根拠があれば、認める
呼び出し状は、朝の食堂に届いた。
差出人は東部方面司令部と、教会審問局の連名。用件は一行、《勇者リリア・アステルの近時の行動について》。本日正午、聖堂裏の議事房。
リリアは麦粥の匙を置いて、二度読み直した。
(心当たりが……多すぎる)
第七砦の戦果報告書に、自分の手で詳細を書き足した。敵の四天王を交渉窓口へ推す意見書を出した。中立都市では、その四天王と丸一日遊んだ。
あとは、会談のたびに敵側の席へ手を振っている。
(最後のは、減らしたほうがよかったかも)
予感は前からあった。先週、アルメリア経由で出した手紙は、もう着いただろうか。
リリアは制服の襟を正し、書類を入れた鞄を持った。菓子屋の案内図だけ、抜いておいた。
◇
議事房は、夏の終わりでも石の冷たさをためこんでいた。
長卓の向こうに将軍が三人と、司教代理がひとり。壁際の記録席では、痩せた司祭が羽根ペンを立てて開始を待っている。
東部方面の老将軍が、書類を一枚ずつ卓へ置いた。
「第七砦の報告に対する補記。敵将を交渉窓口へ推す意見書。それから、アルメリアでの目撃報告だ」
三枚目には、評議会の正式な記録も添えてあった。
《両種族衝突の未然収束について。指揮:ゼナ・クロウ氏、リリア・アステル氏》。堂々の連名である。
「お前は、この敵将をどこまで信用しておる」
「少なくとも、話をする相手には選びます」
「その根拠を聞こう」
リリアは帳面を開いた。ここは、準備してある。
「この三年の戦域別の死者数です。兵数と交戦回数も並べました。ゼナ・クロウの担当戦線では、こちらの死者が少ない。撤退への追撃も、ほとんどありません」
占領地で軍用食を置いていった例。捕虜の帰還率。帰還兵から聞き取った扱い。
読み上げるあいだ、老将軍は表の数字を指で追っていた。
「損害が少ないことは、喜ばしい。だが、いま剣を使わずに済む相手が、これからも使わぬとは限らん」
「だから、会談を続けたいんです」
「会談は続ける。問題は、お前個人が近づきすぎていないかだ」
老将軍は、意見書の一行へ指を移した。
「『安心して交渉を任せられる』。これは誰にでも勧めてよい言葉か」
リリアは、その一行を見た。
書いたときの自分なら、頷いていた。猫型クッションを抱えて、限定のケーキを四つ買う姿を、まだ鮮明に覚えている。
長卓の向こうでは、誰もそれを見ていなかった。
「……そこは、私の見立てです」
「その見立てに、軍を預けるわけにはいかん。敵が親しげに振る舞う間に、何を求めてきたかも確かめねばならん」
司教代理が、両手を組んだ。
「確認の結果によっては、勇者称号の一時停止も検討する」
称号が止まれば、リリアは兵の先頭に立つ資格を失う。
帳面の端を握った指を、一度開いた。
「調べてください。会った日は、全部ここに書いてあります。ただ――」
死者数の表を、卓へ残す。
「この数字まで、なかったことにはしないでください。私は、死者が減る側に立ちます」
「――その数字について、確認したい」
記録席の司祭が、羽根ペンを置いた。
「教会審問局、ギデオン・ヴェルス。本査問の調査を預かっている。まず、これは誰が集計したものですか」
「私です。元は、司令部の戦闘記録と戦死者名簿です」
「敵将から渡されたものではない?」
「違います。借りた記録の番号は、右端に」
ギデオンは立ち上がり、老将軍の横へ紙を一枚置いた。司令部の印のある記録だった。
リリアの表へ視線を落とし、原記録へ戻す。二つの数字の脇に、小さく印が付いた。
「同じですな」
老将軍が身を乗り出し、日付も確かめた。
「一昨年のものか」
「はい。勇者殿がゼナ・クロウと知り合う前に、当方で作成した記録です。残りも番号から照合できます」
ギデオンは、リリアへ向き直った。
「聞き取りのほうは?」
「帰還兵には私が。村人の証言は、救援隊の報告を借りました」
「では、救援隊の担当者にも聞く。あなたの感想と、その場にいた者の話は、分けておきたい」
リリアは鞄から、もう一冊出した。
ギデオンが、わずかに眉を上げる。
「私信と、会った場所の控えです。……こちらは、先に読まれる覚悟が要ります」
「誰に」
「私に」
司祭は表紙を開いた。
最初の頁には、《湖。船。対岸の市場。帰りに菓子》と書いてある。
羽根ペンが、しばらく宙で止まった。
◇
閉会の前に、ギデオンは一つだけ、手続きにないことを話した。
「私は東部で、弟を亡くしています」
声は、記録を確かめたときと変わらなかった。
「二十年の戦で、家族を失った者は私だけではない。あの敵将も、この三年で、多くの兵に忘れられぬ名を残した」
リリアは、頷かなかった。続きを待った。
「だからこそ、確かめる前に話を終わらせるわけにはいかん。根拠があれば、認める。足りなければ、調べる」
司祭は、会談日程の書類を引き寄せた。
「明日の会談に同席します。あなたの言う《氷血の魔女》を、この目でも確かめたい」




