復興の初弾は、象徴性が重要
復興の初弾は、象徴性が重要である。
最初の一件が目に見えて成功すれば、東部全体の士気が上がり、避難民は戻り、投資も動く。ゆえに初弾には、軍が本気であることが伝わる案件を選ぶべきである――。
という理屈を、ゼナは臨時の打ち合わせで三分かけて説明した。
全会一致で承認された。
動機が湯であることは、誰にも伝わらなかった。
かくして復興計画の第一件目は、温泉街バーデの復旧と決まった。現地査定の責任者は、言い出した本人である。
出発の朝、旅装のゼナの鞄を見て、副官が一瞬だけ動きを止めた。軍装一式の脇に、明らかに業務と関係のない布包みが収まっている。手ぬぐいと、湯上がり用の部屋着だった。
「……何か」
「いえ。よい査定を」
話の通じる男である。
同行は二名。設備担当のミレーユと、護衛担当のガルド。
ミレーユの荷馬車は工具と試作品で軋んでいた。馬が振り返るほど重かった。
「念のためです。現地で何が改良できるか、分かりませんから」
「直すのよ。改良じゃなくて」
「同じ意味では?」
「違う意味よ」
釘は刺した。刺さったかどうかは、別の話である。
「護衛は任せろ!」
ガルドは徒歩だった。馬車と並走して走るという。それが本人の言う「移動」である。誰も止めなかった。止まる男でもなかった。
道中、ミレーユは馬車の中で早くも図面を描いていた。まだ現地を見てもいないのに、である。ゼナは注意しかけて、やめた。描くだけなら被害はない。
窓の外を、東部の丘が流れていく。半年前まで戦線だった土地に、今は羊が放されていた。焼けた見張り塔の脇で、農夫が畑を起こしている。
停戦は、風景の速度で世界を変えていた。悪くない眺めだった。仕事さえ増えなければ、もっとよかった。
並走するガルドが、窓越しに叫んだ。
「いい山だ! 帰りは走って越えよう!」
「馬車で帰るわよ」
◇
バーデは、山あいの静かな街だった。
静かすぎる、と言うべきだった。
温泉街の目抜き通りに、湯気が一筋もない。土産物屋は半分が板を打ちつけられ、宿の暖簾は色が抜けている。戦災で崩れた石積みが、通りの端にそのまま残っていた。
前線に近すぎたこの街には、二年間、復旧の資材も技師も回ってこなかった。湯が止まった温泉街は、湯治客も、働き口も、少しずつ失っていった。
出迎えた街の総代たちは、揃って顔が強張っていた。無理もない。四天王が三人まとめて来たのである。査定次第で街の命運が決まると思えば、握った帽子も絞れるほどになる。
その緊張は、三分で解けた。ガルドが挨拶より先に、通りの瓦礫をひとつ担ぎ上げたからである。
「邪魔だな、これは! どこへ運ぶ?」
「え、あ、裏の窪地へ……」
「任せろ!」
査定に来た軍が、着いた瞬間から働き始めた。総代たちは顔を見合わせ、それから、帽子の皺を伸ばした。
それでも街は、空っぽではなかった。
源泉小屋の前で、ひとりの老人が石畳を掃いていた。湯守だという。湯の出ない源泉の周りを、二年間、毎日掃除して待っていたのだという。
「いつ直るかは、分からんかった。でもな。順番が来た日に、汚れた湯口をお見せするわけにはいかんだろう」
覗いた源泉小屋の中は、湯も出ないのに磨き上げられていた。道具は油を差され、湯口の石は白く、隅に埃ひとつない。次に使う誰かのために整えられた場所を、ゼナは最近どこかで見た。第七砦である。整えたのは、自分だった。
(……この人とは、話が合いそう)
ゼナは黙って一礼した。
この街は、初弾に選んで正解だった。理屈のほうも、たぶん間違っていなかった。
◇
源泉小屋の中で、ミレーユが動かなくなった。
破損した導管。罅の入った魔導ボイラー。二年前の技術で組まれた、古いが誠実な設備。
それらを見つめるミレーユの目が、ゆっくりと輝きを増していく。ゼナはその輝きに見覚えがあった。会議室で議題が増殖した日の、あの輝きである。
「ゼナ様」
「何」
「直すだけなんて、もったいないですよね?」
来た。
「湯温の自動調整。配湯の最適化。浴槽ごとの温度個別制御。ああ、それに定期的な水質の自動検査も――」
図面の余白が、改良案で埋まっていく。一言ごとに、工期の見積もりが延びていく。
三日で出るはずだった湯が、十日になり、ひと月になり、図面の上で季節が変わった。
(私の温泉が、遠ざかっていく)
湯守の老人が、不安そうにこちらを見ている。
二年待った街に、これ以上は待たせられない。主に街のために。三割くらいは、自分のために。
ゼナは静かに、図面の真ん中へ手を置いた。




