㉚ 九尾の狐
そう言うと由理子は、自分の右腕を鷹志の左腕に絡ませてきた。
「何だよ、ユリちゃん、急に。みんな見てるよ?」
「いいからいいから。」
由理子はその体制のまま、自分の左腕のデバイス……小型のタイムマシンなのだが……を操作して、移動する日時のみを入力した。鷹志はソレをチラ見して、同時にギョッとした。それは2022年3月5日0時00分、つまり未来の日付だった。そしておもむろに、時空転移のスイッチを入れたのだ。
二人の周りの景色が一気に真っ暗になった。そして目の前の大きな岩だけが、怪しく光っている。やがて、その岩の真ん中にひびが入った。中から出て来る煙の勢いが激しくなる。ひび割れがどんどん進み、ついに岩は真っ二つに割れてしまった。そして岩の中からそのバケモノは出現した。金色の毛皮に白い顔の大きな狐だ。何より特徴的なのは、フサフサと生えた九本の尻尾だ。
「どこの誰かは知らぬが、わざわざ時を越えてまで、わらわに会いに来るとは、酔狂な小娘だのう。」
突然、その狐は喋った。
「本日は、少しばかり、お願いが有って参りました。」
慇懃無礼な態度で、語り掛ける由理子。
「長い時間をかけて、やっと復活の機会を得たのだ。面倒事は御免だな。」
「私が、サン・ジェルマン伯爵の使いの者だとしても……ですか?」
「聞き捨てならぬ事を言う……嘘ならその舌を引っこ抜いてやるぞ?」
「もしも噓だった時は、この命を如何様にされようとも、文句は言いませんとも。今から一緒に来ていただけますか?」
「……良かろう。伯爵には恩義がある故、確かめに行ってやるとするか。」
狐はそう言うと、瞬時にその姿を変えた。
それはかつて、殷王朝では妲己、古代インドでは華陽夫人、この国の平安時代には、玉藻前と呼ばれた、妖しい美女の姿だった。
鷹志は思わず、うっとりと見惚れてしまった。
由理子はそんな夫の頬をつねった。
「イテテテ……。」
「鷹志、ダメよ。妖狐の術中にハマっちゃ。しっかりしてよね?」
「ああ、ありがとう。」ヤレヤレといった感じで頭を掻く鷹志。
「それでは、玉藻前様、こちらへどうぞ。」由理子が化け狐に手招きする。
由理子と鷹志で玉藻前を中央に挟んで、それぞれの腕を組む。
その状態で、二人とも自分のリング型デバイスのリセットボタンを押した。
そうして元の時空に戻って来たのだ。
そのまま二人は、玉藻前を赤いビートルまで連れて行った。
鷹志は助手席を妖狐に譲り、自分は後席に収まった。
もしも彼女の隣に座ったりしたら、またアノ眼ヂカラにヤラレてしまうからだ。
「帰りは時間を短縮しましょう。」
由理子はそう言うと、光学迷彩を掛けてビートルを垂直上昇させ、一路、名護屋テレビ塔の駐車場を目指して、そのまま上空を飛ばしたのだった。




