04 真実のための1歩
魔法を教わってから気づけば1年近くが経っていた。
季節がめぐり、レインの身体は確実に成長していた。剣も魔法もそして心も。
半年ぐらい前からシルフィとの本格的な剣の訓練が始まっていた。訓練と言っても型を教わるものではない。ただひたすらシルフィと対峙するものだった。
斬りかかり、受け流され、打ち据えられる。その繰り返しだ。
シルフィは魔法を使わず、身体強化だけで応じていた。それでもレインは一度も勝てていなかった。
だが、確かな変化があった。
「……前より見える」
剣を構えたまま、レインが小さく呟いた。
シルフィの動きが完全ではないにせよ、シルフィの動きを捉えられるようになっていた。
「いい目になってきたわね」
向かい合うシルフィが微笑んだ。
その瞬間、風が揺れた。
次の一撃が来る
「……っ!」
レインは反応する。
剣を滑らせ、受け流す。そしてすぐに反撃した。
「まだ甘い」
軽い声と共に視界が反転した。
気づけば、レインは地面に叩きつけられていた。
「くっ……」
息が詰まる。それでも、以前のような絶望はなかった。確実に届きかけている感覚があったからだ。
そんなレインを見下ろしながらシルフィは息を吐いた。
「……よし」
そして唐突に言った。
「今日は森に行って実践形式でやりましょう」
「えっ……?」
思わず声が漏れた。
森。そこはレインにとって恐怖の記憶が残る場所だった。レインにはどうしても自分が魔物を倒せるとは思えなかった。
「大丈夫よ」
シルフィは振り返らずに言う。
「今のあなたなら、もう十分に戦えるわ」
その言葉に根拠はなかったが、不思議と疑う気にもならなかった。
レインは無言で頷き、あとを追った。
森に入ってすぐに魔物は現れた。
「……いたわね」
小さく呟くシルフィの視線の先は3体のゴブリンだった。
粗悪な武器を持ち、周囲を警戒するように動いていた。
「……あれくらいなら問題ないわ」
シルフィはそう言って剣を一本レインに渡した。
「使いなさい」
レインは剣を受け取る。剣の重みが手に馴染む。
レインは呼吸を整え、1歩踏み出した。
「キェェッ!」
1体のゴブリンが気づいた。石斧を振り上げレインに一直線に突っ込んできた。
(……遅いな)
レインは思った。時間がわずかに引き伸ばされたようにスローモーションに感じた。
振り下ろされる石斧を正面から受け止め流し、
「はぁっ!」
レインは剣でがら空きの胴を斬り裂いた。続けて、二体目のゴブリンも喉元へ刃を滑らせた。最後の一体がレインに向かって斧を振り下ろそうとしていたが、それより早くその首を断つ。
静寂が流れる。
風が、木々を揺らす音だけが残った。
「……勝った……」
自分の手を見つめながら、レインは小さく呟いた。
震えはなかった。恐怖もほとんどない。ただ、妙な実感だけがあった。
「おめでとう!レイン!」
振り返るとシルフィが穏やかに笑っていた。
その笑顔を見てようやく現実が追いついてくる。
(俺は……戦えたんだ)
帰路の途中、レインはふと疑問を口にした。
「……どうして、魔物たちが群れてたんだ?」
「え?」
「魔物って基本単独じゃないのか?」
シルフィの足が止まった。そして、ゆっくり振り返る。
「……兇魔って聞いたことある?」
「……ない」
短い沈黙があった。
森の空気が少しだけ重くなったように感じた。
「さっきのは普通の魔物。でもね──」
シルフィの声が少しだけ低くなる。
「あなたを襲っていたのはそれじゃない」
レインの心臓が嫌な音を立てた。
「兇魔は灰の影響で狂った存在よ。理性を失ってただ壊すだけの化け物」
「……」
「本来なら群れない。むしろ、殺し合う」
その言葉にあの日の光景が蘇った。
血、叫び声、そして──
「でも、あの時は違った」
シルフィの目が鋭く細くなった。
「群れていた」
それが何を意味するか。
言葉にされなくても理解できた。
明らかに異常だ。
「……レインの家へ行ってみない?」
シルフィが静かに言う。
レインは少しだけ迷った。だがすぐに頷いた。
「……行く」
家は変わらずそこにあった。あの日のまま時間が止まってしまったかのように。
「母さん……」
思わず駆け出し、扉を開けた。
「……っ」
言葉を失った。
室内は無惨に荒らされていた。家具は壊れ、床には無数の傷があった。
まるで何かを探していたような痕跡だった。
「探さなきゃ…」
レインは呟き動き出す。目的は母の日記だ。
部屋をひとつずつ探したが日記は見つからなかった。
どこにもない。焦りと焦燥がレインの胸を締め付ける。
(……ない……?)
そのとき、ふと記憶がよぎった。
「レイン、テアモ!」
「なにそれ?」
「フフ、なんでもない。ただ伝えたかったの!」
レインは昔の母さんとの会話を思い出した。まだレインが幼い時の記憶だった。
「……テアモ……」
レインは無意識に小さく呟いた。
「よく来たね、レイン。」
声がした。振り返ってみたが誰もいない。
「誰だ!」
「ここだよ」
視線を落とすと、小さな光があった。
「オイラの名前はアイル。君の母、エルテと契約していた精霊さ。」
薄く僅かに光を放っている。消え入りそうな光だった。
「……精霊?」
「説明している時間は無いんだ。オイラに着いてきて。」
光は壁へ向かい、触れると、
"ゴゴッ……"
鈍い音と共に壁が動き始めた。
現れたのは地下へと繋がる階段だった。
「……こんなものが……」
レインは息を呑みながら足を踏み入れた。
階段の先には一つの小さな部屋があった。机と本棚。そして──
「……あった!」
机の上に1冊の本。母の日記があった。レインは震える手で日記に手を伸ばす。
その背後でアイルの光が揺れた。
「約束は果たしたよ、エルテ……」
掠れた声だった。
「あとは頼んだよ……レイン」
光がゆっくりと薄れていく。
「待って!まだ──」
呼び止める前に完全に光は消えた。
残されたのは、日記とアイルの言いかけた最後の言葉。
「それに──」
その続きを知るものはいない。
だが、確実に何かが動き出していた。




