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魔王軍をクビになりたい四天王、敵の勇者が辞めさせてくれない  作者: たつき


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13/25

復興の初弾は、象徴性が重要

 復興の初弾は、象徴性が重要である。

 最初の一件が目に見えて成功すれば、東部全体の士気が上がり、避難民は戻り、投資も動く。ゆえに初弾には、軍が本気であることが伝わる案件を選ぶべきである――。


 という理屈を、ゼナは臨時の打ち合わせで三分かけて説明した。

 全会一致で承認された。

 動機が湯であることは、誰にも伝わらなかった。


 かくして復興計画の第一件目は、温泉街バーデの復旧と決まった。現地査定の責任者は、言い出した本人である。


 出発の朝、旅装のゼナの鞄を見て、副官が一瞬だけ動きを止めた。軍装一式の脇に、明らかに業務と関係のない布包みが収まっている。手ぬぐいと、湯上がり用の部屋着だった。


「……何か」

「いえ。よい査定を」


 話の通じる男である。


 同行は二名。設備担当のミレーユと、護衛担当のガルド。

 ミレーユの荷馬車は工具と試作品で軋んでいた。馬が振り返るほど重かった。


「念のためです。現地で何が改良できるか、分かりませんから」

「直すのよ。改良じゃなくて」

「同じ意味では?」

「違う意味よ」


 釘は刺した。刺さったかどうかは、別の話である。


「護衛は任せろ!」


 ガルドは徒歩だった。馬車と並走して走るという。それが本人の言う「移動」である。誰も止めなかった。止まる男でもなかった。


 道中、ミレーユは馬車の中で早くも図面を描いていた。まだ現地を見てもいないのに、である。ゼナは注意しかけて、やめた。描くだけなら被害はない。


 窓の外を、東部の丘が流れていく。半年前まで戦線だった土地に、今は羊が放されていた。焼けた見張り塔の脇で、農夫が畑を起こしている。

 停戦は、風景の速度で世界を変えていた。悪くない眺めだった。仕事さえ増えなければ、もっとよかった。


 並走するガルドが、窓越しに叫んだ。


「いい山だ! 帰りは走って越えよう!」

「馬車で帰るわよ」


   ◇


 バーデは、山あいの静かな街だった。

 静かすぎる、と言うべきだった。


 温泉街の目抜き通りに、湯気が一筋もない。土産物屋は半分が板を打ちつけられ、宿の暖簾は色が抜けている。戦災で崩れた石積みが、通りの端にそのまま残っていた。

 前線に近すぎたこの街には、二年間、復旧の資材も技師も回ってこなかった。湯が止まった温泉街は、湯治客も、働き口も、少しずつ失っていった。


 出迎えた街の総代たちは、揃って顔が強張っていた。無理もない。四天王が三人まとめて来たのである。査定次第で街の命運が決まると思えば、握った帽子も絞れるほどになる。


 その緊張は、三分で解けた。ガルドが挨拶より先に、通りの瓦礫をひとつ担ぎ上げたからである。


「邪魔だな、これは! どこへ運ぶ?」

「え、あ、裏の窪地へ……」

「任せろ!」


 査定に来た軍が、着いた瞬間から働き始めた。総代たちは顔を見合わせ、それから、帽子の皺を伸ばした。


 それでも街は、空っぽではなかった。


 源泉小屋の前で、ひとりの老人が石畳を掃いていた。湯守だという。湯の出ない源泉の周りを、二年間、毎日掃除して待っていたのだという。


「いつ直るかは、分からんかった。でもな。順番が来た日に、汚れた湯口をお見せするわけにはいかんだろう」


 覗いた源泉小屋の中は、湯も出ないのに磨き上げられていた。道具は油を差され、湯口の石は白く、隅に埃ひとつない。次に使う誰かのために整えられた場所を、ゼナは最近どこかで見た。第七砦である。整えたのは、自分だった。


(……この人とは、話が合いそう)


 ゼナは黙って一礼した。

 この街は、初弾に選んで正解だった。理屈のほうも、たぶん間違っていなかった。


   ◇


 源泉小屋の中で、ミレーユが動かなくなった。


 破損した導管。罅の入った魔導ボイラー。二年前の技術で組まれた、古いが誠実な設備。

 それらを見つめるミレーユの目が、ゆっくりと輝きを増していく。ゼナはその輝きに見覚えがあった。会議室で議題が増殖した日の、あの輝きである。


「ゼナ様」

「何」

「直すだけなんて、もったいないですよね?」


 来た。


「湯温の自動調整。配湯の最適化。浴槽ごとの温度個別制御。ああ、それに定期的な水質の自動検査も――」


 図面の余白が、改良案で埋まっていく。一言ごとに、工期の見積もりが延びていく。

 三日で出るはずだった湯が、十日になり、ひと月になり、図面の上で季節が変わった。


(私の温泉が、遠ざかっていく)


 湯守の老人が、不安そうにこちらを見ている。

 二年待った街に、これ以上は待たせられない。主に街のために。三割くらいは、自分のために。


 ゼナは静かに、図面の真ん中へ手を置いた。


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