収容コストの削減です
翌日。アルメリア評議会の会堂で、リリアは自分の席札を探した。
末席にあった。
いつもなら外交官の隣、卓の中ほどにある。今日は扉の蝶番がよく見える。
(まあ、そうなるよね)
椅子を引くと、向かいの記録席でギデオンが一度だけ目を上げた。
その手元には、昨日の表とは別の書類が重なっている。端に、救援隊の徽章が見えた。
定刻。反対側の扉が開いた。
先頭の黒い軍服が、敷居のところで半歩ぶん、止まる。末席のリリア。記録席の見慣れない司祭。それから、卓の中ほどの席札。
ゼナは、何も言わずに着席した。
(……何かは、読んだな)
手を振るのは、今日だけ控えておいた。
会談は、いつもどおりに進んだ。
国境巡回の日程。復興地域への査察団の往来。再開した温泉街に、人類側の湯治客をどこまで受け入れるか。
(温泉街。いいなあ)
ゼナは数字の誤りを一箇所訂正し、受け入れ枠へ上限を付けた。宿の寝台より多く客を呼んでも、泊まる場所は増えない、という説明だった。
記録席の羽根ペンは、その説明も律儀に拾っている。
議題が一巡したところで、ゼナが書類を一枚、卓の中央へ滑らせた。
「最後に、当方より一件」
外交官たちが姿勢を正す。
「当方が収容する捕虜のうち、五十名を返還します。無条件で」
頁をめくる音が、止まった。
人類側外交官が書類を取り、隣席へ渡す。その隣でも、同じ箇所を指で押さえた。
「……対価は」
「ありません」
「五十名、全員を?」
「名簿のとおりです。帰還を希望する者のうち、収容の長い順に」
ゼナは、手元の帳簿を開いた。
「停戦下で収容所を維持し続ける費用を見直しました。端的に言えば、収容コストの削減です。捕虜の食費が、高いので」
淡々とした声だった。
外交官は、なお書面の裏を確かめていた。条件が隠れるなら、そこしか残っていない。
「なお本件は、先の会談で勇者殿から捕虜の処遇について指摘があったことを受け、検討したものです。議事録には、そのように」
(……指摘?)
リリアは、急いで記憶を掘り返した。
二回前の休憩中。茶菓子をつまみながら、「収容所のみんな、元気にしてる?」と聞いた。
あった。世間話が。
連絡将校がリリアを見て、小さく頷いた。書記は返還の項目に、彼女の名前を書き込んでいる。
つい先ほどまで、蝶番の隣に置かれていた名前である。
記録席から、静かな声がした。
「ゼナ・クロウ殿。二点、確認したい」
「どうぞ」
「返還の裁量権は」
「停戦期間中の捕虜返還は、一定数まで全権特使の裁量に含まれます。五十名は規定の内です」
「では、この名簿はいつ作成したものか」
ゼナは末尾の頁をめくり、作成日と収容所長の印を示した。
会談の三日前だった。ギデオンは、その日付を控えた。
「本人の帰還希望も、その時点で確認を?」
「ええ。受け渡しの際、そちらからも本人へ確かめてください。照合に要る記録は、担当官に持たせます」
人類側外交官が、名簿の複写を連絡将校へ回した。
将校は自軍の捕虜名簿を取り出し、名前の脇へ印を付けていく。
「……この伍長も、生きていたか」
声が、そこだけ低くなった。
隣の外交官が紙を覗き込み、頷く。受け入れの宿舎を確保する話が、そのまま始まった。
ギデオンの羽根ペンも、動いていた。
リリアには、何を書いたかまでは見えなかった。
◇
受け渡しは、翌日の午後と決まった。
会談が終わるころには、軍医の手配と家族への照会のために、連絡将校が二度出入りしていた。
リリアの席へも、受け入れ担当の士官が来た。
「勇者殿。ご家族へ、あなたのお名前を伝えても?」
「……私、帰還の約束まで取り付けたわけじゃ」
「それでも、話を出してくださったのでしょう」
違うとは言えなかった。
卓の向こうでは、ゼナが返還書類の控えを鞄へしまっている。
(本当に、食費?)
名簿は査問の前にできていた。けれど、いまの言い方まで三日前に決まっていたかは、分からない。
席を立ったところで、ギデオンに呼び止められた。
「勇者殿。明日は受け入れへ立ち会っていただく」
「行きます。……査問の続きも?」
「受け渡しを見届けた後に」
リリアは、ゼナの席を振り返った。
黒い軍服はもう扉へ向かっていたが、その指が一度だけ、自分の鞄を叩いた。手紙を入れる、外側の小さなポケットだった。
読んだ、という意味だろうか。
問いかける前に、随行官が開けた扉の向こうへ消えた。




