⑫ 産みの親としては
真田香子は心配していた。
自分のベッドのシーツから産まれた、メジェド神の行方が、最近、全く分からないからだ。
ある意味……サン・ジェルマン伯爵によるとだが……自分はメジェドの、産みの親に当たる訳だ。
言わば息子のような彼は、最初こそ、モノ言わぬその存在感で、不気味に感じられたが、やがて愛らしいマスコット的な地位を勝ち取り、皆に親しまれるようになっていった。
そして今ではすっかり、チーム・サン・ジェルマンの一員なのだ。
そんな彼の行方が、何故かさっぱり掴めない。
伯爵の推測だと、彼は人類の友だちの範囲を広げに行ったらしい。
その行動範囲は、外国にまで及んでいるかもしれない、なんて言っていたっけ。
最初に出会った頃は、あんなに気味悪がっていたのに、居なくなると寂しく感じるのは、如何にも身勝手な感情だという自覚は有る。でも、仮にも私は産みの親なのだ。どこか遠くに行くなら、一言何か言って欲しかった……いや、いつも喋らないけど。香子はそんな気持ちだった。
そんな彼女が、或る日ふらりと、亜空間レストランにやって来た。それは、春休みに入って、小学校の仕事も一段落した、1996年3月26日の火曜日。時刻は午前9時頃の事である。
客席には誰も居ない。そもそも、本当の意味での客など、ここには来た事が無いのだ。だってここは実質、彼等チームのメンバーの、サロンなのだから。
カウンターバーに目を遣ると、そこにはサン・ジェルマンと杉浦鷹志、由理子の3人が居た。彼等は何か新しいカクテルらしきモノを、試行錯誤しているようだった。 然しながら、前述の理由により、バーテンダーらしき事をやっているのも、当然、珍しいのてある。
「ねえ、伯爵。何か手伝える事は無いかしら?たまには私も、時空の調査に行くわよ?」香子はそんな風に声を掛けた。
「ああ、香子さん、お久しぶりです。じゃあ、ちょっとコレ、飲んでもらえますか?」
サン・ジェルマンは、そんな返事をした。
「イイけど……私、お酒は、そんなにイケるクチじゃあないわよ?」
「イイんです。そういう方に、オススメしたいモノの開発中なんで。」
「あら、そうなの?じゃあ、いただこうかしら。」
脚が長く、底の浅い、幅広のグラスを伯爵から受け取ると、中身の液体を、彼女は一気に飲み干した。
「……コレは……イケナイわね。」
「不味いですか?」
「何と言うか……白桃のスパークリングワインのような味わいで……カクテル初心者は、確実に飲み過ぎてしまうわね?とても危険だわ。」
「ソレは……狙い通りですね。良かったです。」
「伯爵、何を企んでいるの?」
「別に何も……せっかくの施設だから、そろそろ有効利用しようかなって。」




