03 魔法
「──まずは、魔法を知ることからね」
シルフィはそう言って、窓の外に視線を向けた。
「昔は精霊の奇跡と呼ばれる力しかなかった。選ばれた者だけが使える、本物の力よ」
「本物……?」
「ええ。でも人間は、それを真似した」
少しだけ、声が冷える。
「誰でも使えるようにしたの。それが魔法」
レインは黙って聞いていた。
「ただし、完全な再現じゃない。威力も、扱える量も、人によって違う」
「……だから強さに差が出るのか」
「そういうこと」
シルフィが短く頷く。
「その歪みが、争いを生んだ。そして──灰の厄災で奇跡は消えた」
シルフィはそれ以上語らなかった。
「じゃあ、やってみましょうか」
さっきまでの冷たい空気が変わる。
「まずは自分の中にある魔力を感じて」
「そんなの……」
「できるわ」
シルフィは言い切った。まるでレインが魔法が使えることがわかるかのように。
「手を出して」
レインは言われるまま差し出した。
シルフィが手を重ねた。
温かい。
レインは目を閉じる。
「……感じて」
その瞬間だった。
「──っ!」
シルフィから何かが流れ込んでくる。
暖かい。けれど、ただの温もりじゃない。
光のような感覚だった。
身体の奥に触れてくる。
「……今のが魔力」
目を開けると、シルフィが微笑んでいた。
「分かる?」
「……なんとなく」
「それでいいわ」
シルフィは小さな結晶を取り出した。
透き通った、ダイヤのような石た。
「これは魔力測定石。自分の器を知るためのものよ」
「器……」
「魔力は無限じゃない。限界を超えれば、暴走する」
シルフィの声が少しだけ重くなった。
「絶対に、無理はしないこと」
「……分かった」
レインは石を受け取る。
思ったより軽くて、すぐに壊れそうだった。
「魔力を込めてみて」
「……やってみる」
目を閉じて、さっき感じたあれを思い出す。
身体の奥にある何か。
それを、押し出すように石に込めた。
石が、光った。
緑、赤、紫。
「……っ?」
変化は止まらず、黒に変化した。
その瞬間──石にヒビが入った。
「えっ──」
石が音を立てて、砕けた。
「……ごめん」
思わず言葉が出る。
「壊した……」
シルフィは少しだけ目を見開いていた。
だがすぐに、いつもの表情に戻った。
「いいのよ」
静かに言った。
「むしろ、納得したわ」
「え?」
「あなた、かなり特別ね」
軽く言うが、その目は真剣そのものだった。
「魔力量は……測れないレベル」
「そんなに……?」
「だからこそ危険なの」
シルフィがレインに一歩近づく。
「自分で制御できなければ、あなた自身が壊れてしまう」
シルフィの言葉が重い。
レインは息を飲んだ。
(魔法があれば……)
ふと浮かぶ、母の姿。
(あの時……助けられたんじゃ……)
そんな考えがよぎった。
「……レイン」
シルフィの声で引き戻される。
「次に行くわ。基礎中の基礎の魔力循環」
シルフィはそう言って、自分の胸に手を当てた。
「魔力を流すんじゃない。巡らせるの」
シルフィが目を閉じる。
次の瞬間、空気がわずかに揺れた。
見えないのに分かる。
何かが、全身を巡っている。
「……やってみて」
レインは意識を集中させる。
さっきの感覚を思い出す。
身体の奥。そこから、手へ。
「……っ」
魔力が流れた。
(できた。次は──)
反対の手へ魔力を流そうとしたが途中で途切れてしまった。
(うまくいかない……)
何度も繰り返した。
だが──片方しかできなかった。
「……難しいな」
レインは息を吐き、言う。
「当たり前よ」
シルフィはあっさり言う。
「だから基礎なの」
その日は、それで終わった。
それからの日々は単調だった。
朝から昼まで、魔力。
午後は、世界のことを学ぶ。
夜は、倒れるように眠る。
それでも。
少しずつ、できるようになっていく。
流す。
巡らせる。
繋げる。
半年が経った。
「……よし」
手応えがあった。
魔力が、身体全体に行き渡る。
途切れず、流れている。
だが──
(違う……何かが足りない……)
「気づいた?」
背後から声がした。
振り返ると、シルフィが立っていた。
「流せてる。でも……それだけだ」
「ええ」
シルフィは頷く。
「あなたのは直線なの」
シルフィが一歩近づき言う。
「循環じゃない。回すのよ」
シルフィが指で円を描く。
「途切れず戻るの」
レインはやってみた。
最初は上手くいかず崩れた。
魔力が途中で途切れる。
流れすぎる。
それでも何度も何度も繰り返し挑戦する。
「……できた」
魔力が円を描いた。
身体の中を魔力が巡る。
初めて魔力が繋がった。
「合格よ」
シルフィが微笑んだ。
「これで終わり?」
レインが聞く。
「まさか」
シルフィは少しだけ笑った。
「ここからが本番よ」
シルフィは一歩踏み出した。
「例えば──」
シルフィの足元に風が集まっていく。
次の瞬間、シルフィの姿が消えた。
「なっ──」
気づいた時には、背後にいた。
「加速」
何事もなかったかのように言う。
「魔法はイメージよ」
指先で風を散らす。
「魔力に意味を与える」
「できる気がしない……」
レインの正直な言葉だった。
「最初はね」
シルフィは本を差し出した。古びた魔導書だった。
「これは基礎。全部は教えない」
その目が、少しだけ鋭くなった。
「あなた自身で見つけなさい」
レインは本を受け取る。重い。
だが──不思議と、嫌じゃなかった。
「……やるよ」
レインは小さく呟く。
魔法。それは力だ。
だが同時に──扱いを誤れば、壊れるものだ。
レインは、初めてそれを理解した。




