会議が、会議の速度を超えて増える
二件目の議題が終わると、ちん。
三件目のあとにも、ちん。
『関連議題ヲ提案シマス』
『関連議題ヲ提案シマス』
装置は職務に忠実だった。忠実さが、会議を殺しにきていた。
しかも提案の質が、たちが悪い。
『関連議題――会議室ノ椅子ノ、座リ心地ノ見直シ』
「椅子は要らん! 立てばいい! 立つと頭が回る!」
「ガルド様、それは」
「なんなら全員でスクワットをしながら」
「しません」
議題ですらないものが、議論になった。装置がそれも律儀に記録した。
追い打ちをかけたのは、ルカである。鍛錬明けの震える脚で着席した最年少四天王は、配布された進行表を一目見て、目の色を変えた。
「……この議題の並び順。偶然ではありませんね?」
「偶然よ」
「軽い議題で場を温め、重い議題を中盤へ、最後は全員が合意しやすい件で締める――完璧な心理設計です! 皆さん、この進行表は芸術です。解説します」
「しないで」
解説は各議題の冒頭に挟まれ、一件につき二分ずつ会議を延ばした。美しい解説だった。美しさに、殺意が湧いた。
ガルドは長い議題に入ると屈伸を始めた。座りっぱなしは身体に悪い、というのが彼の理屈である。屈伸のたびに床が鳴り、発言者が三回に一回、話を見失った。
ミレーユは会議中も装置をいじり続けていた。
「今、提案の精度を上げました」
「下げて」
「え?」
「なんでもないわ」
気づけば、書記の手元には議事録が三種類できていた。正式版、装置の要約版、ルカの注釈版。会議は一つなのに、記録が三つある。
上座の魔王だけが、終始にこにこと満足そうだった。ときどき「良い議論だ」と頷く。議論が増えるほど、この王は嬉しいのである。よく見ると、手元の紙に何かを書き溜めてもいる。嫌な余白の使い方だった。
(どうして会議が、会議の速度を超えて増えるの)
ゼナは戦況を分析した。
装置を止めても、喋る者が四人残る。しかも全員、役に立っているつもりでいる。
議題は、ついに十九件に達した。
時計の針は、正午の一時間前を指している。普通にやれば、あと三時間の物量である。午後は死ぬ。白紙の午後が、目の前で埋まっていく。
ゼナは懐中時計を閉じた。
(……ここからは、戦争と同じ)
《氷血の魔女》が、会議室で開戦した。
まず、束ねた。性質の同じ議題四件を「東部施設関連の事前検討」として一括りにし、審議を一度で済ませた。四件が一件になった。
次に、落とした。結論の出ようがない議題は「次回までの宿題」へ変換し、担当者と期限だけ決めて先送りした。会議で悩まない。悩みは持ち帰らせる。
そして、個性を使った。
「ガルド。西門の改修、案は二つ。即断できる?」
「できる! 右だ!」
「理由は」
「頑丈そうだ!」
「その案から検証。担当はミレーユ、期限は来週」
「ミレーユ。装置の改良案は議題にしない。代わりに午後、第三実験室を押さえてあるわ。好きに使って」
「まあ……! なんて優しい上司でしょう」
「ルカ。今日の議事録の取りまとめ、あなたに任せる。正式版は一つ。決定事項、担当、期限だけ」
「解説は……」
「別冊。まずは、明日の担当者が困らず動ける記録にして」
ルカは、自分の書きかけた注釈を見下ろした。
「各部署への確認も、私が?」
「ええ。食い違いがあれば、その場の担当者に聞いて。採決内容は、今から一件ずつ復唱する」
「配布前のご確認は」
ゼナは、口を開きかけた。
普段なら「私へ回して」と言う。それをやると、今夜まで軍議が続く。
「ここで確認する。照合と配布は、あなたに任せるわ」
ルカは新しい紙を一枚出した。
「承知しました」
今度は、解説を始めなかった。
発言の長い文官には、開口一番こう求めた。
「結論から言うと?」
「け、結論から申しますと……結論は、まだ」
「なら次回。資料は事前配布で」
書記が次の資料を差し出した。発言を待っていた列が、短くなり始めた。
最後に、装置。ちん、と鳴りかけた瞬間、ゼナは卓の下へ手を伸ばし、魔力の供給線を静かに抜いた。
『関連議題ヲ――』
沈黙。
「故障みたいね」
「あら? おかしいですね。後で直しておきますね」
「……ゆっくりでいいわ」
「優しい……」
ミレーユが首をかしげている間に、ゼナは残る議題を三件、五分刻みで斬り伏せた。
正午、三分前。
「以上、全議題の審議を終了します」
会議室が、しんとした。
それから、どこからともなく拍手が起きた。ルカは最後の決定事項を書き留めてから、慌てて手を叩いた。
九年この軍議の記録を務めてきた書記が、そっと目頭を押さえていた。
「……私、この会議が日のあるうちに終わるところを、初めて見ました」
九年の重みのある涙だった。
(勝った)
白紙の午後まで、あと三分。ゼナの完全勝利だった。
「見事な進行だった、ゼナ」
玉座側の席で、魔王がゆっくりと手を打っている。
「皆も揃っておる。ちょうどよい」
ちょうどよくなかった。




