06 守る強さ
階段を上がると、そこにはシルフィが立っていた。
まるで最初から分かっていたかのように、静かにこちらを見ている。
「……見つけたみたいね」
「ああ」
レインは短く答えた。
「母さんが遺してくれたものと真実を」
シルフィは一瞬だけ目を伏せた。
「……そう」
それ以上は何も言わない。
「帰りましょう。話は家で聞くわ」
家に戻る頃には、空はすでに夜の黒に包まれていた。食卓に並んだスープの湯気が、静かに揺れる。
「それで、何があったの?」
レインはゆっくりと口を開いた。
「アイルっていう精霊に会った。母さんの契約精霊だったらしい」
「精霊……まだ残っていたのね」
シルフィの声がわずかに揺れた。
「地下に案内されて、そこで……消えた」
言葉を切り、レインは日記と剣、そしてネックレスを差し出す。
「これが、母さんの遺したものだ」
「……見てもいい?」
レインは黙って頷いた。
ページをめくる音だけが、部屋に響く。
やがて──
「……なるほどね」
シルフィが小さく呟いた。
「何が分かったんだ?」
レインは思わず問いかける。
だがシルフィは日記を閉じるだけだった。
「今はまだ言えないわ」
その言葉は、柔らかいのに拒絶だった。
翌朝。
「村に行きましょう」
唐突な一言だった。
「……理由は?」
「見れば分かるわ」
それだけだった。
村に近づくにつれて、空気が変わる。
ざわつき。緊張。鉄の匂い。
広場には、武装した人間が十人ほど集まっていた。
「討伐隊よ」
シルフィが言う。
「おう、シルフィか」
一人の大柄な男が手を上げた。
「そっちの坊主は?」
「レイン。連れていくわ」
「ほう……面白そうだな」
男は笑い、手を差し出した。
「俺はボラスだ。よろしくな」
「ああ」
レインは短く応じた。
森に入ってすぐだった。
「来るぞ」
ボラスの声と同時に、茂みが揺れる。
「キェェッ!」
現れたのはゴブリンの群れ。五体。
「盾、前!」
三人が即座に前へ出る。金属音と共に、斧が弾かれた。
「抑えろ!」
押し返さない。ただ受け止める。
その一瞬、ゴブリンの動きが止まった。
「今だ!」
左右から剣士が素早く回り込む。
一体。二体。
確実に急所だけを斬り抜ける。
最後の一体が逃げようとした瞬間、
「逃がすな!」
後方の一人が投げた短槍が、喉を貫いた。
あまりにも整いすぎた流れだった。
「……終わりか」
レインは呟いた。だが、違和感が残る。
(遅い……)
自分一人でも、もっと速く終わらせられる。そう思ってしまった。
「効率が悪いな」
思ったことが、そのまま口に出た。
数人が振り返り、空気が一瞬だけ張り詰めた。
「……ほう?」
ボラスがニヤリと笑う。
「言うじゃねえか」
シルフィが一歩前に出た。
「その通りよ。でも理由があるの」
シルフィはレインを見る。
「怪我をしないためよ」
「……怪我?」
「この村にあるのは薬草だけ。重傷になれば終わりよ」
シルフィの声は冷静だった。
「速さより、安全。だから役割を分けてるの」
レインは黙る。
頭では理解できる。
だが──
(それでも遅い)
その考えが消えない。
「なら、やってみるか?」
ボラスが剣を肩に担いだ。
「次はお前も入れ」
「……いいのか?」
「口だけかどうか見てやるよ」
再びゴブリン現れた。今度は六体だ。
「レイン、前に出なさい」
シルフィの声。
レインは一歩踏み出した。
(速く終わらせる)
斬ろうと踏み込んだ、その瞬間──
「待て!」
ボラスが止めようとした。
だが止まらない。
一体目を斬る。
二体目へ──
「右だ!」
ボラスの叫び声が飛ぶ。
遅れた。
背後からの一撃を咄嗟に避けるが、体勢が崩れる。
「下がれ!」
盾役が割り込んできた。
ゴブリンの攻撃が盾に叩きつけられる。
その隙に、周囲が一気に動いた。
流れるような連携だった。
気づけば戦闘は終わっていた。
「……今のが答えだ」
ボラスが言う。
「一人じゃ見えねえもんがある」
レインは黙っていた。
悔しさが残る。
「レイン」
シルフィが静かに言う。
「あなたは強いわ。でも──」
少しだけ間を置き続ける。
「一人で戦う強さと、守る強さは違う」
その言葉が、胸に残った。
森の風が吹く。
レインは剣を握り直した。
(守るための力……か)
母の言葉が、頭をよぎる。
「……もう一回やらせてくれ」
小さく呟いた。
今度は一人じゃない戦い方で。




