が、懐の銭入れを覗いた。

 リリアの歩みが、少し遅くなった。


「毎日、出せないの?」

「追加の人員と手当が要るわ」

「人は?」

「組める。費用は、まだ誰も出すと言っていない」


 ゼナは、後ろの護衛隊長へ目を向けた。


「今日の商隊は、私たちの列の後ろに。関所まで同じ道よ」


 隊長が頷き、待っていた御者たちへ手を振った。

 リリアが、こちらを見た。

 ゼナは地図を畳んだ。


   ◇


 関所前の天幕には、両軍の実務者が揃っていた。

 記録席にギデオン。人類側外交官の隣にリリア。金髪の前には、色の違う付箋が並んだ書類の束がある。


「ずいぶん用意がいいのね」

「誰かさんのおかげでね」


 ゼナは椅子を引いた。


「国境三街道の通行税を、人類側の商人に限り、半年間免除することを提案します」


 差し出した一枚を、人類側外交官が手に取る。

 魔王軍側の随行官は、別紙の減収見込みを見て背筋を伸ばした。


「閣下。この額を、無条件で?」

「ええ」

「事前の協議を経ておりませんが」

「提案者は、私の名で記録して」


 ゼナは、そこだけ念を押した。


 人類側外交官がリリアを見た。リリアは青い付箋の紙を抜き、相手の手元へ置く。


「では、当方からも同期間、魔族側商人の通行税を免除したい。相互免税については、本国の承認を得ております」


 随行官が、息をついた。

 ゼナは頷いた。


「結構です」


 リリアの指が、次の付箋の上で止まった。


「……いいの?」

「そちらからの返礼を断る理由はないでしょう」


 ゼナは、重ねてあった二枚目を卓へ出した。


「では、通行税に加えて、護衛も付けます」


 リリアが顔を上げる。


「先ほどの市場から、この関所まで。商隊の護衛便を毎日設ける。当面三十日。人類商隊の利用料は、当方が負担します」


 続く別紙には、人員の交代表と追加費用が記されていた。兵の休息を削らず組めることは、予備隊の隊長に確認してある。手当の支出先は、手つかずの復興促進予備費。

 予定済みの工事も、補給も止めない。ただし、護衛を有料で出せば得られたはずの収入を、丸ごと放棄する提案だった。


「この費用については、人類側からの支払いを求めません」


 リリアが、赤い付箋の紙を抜いた。

 ゼナも、人類側の街道調査を開いた。


「そちらの道は、宿場の警備隊で足りている。私たちの商人へ同じ護衛を付けても、節約になる費用がない」


 赤い付箋が、卓の上に置かれた。

 ゼナは、今度はリリアを見た。


「ほかの返礼を、聞かせて」

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