㉓ アレの正体
「さて、大御所様。」
「なんじゃ?」
「貴方様は、先程のアレの正体を知っておいでですね?」
「あの肉人の事だな。うん、知っておるぞ。」
「アレは……貴方様の成り損ない。言わば次の予備なんですね?」
「……。」
その瞬間、家康公の顔から余裕の笑みが消えた。
「貴方自身も、実は本物の家康公ではない。私の推測では、恐らく貴方は3番目の予備ですね?そして家康公に化ける前の、元々の貴方の姿は、先程のあの肉人そのものだった……。」
「な、何故そのような世迷言を言うのか?事と次第に寄っては、許さぬぞ!」
彼はすっかり焦っていた。
それに構わず、カグヤは語り続ける。
「……だから人払いをと、ご助言申し上げたのに。1572年三方ヶ原の戦い。1582年の本能寺の変の直後。1600年の関ケ原の戦い。それぞれの局面で、貴方は三度死んでいる。そして今後、1625年の大阪夏の陣で、もう一度、貴方に命の危機が訪れる。アレはその時のための予備として、貴方に次の交代の時期を知らせに来たのですね?しかし、自分の運命から目を背けたい貴方は、あの肉人を山へ追いやった。そうなんでしょう?」
徳川家康を名乗る者は、もう何も言わなかった。
かと言って、家臣の者に、カグヤと成雪の抹殺を命ずるでもなく、すっかり脱力してしまったかのように、ただじっとしていた。
「その沈黙は、以上の私の推察の、肯定と受け取らせて頂きます。もっとも、貴方自身も、自分が誰から派遣された者なのか、分からないのでしょうね?私共のような未来人か、神を名乗る者か、それとも異星人なのか……?」
「……そいつは未来人を名乗っていた。ただあんたたちとは違って、体中にトカゲのような鱗が生えていたよ。」
家康だったその男は、ポツリとそう言った。
「そうですか。貴重な情報をありがとうございます。では、お尋ねしたい案件は全て終了したので、私共はコレで帰らせて頂きます。」
カグヤがそう言って、成雪とともにその場で立ち上がると、その男もわずかに動く気配を見せた。
「そうそう、念のために申し上げておきますが、ご存じのように、未来人である私共には、銃や弓矢、剣術などの一切の物理的な攻撃は、無効です。どうか貴重な弾や矢の無駄遣いをなさらないよう、ご助言しておきますよ。」
そう言うカグヤを、忌々しそうな顔で見送る家康の予備の男。
座敷から回廊に出たところで、カグヤは振り返り、最後にこう言った。
「お近くに潜んでいる皆様、ご安心下さい。今、私が申し上げた事は全て、金髪碧眼の小娘の戯言です。"貴方たちの"徳川幕府は、この後260年以上も続く天下泰平を築くのです。そして"徳川家康"は、死後、"神"として日光東照宮に祭られるのですよ。胸を張って良い生涯でしょう?」
彼女はニッコリ笑って、成雪とともにその場から立ち去った。
後には、抜け殻のようになった、現時点の予備の男が残るばかりであった。




