39 消えた調査隊
神殿内部の熱気はさらに増していた。
溶岩の流れる音。
岩肌を走る赤い光。
空気そのものが燃えているような暑さ。
レインたちは慎重に通路を進んでいた。
「……静かすぎるな」
カイルが呟く。
ミリアが床を見下ろす。
「こ、これは……!?」
彼女が指差した先には焦げた布切れが落ちていた。
ヴォルカニア王国の紋章。
調査隊の制服だった。
「こっちへ向かったのね」
さらに進むと壁に剣傷が現れる。
焼け焦げた血痕。
崩れた荷物。
折れた槍。
戦闘の跡だった。
「襲われたのか」
レインが周囲を見る。
カイルは眉をひそめる。
「いや……違うな」
「何が?」
「戦った相手が見えねぇ」
確かにそうだった。
魔物の死骸もない。
痕跡は人間側だけ。
まるで何かから逃げていたようだった。
その時だった。
遠くから声が聞こえる。
「……たすけ……」
全員が顔を上げる。
「今の!」
レインが走り出した。
奥の広間には数人の人影がいた。
調査隊だった。
傷だらけの兵士たちが岩陰に身を寄せ合っている。
「生きてる!」
レインは駆け寄る。
隊員たちは怯えた表情を見せた。
「お前たちは……」
「冒険者だ。救援に来た」
レインが答える。
兵士たちの表情が少しだけ緩む。
一人の若い隊員がその場に崩れ落ちた。
「助かった……」
ミリアがすぐに治療を始める。
「怪我は酷いけど助かるわ」
兵士たちの目に希望が戻る。
だが、カイルだけは何も言わなかった。
彼の視線は広間の奥に向いていた。
そこに一人の男が座っていた。
鎧を着た壮年の男。
調査隊長だった。
しかし様子がおかしい。
顔色が黒ずんでいる。
血管のような灰色の模様が首から広がっていた。
ルミナスが震える。
『レイン』
「分かってる」
レインの顔も曇る。
灰だった。
明らかに侵食が進んでいる。
隊長が苦笑した。
「隠しても無駄か」
剣に手をかけたまま、カイルが近づく。
隊員たちが慌てる。
「待ってくれ!」
「隊長はまだ正気だ!」
「助けられるかもしれない!」
隊長は首を振った。
「いや……無理だ」
静かな声だった。
だが確信があった。
「もう分かる」
手を見る。
指先が少しずつ灰になっていた。
「中から何かが俺を食ってる」
誰も言葉を返せない。
隊長はレインを見る。
「頼みがある」
レインは黙って聞く。
「部下たちを連れて帰ってくれ」
「隊長……!」
若い隊員が叫ぶ。
隊長は笑った。
「泣くな」
そして続ける。
「俺はここまでだ」
熱風だけが吹き抜ける。
レインは拳を握った。
「まだ方法があるかもしれない」
隊長は首を振る。
「ない」
「でも――」
「ないんだ」
その言葉には重みがあった。
自分自身の状態を理解している人間の声だった。
ミリアも苦い顔をする。
「正直……分からないわ」
「治療法は?」
「存在するかどうかも分からない」
レインは唇を噛む。
答えが出ない。
救えるかもしれない。
だが救えないかもしれない。
その時だった。
隊長が突然苦しみ始める。
「ぐっ……!」
身体が震える。
灰色の模様が広がる。
目が赤く染まり始めた。
隊員たちが悲鳴を上げる。
「隊長!」
「まずい!」
ミリアが叫ぶ。
「侵食速度が上がってる!」
隊長は必死に理性を保っていた。
震える手で剣を掴む。
そして、自分の喉元へ向けた。
「頼む」
声が震える。
「俺が俺のままでいるうちに」
レインの身体が固まる。
隊長は笑った。
悲しい笑みだった。
「怖いんだ……化け物になるのが」
その言葉に空気が凍る。
そして、カイルが前へ出た。
迷いなく。
一歩、また一歩と近づき、剣を抜く。
レインが振り返る。
「カイル!」
カイルは止まらない。
隊長を見る。
まっすぐ。
感情を押し殺した目で。
「分かった」
隊長は目を閉じた。
安堵したようだった。
レインが叫ぶ。
「待て!」
カイルは振り向かない。
「何か、何かないのか?」
カイルの声は冷たかった。
「ない」
「決めつけるな!」
「決めつけじゃない」
初めて感情が滲む。
「見れば分かる」
レインは言い返そうとする。
だが言葉が出ない。
本当に助けられるのか。
その保証はない。
その間にも侵食は進む。
隊長の身体が震える。
苦しそうな息。
歪み始めた瞳。
隊長が呟く。
「頼む……」
誰に向けた言葉か。
分からなかった。
レインか。カイルか。
それとも自分自身か。
カイルは剣を握る。
その姿は妙に慣れていた。
まるで何度も同じことをしてきた人間のように。
ミリアがそれに気づく。
リュカも気づく。
レインも。
カイルはなぜ迷わないのか。
なぜ即座に答えを出せるのか。
そこに理由がある。
まだ語られていない過去が。
その時、隊長の身体が大きく痙攣した。
口から黒い灰が溢れる。
理性が崩れ始める。
ミリアが叫んだ。
「もう時間がない!」
カイルが静かに言う。
「レイン」
レインは動けない。
答えが出ない。
助けたい。
だが救えないかもしれない。
隊長は苦しそうに笑った。
「お前は優しいな」
その言葉が胸に刺さる。
そして次の瞬間。
隊長の瞳が赤黒く染まった。
理性が砕ける。
咆哮。
灰が爆発する。
「ガァァァァァッ!!」
隊員たちが悲鳴を上げる。
カイルの目が閉じる。
ほんの一瞬だけ。
そして、剣が振られた。
閃光。
灰が舞う。
崩れ落ちる隊長。
広間は沈黙に包まれた。
誰も何も言えなかった。
ただカイルだけが剣についた灰を払う。
その横顔は無表情だった。
だが、拳だけが強く握られていた。
まるで何かを思い出しているかのように。
遠い昔。
同じように剣を振るった日のことを。




