表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰と光の調律者  作者: 廣風
1章 成長
1/8

01 レイン=アルヴェル

かつてこの世界は"火"・"風"・"水"・"地"の四大精霊王によって均衡を保っていた。だが、その均衡は崩れた。


10年前、空から"灰"が降った。

それに触れたものは変質した。

獣は理性を失い、牙を剥く怪物へ。

森は黒く枯れ、精霊さえも狂った。


この時、世界は1度壊れてしまったのだ。

そして今も、歪みが残っていた。


「母さん!」


「逃げて……レイン!」


振り返った母の顔には血が流れていた。それでも笑っていた。


「母さんと一緒に──」


「だめ……もう、時間がないの」


低く唸る音が、すぐ背後まで迫っていた。

思い足音と木々をなぎ倒す気配がした。


「グォォォォ……!」


振り返らなくてもわかる。もうすぐそこにいた。


「レイン……生きて……」


次の瞬間、鈍い音とともに、母の体が揺れた。魔物の腕が母さんの心臓を貫いた。


「───ぁ……」


息が止まる。世界から音が消えた。


「レ…イン…どこにいても……あなたを…愛してる」


母は優しい笑顔を向けて言った。最後の力を振り絞った最後の言葉だった。


「……ぁ……あぁ……」


足が動いたのは逃げたかったからじゃない。

ただ、母さんの死を受け入れられず、その場に入れなかったからだ。

レイン=アルヴェル泣きながらは走った。


どのくらい走ったのか分からない。

背後からはまだ追ってくる足音が聞こえる。


「グアッ!」


レインの身体に衝撃が走る。

身体が宙を舞い、木に叩きつけられた。

視界が揺れる。

口の中に血の味が広がった。


魔物はゆっくりと近づいてくる。

立とうと思っても上手く足に力が入らない。


(逃げられない…)


「……いやだ……」


喉の奥で声にならない声が漏れる。


(死にたくない)


ただそれだけだった。


(──誰でもいいから。助けて)


そのときだった。


(いいよ)


どこかで声がした気がした。

次の瞬間、淡い光がレインの身体を包んだ。


魔物の爪が振り下ろされる。だがそれは届かなかった。見えない壁に阻まれていた。

魔物たちは唸り声を上げ、何度も叩きつける。

ヒビが入った。1つまた1つと確実にヒビが入っていた。

──割れる。

そう思った、その瞬間。1体の魔物の首が落ちた。


「……大丈夫?」


風が揺れた。

そこに立っていたのは、1人の女性だった。

黄緑の長い髪が、静かに揺れている。

次の瞬間には、別の魔物が倒れていた。

速い──そう思う間もなくすべてが終わっていた。

レインの意識はそこで途絶えた。


* * * * *


レインが次に目覚めたのは家の中だった。

見知らぬ家の天井。

木の匂い。

柔らかな光。


「……ここは……」


「良かった、起きたのね」


あのときの女性がすぐそばにいた。


「私の名前はシルフィ。ここは私の家よ。」


透き通るような優しい声だった。だが、どこか張り詰めた気配もある。


「あなたは一週間も眠っていたの。森で倒れていたの。何があったか覚えてる?」


「森?」


その言葉に胸がざわついた。


「……覚えてる?」


「……っ」


思い出した瞬間、呼吸が乱れる。


「母さんが……」


それ以上言葉が続かなかった。

シルフィは何も言わず、そっと温かいミルクを差し出した。


「ゆっくりでいいわ」


レインは震える手でそれを受け取る。

少しずつ飲み、呼吸を整える。

それから、ぽつりぽつりと話し始めた。


黒いフードの男のこと。

母の怒鳴り声。

不気味な忠告。

そして──あの日のことを。


「こんにちは」


「……もう来ないでって言ったはずよ」


母の声は低かった。レインは初めて聞く声だった。


「冷たいですね」


男は笑っていた。

フードの奥は見えない。それなのに、視線だけははっきりと感じた。


「まだ大丈夫ですよ」


「何が言いたいの」


「近いうちに、この辺りに来ます」


「……帰れ」


「あなた一人では、守れませんよ」


「特に──あの子は」


「……ッ!!」


空気が張り詰めた。


「やめろ」


母の声が震えた。

怒りじゃない。恐怖だった。


「選ぶなら、今のうちです」


「断る」


即答だった。

男は、わずかに肩をすくめた。


「では──後悔しないように」


そのまま、音もなく去っていった。


「……そう」


シルフィは短く答えた。

その目がわずかに細められる。


「それから……魔物が来て……」


言葉が詰まる。

あの光景を言葉にしたくなかった。


「……逃げたのね」


代わりに、シルフィが静かに言った。

レインは小さく頷く。


「……助かったのは偶然じゃないかもしれないわね」


「えっ?」


「いいえ、今はいいわ」


シルフィはそれ以上語らなかった。

だが、その横顔はどこか違和感があった。

何かを知っているような。

何かを隠しているような。


「……ありがとう、シルフィさん」


レインが言うと、シルフィはふっと表情を緩めた。


「さんはいらない。シルフィでいいわ。」


「……うん」


胸の奥に少しだけ温かい光が灯る。

だが同時に──消えないものあった。

あの男の笑み。


「……シルフィ」


レインは顔を上げた。


「俺に剣を教えて欲しい」


声は震えていなかった。


「……あいつを殺せるくらいの力を」


シルフィはじっとレインを見つめていた。

その視線は優しく──そして少しだけ、悲しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ