↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王軍をクビになりたい四天王、敵の勇者が辞めさせてくれない  作者: たつき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/25

無限の改良権

「工事を、二段階に分ける」


 ゼナの声は、戦場のそれだった。


「第一期。以前と同じ湯を出せる状態まで戻す。余計な機能は一つも付けない」

「ですが、それでは」

「第二期。あなたの改良。――ただし、第一期が完成した後に」


 ミレーユが口を開きかけ、止まった。


「完成した後の改良は、いつまで?」

「期限は設けない。やり放題でいい」

「完成した後に、改良……! それは……無限では!?」

「そうよ」


(早く入りたいだけよ)


 ミレーユは胸の前で両手を組んだ。信仰を得た顔だった。


「なんて合理的なんでしょう。完成は一度きりですが、改良は永遠……! 分かりました。第一期を最短で終わらせます。一秒でも早く、無限を始めるために!」


 動機はどうあれ、結論は正しい。ミレーユは改良案の図面を丁寧に鞄へしまい、復旧だけの工程表を、恐るべき速さで引き直した。天才は、目的さえ合えば速いのである。


 第一期の修理は三日と切った。検査を含めて、五日で湯を出す。資材は軍の補給網に相乗りさせ、最寄りの駐屯地から半日で届く手配を組む。戦時に鍛え上げた兵站は、平時に使うと魔法のように速い。職人たちが目を丸くした。


「軍って、こんなに手際がいいんですかい」

「うちの補給部門は優秀なの」


 主に自分が組んだ補給網である。温泉へ繋がると分かっていたら、あと一割は速く組んでいた。


 ついでにゼナは、湯守の老人を第二期の相談役に任命した。


「彼女の改良案は、まずあなたが聞いて。街に要るものだけ、通して」

「わしが、四天王様の関所かね」

「一番詳しいでしょう、この湯に」


 老人は笑って引き受けた。ミレーユは早速、図面を抱えて隣へ椅子を運んできた。


   ◇


 工事は、三日で街の風景を変えた。


 初日の夕方、ミレーユは夜の作業灯を用意し始めた。湯守の老人は、工具箱に蓋をした。


「嬢ちゃん。いい腕だが、湯ってのはな、待たせ方も味のうちだ」

「待たせ方……! つまり供給の緩急制御……メモしますね」

「そういう話じゃあないんだがねえ」


 現場からは帰されたが、夕食の卓には図面が広がった。

 老人は湯を使う順序を、ミレーユは管の中を湯が通る順序を話した。ときどき話が合い、ときどき、互いに首をかしげた。


 二日目の朝、ゼナは、交換予定だった制御盤が残っているのに気づいた。


「新しいものに替えるのでは?」

「このつまみは、修理して使います」


 ミレーユが古い真鍮のつまみを回した。握る場所だけ、長年の手に磨かれて明るい。


「湯守さんが、触ればどのくらい開いたか分かるそうです。替えたら、初日から操作を覚え直していただくことになりますから」

「……いいの? 旧式のままで」

「第二期の新しい装置は、隣で試します。こちらの湯を止めずに済みますし」


 図面には、細い分岐が一本増えていた。

 ゼナは工程表の「操作説明会」を、一つ消した。


(こういう改良なら、いくらでもどうぞ)


 そのあいだに、ガルドは通りの瓦礫を片づけていた。荷車が三往復する量を一往復で消し、崩れた石積みを積み直し、ついでに傾いた宿の柱を直した。護衛の仕事は、初日の三分で終わっていた。以後は完全に土木の人である。


「兄ちゃん、いい身体してるねえ」

「鍛えているからな!」

「うちの屋根も見てくれんか」

「任せろ!」


 二日目には両腕に子どもをぶら下げて歩き、三日目には街の年寄りたちに囲まれて茶を出されていた。薪割りを頼まれれば冬じゅうの薪を割り、井戸の釣瓶を直し、ついでに石段の傾きまで直した。四天王第一席が、町内の頼れる兄貴になっていた。

 魔族も人も、働き者を好きになる速度だけは同じである。


   ◇


 修理は、予定どおり三日で終わった。続く二日で配管の圧力試験と水質の検査を済ませ――五日目。湯出し試験の日が来た。


 最初に湯が入ったのは、バーデ名物だったという高温槽である。二年前と同じ温度へ、忠実に戻しただけの復旧だ。

 試しに手を入れた職人が悲鳴を上げ、慌てて手を引いた。ゼナはその時点で、この槽を選択肢から外した。


「昔から、こんな温度だったの!?」

「名物ってのは、そういうもんさね」


 ガルドだけが、肩まで浸かった。


「…………これだ」


 至福の顔だった。誰も共感しなかった。

 ミレーユが温度計を差し込み、首をかしげた。


「温度は、元の記録どおりですね」

「そこは、下げていいわ」

 湯守の老人だけが、遠い目で頷いた。


「わしの親父の代にも、一人おったよ。そういうお客が」

「どこの世にもいるのね……」


 続いて、本命の配湯試験。職人が中庭へ縄を張り、見物人をその外へ下げてから、ミレーユが起動栓を回した。


「旧式配湯機構、再起動です」


 二年間眠っていた機構は、目覚めの機嫌が悪かった。


 弁のひとつが固着していたのである。行き場を失った圧が管を走り、逃げ道を探した湯が、中庭の涸れた噴水から一気に噴き上がった。十丈。真昼の空へ、白い湯柱が立った。


 ミレーユが、すぐに元栓を閉じた。

 湯柱が落ち、白い湯気だけが残る。その向こうで、子どもが声を上げた。


「もう一回!」

「直してからです」


 ミレーユは屈んで、配管を覗き込んだ。湯気に差した日が虹になり、縄の外から歓声が上がる。二年ぶりの湯を、街は一足先に見てしまった。


 湯守の老人がぽつりと言った。


「……これ、名物になるんじゃないか」

「でしたら第二期で、安全な自動制御にしましょう! 定刻に噴かせます!」

「事故を機能にしないで」


 ミレーユの図面に、また一本、線が増えた。


   ◇


 夕刻。復旧一号湯に、湯が満ちた。


 街の人々は総出で並び、そして誰も入ろうとしなかった。


「最初の湯は、恩人に」


 全員が同じことを言った。譲る気配が、微塵もなかった。

 ゼナは衆目の拍手に見送られ、浴場へ送り込まれた。望むところではあった。見送りは、要らなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。