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灰と光の調律者  作者: 廣風
1章 成長
2/8

02 シルフィの試練

レインが剣を教えてほしいと頼んでから、一週間が経過していた。


「少し考えさせて」


シルフィにそう言われたまま、返事はまだなかった。



「……今日で一週間か」


木刀を手に取り、外へ出た。

朝の空気は冷たい。


「──はっ」


木刀を振る。


「……っ、──はぁっ」


また振る。

何度振るっても違う。

母の剣はもっと鋭かった。もっと迷いがなかった。


(届かない……)


レインは歯を食いしばる。


(それでも──)


「……はっ!」


木刀を振り下ろした。


(母さんみたいに強い人になるんだ)


そんなことを考えていると、


「レイン、ご飯だよ」


シルフィが声をかけてきた。


「……今行く!」


井戸水で顔を洗い、息を整え食卓にむかった。

食卓には湯気が立っているスープとパンがあった。


「レイン」


パンを食べようとした時、シルフィが口を開いた。


「やっぱり私はまだ早いと思うの」


その視線はまっすぐレインを見据えていた。


「あなたに復讐のために力を持って欲しくないの。」


シルフィの言葉が刺さった。それでも、言い返そうとした。だが、その前にシルフィが続けた。


「でも」


シルフィは立ち上がり、木刀を手に取る。


「覚悟は見させてもらうわ」


俺は何も言わずに頷き、外に出た。

そしてシルフィと向かい合う。

2人を包み込むように風が静かに流れた。


「1度でも私に当てられたらあなたの勝ち」


「……十分だ」


木刀を握る手に力が入る。


「行くよ、シルフィ!」


地面を蹴り、シルフィに一直線に向かった。そのままの勢いで木刀を振り下ろす。

振り下ろした木刀は軽く弾かれた。シルフィの正面を見ていたはずなのに横に視界が流れた。


「ぐっ……!」


背中に衝撃が走る。振り返り見上げると、いつの間に回り込まれていたのかすら分からないシルフィがいた。


「その程度?」


シルフィがレインを見下ろして言った。


「っ……!」


もう一度、踏み込み木刀を振うが届かない。

また弾かれた。

何度も、何度も繰り返した。

気づけば夕日が差していた。


「今日はここまで」


「待って、まだ──」


「焦っても強くなれないわ」


静かな声だった。


「……」


レインは何も言えなかった。

シルフィの言葉が頭では正論だと理解していたから。


初めて勝負をしてから三日が経ったが、未だに一回もシルフィに当てることはできなかった。

今日はシルフィは村に行っていて帰りは夕方になり家にいなかった。レインはこの三日間の勝負を振り返っていた。


一日目。

とにかく攻めた。

前も、後ろも、上も下も。

けれど全部、いなされた。

気づけば、打たれている。


二日目。

目で追うのをやめた。

目を閉じる。

音や風、気配。

最初は何も分からなかった。

それでも──

「……そこ!」

一撃目だけは、拾えるようになった。


三日目。

二撃、三撃。

防げる。

だが──

(届かない)

守るだけでは、勝てない。


「レイン、ただいま」


「……おかえり」


顔をあげると、もう夕暮れ時だった。


「どうせ何も食べてないんでしょ」


シルフィが紙袋を揺らして言う。

レインは苦笑した。


翌朝。

まだ暗い時間にレインは目が覚めた。

水で顔を洗う。

冷たさで、頭が冴えた。

木刀を握り、木刀を振る。振る。振る。


(こう来る)


受け流す。


(ここで回り込んでくる)


躱す。


(次は──)


振り返し。


イメージの中で、何度もシルフィと戦う。

何度も負けて何度もやり直す。

その繰り返し。


「……よし」


手応えがあった。


昼になった。

再びシルフィと向かい合う。


「今日は当てる」


「楽しみにしてる」


シルフィは笑った。


踏み込み、木刀を振る。

予想通り、流された。

──そこまではイメージと同じ。


「っ!」


身体を捻り、シルフィのカウンターを外す。

そのまま、返すが止められる。


(まだ足りない)


「じゃあ、次はこっちから」


空気が変わった。

一瞬で2人距離が詰まる。

速い。見えない。


「──っ!」


勘で受ける。

重い。

押される。


(崩れるな)


必死に耐えた。そして流す。

受ける。また流す。


(どこかに──あるはずだ)


シルフィの隙。わずかなズレを探す。

時間が伸びる。

音が消える。

自分の呼吸音だけが響いた。


見えた。

ほんの一瞬だけ動きが止まる。


「──今だ!」


シルフィの木刀を躱し、1歩踏み込む。

そして木刀を振り下ろす。

振り下ろした木刀が空を切る。


「……っ」


完璧なタイミングだったはずなのに外した。終わった。そう思った瞬間。


「見事」


シルフィの声がした。


「あなたの勝ちよ、レイン」


「……え?」


理解が追いつかなかった。

シルフィは服の裾をつまんだ。

ほんのわずかな裂け目があった。


「ちゃんと届いてた」


「……っ!」


レインは小さく拳を握った。声は出なかった。


「適応が早すぎるわね」


シルフィは苦笑した。


「……覚悟、見せてもらった」


その表情が、少しだけ変わる。


「教えてあげる」


間を置いて、続けた。


「でも条件があるわ」


「一つ。剣だけじゃなく、魔法も学ぶこと」


「……分かった」


迷いはなかった。


「もう一つ」


シルフィの視線が少しだけ遠くなった。ここではないどこか別の場所を見ているようだった。


「復讐のために力を使わないで」


「……それは無理だ」


レインは即答した。


「俺はあいつを殺す」


揺れなかった。


「でも」


一歩踏み出す。


「それだけの人生にはしない」


少し間を開けて言う。


「守る」


短い決意だった。


「もう誰も、目の前で失わない。失わせない」


手を強く握った。


「……だから教えてくれ」


真っ直ぐシルフィを見つめる。


「シルフィ」


「……分かったわ」


シルフィは小さく息を吐く。


「最後に一つだけ」


その目が、ほんの少しだけ揺れた。


「自分の命を大切にすること」


「……ああ」


シルフィは、微かに笑った。

どこか安心したように。

どこか寂しそうに。


見上げた空は雲ひとつなかった。

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