38 炎の神殿
朝も変わらず、ヴォルカニアの空は灰色だった。
火山灰は昨夜よりさらに濃くなっている。
避難民たちも落ち着かない様子だった。
まるで世界の終わりを待つように、誰もが空を見ていた。
レインたちは早朝から出発した。
目的地は火山内部。
火の精霊が眠るとされる神殿。
異変の中心地だった。
「暑いどころの話じゃねぇな……」
カイルが額の汗を拭う。
まだ山麓だというのに空気が熱い。
地面の裂け目からは赤い光が漏れている。
時折、蒸気が吹き出した。
ミリアが地図を確認する。
「神殿は火山内部の中層は昔、巡礼地だったらしいわ」
「昔は?」
レインが聞く。
「今は誰も近づかない」
その時だった。
リュカが前方を指差した。
「見えた」
岩肌の奥。
巨大な入口が現れる。
自然の洞窟ではない。
人工物だった。
黒い石で造られた門。
その両脇には巨大な炎の紋章が刻まれている。
「……でかいな」
カイルが呟く。
レインも思わず見上げる。
まるで山そのものをくり抜いて作られた神殿だった。
入り口の先には暗闇が続いている。
ルミナスが小さく震えた。
『ここ……苦しい』
「火の精霊か?」
『分からない……でも泣いてる気がする』
レインの表情が曇る。
ミリアが先に進む。
「行きましょう」
神殿内部へ足を踏み入れる。
その瞬間だった。
”ゴォォォォ……”
低い音が響く。
壁の紋様が淡く赤く光り始めた。
「反応した?」
レインが周囲を見る。
ミリアは床に刻まれた魔法陣を見ていた。
「侵入者を感知したのかも」
さらに奥へ進む。
通路は広かった。
だが異様に暑い。
数分歩いただけで汗が流れる。
カイルが顔をしかめた。
「サウナかここは」
その時、ミリアが壁に埋め込まれた装置を発見する。
古いレバーだった。
「待って」
ミリアの忠告虚しくレバーを引く。
”ゴォン――”
重い音がした直後、壁の一部が青く光り始めた。
周囲の熱気が少し和らいだ。
レインが驚く。
「涼しくなった?」
ミリアは頷いた。
「温度制御装置よ」
「温度制御?」
「この神殿そのものが火山熱を管理してる」
リュカが壁を見上げる。
「つまり壊れたら?」
カイルが答えた。
「地獄だな」
誰も否定しなかった。
その後も神殿を進んだ。
途中には様々な仕掛けがあった。
冷却装置を起動しなければ通れない部屋。
溶岩流の向きを変える通路。
熱風を止める封印装置。
まるで神殿そのものが巨大な制御施設だった。
そして数時間後、レインたちは大広間へ辿り着く。
そこで全員が足を止めた。
壁一面に絵が描かれていた。
巨大な壁画。
ミリアが目を見開く。
「……これは」
レインも近づく。
壁画には古代の人々が描かれていた。
火山。
街。
火の精霊。
そして、噴火。
「昔の記録か」
カイルが言う。
ミリアは頷いた。
「たぶんね」
壁画を調べる。
古代文字が書かれているが、ところどころ欠けていた。
だが読める部分もあった。
ミリアが翻訳する。
「火の怒りが目覚めた。炎は天を焼き、山は命を飲み込んだ」
レインの顔が曇る。
「今と同じじゃないか」
ミリアも同意した。
「ええ」
さらに壁画を見る。
避難する人々。
崩壊する街。
暴走する炎の精霊。
まるで現在のヴォルカニアそのものだった。
カイルが眉をひそめる。
「偶然か?」
「違うと思う」
ミリアは壁の別の部分を指差した。
そこには数字が刻まれていた。
「三百七十二年前」
レインが聞き返す。
「三百年前?」
「そう」
ミリアの声が重くなる。
「つまり同じ事件が過去にも起きてる」
空気が変わった。
レインは壁画を見つめる。
「じゃあ灰は」
ミリアが続ける。
「最近生まれたものじゃない」
その一言が重かった。
今までの事件。
リヴィエラ。
アラディア。
教団。
全て最近起きたことだと思っていた。
だが違かった。
もっと昔から続いている。
もっと根が深いものだった。
リュカが壁画を見つめる。
「繰り返してるのか……」
誰に向けた言葉でもなかった。
壁画の奥。
さらに古い部分があった。
そこには火山だけではなく。
別の土地も描かれていた。
海。
森。
砂漠。
そして空。
ミリアの表情が変わる。
「待って」
レインが振り向く。
「どうした」
ミリアは壁画を見つめたまま言った。
「これ……ヴォルカニアだけじゃない」
全員が近づく。
そこには四つの紋章が描かれていた。
炎。
水。
土。
風。
レインの目が細くなる。
「四精霊……」
ミリアはゆっくり頷く。
「全部繋がってる」
その瞬間。
”ゴゴゴゴゴ……”
神殿全体が揺れた。
「っ!?」
天井から砂ではなく火山灰が落ちてくる。
カイルが剣を抜く。
「今度は何だ!」
直後、神殿の奥から咆哮が響いた。
人間の声ではない。
獣でもない。
炎そのものが叫んでいるような音。
ルミナスが震えた。
『……怒ってる』
レインは奥を見る。
暗闇の向こうで、赤い光が脈打っていた。
まるで巨大な心臓のように。
『苦しんでる』
ルミナスの声は震えていた。
『すごく苦しんでる』
誰も言葉を発さない。
だが全員理解していた。
異変の中心は近い。
そして、火の精霊は確実に目覚め始めていた。




