ただし、監視付き
翌日の夕刻、会堂の小部屋に受領書が届いた。
五十名。全員の名前の横に、受け入れ担当の確認印があった。
リリアも、最後の一人が宿舎へ入るところまで見届けてきた。名簿の中にいた伍長は、片方の靴紐を二度結び直していた。手が震えて、うまく結べなかったのである。
ギデオンが、受領書を卓へ置く。
「帰還希望は本人に確認。名簿との相違なし。引き換えの要求もなし」
連絡将校が頷いた。
「司令部への報告にも、勇者殿からの処遇照会を受けた返還、と記載します」
その将校は、リリアの椅子を卓のそばへ引いてくれた。
今日は、扉から遠かった。
「では、査問について」
ギデオンは、別の綴りを開いた。
「戦闘記録の照合を終えた。救援隊からも、報告どおりの証言が得られた。あなたの提出した数字と証言に、偽りは見つからなかった」
リリアは、膝の上で握っていた手をほどいた。
「私信と接触の記録からも、敵へ機密を渡した事実や、見返りの約束は確認されていない。勇者称号を停止するだけの証拠はない。よって、停止は見送る」
息を吐きかけて、止めた。
まだ、紙が一枚残っている。
「ただし。ゼナ・クロウとの今後の接触は、すべて教会の監視対象とする。書簡も含む。会談には、私が同席する」
(……湖にも?)
聞かなかった。先に予定を差し出すのは、たぶん悪手だった。
「あの人のことは、どう報告するんですか」
「捕虜五十名を、約束どおり返還した敵将、と」
「それだけ?」
「動機までは、確かめられなかった」
ギデオンは、返還名簿を示した。
「準備は、この査問より前に始まっている。あなたを今日助けるために、すべてを用意したとは言えん。だが、この先に何を求めるつもりかも、まだ分からない」
名簿を畳む手が、そこで一度止まった。
「五十名が帰ったことは、認める。……ただし、これで戻らぬ者の名まで消えるわけではない」
ギデオンは、リリアではなく、紙の上の名前を見ていた。
「教会の地下には、帰らなかった者の名簿が三部屋ある。あの女の指した手が、どの頁とどう関わるのか。そこは、まだ調べている」
リリアも、受領書へ目を落とした。
伍長の名前の横には、インクが少し滲んでいる。
「……今日、五十人帰りました」
「ああ」
「次も、数えてください」
ギデオンは、受領書を調査記録へ綴じた。
「そのために、同席する」
◇
廊下の先で、黒い軍服が窓の外を見ていた。
魔王軍側も、受領書を受け取ってから帰るらしい。随行官が馬車へ書類を運んでいる。
リリアは、早足で隣に並んだ。
「……助けた?」
「捕虜の食費が高いの」
「そう。ありがと」
「お礼の理由がないでしょう」
窓の外では、両軍の御者が並んで馬に水をやっていた。敵同士の馬が、同じ桶に鼻を突っ込んでいる。
「手紙、読んだ」
ゼナが言った。
「話したかったのは、査問のことでしょう」
「……なんで知ってるの」
「知らなかった。今、あなたが白状した」
リリアは、窓枠へ軽く額をつけた。
「言うつもりだったの。『しばらく、私のために何もしないで』って。あなたが変に動くと、こっちの疑いが濃くなるから」
「帳簿の整理をしただけよ」
「その整理が、まるごと私の手柄なんだけど」
「勇者の指摘があったのは、事実でしょう」
「あれ、世間話!」
「議事録の上では指摘よ」
リリアは顔を上げた。
ゼナは、その顔を見てから目を窓の外へ戻した。
「……兵の前には、立てるの?」
「うん」
「そう」
それだけだった。
リリアは、追及するのをやめた。
「じゃあ、お礼は今度の湖。私が全部案内するから」
「お礼の概念がおかしい」
「あ。でも、監視付きになった。司祭様も船に乗せないと」
「……湖の船に、審問官を」
「三人で乗れる船を探しておくね」
「もう探す前提なのね」
馬車の支度が整い、随行官がゼナを呼んだ。
行きかけた黒い軍服が、窓の外の国境の方角へ目を向ける。
リリアはその横顔を知っている。第七砦の中庭で、物件の案内を始める直前。菓子屋で、ショーケース全体を検討していたとき。
「……今、何か企んでない?」
「何も」
「即答が怪しい」
「気のせいよ」
ゼナは、振り返らずに馬車へ消えた。
◇
その夜、リリアは帳面に新しい頁を作った。
《あの人が、次に変な譲歩を出してきた場合》。
第七砦から書き溜めてきた頁の続きである。
対応の候補を三つ並べ、そのうち一つに、外交官へ確認する印を付けた。今度は、先に話を通しておく。
隣の頁には、湖の予定もある。
《二人乗り》に線を引き、《三人乗り》と直した。予約する前でよかった。
人類のために、あの人は辞めさせない。
それから――ほんの少しだけ、それ以外の理由で。




