36 避難民
火山の噴火を目撃した翌日。
レインたちはヴォルカニア領へ足を踏み入れていた。
空は灰色だった。
雲ではない。灰だ。
昨日よりも濃くなっている。
風が吹くたびに細かな灰が舞い上がる。
地面は熱を帯びていた。
靴越しにも分かるほどだ。
「暑っ……」
カイルが顔をしかめる。
「まだ火山まで距離あるんだろ?」
ミリアが地図を確認する。
「本来ならね」
その言葉にレインが振り返る。
「本来なら?」
ミリアは遠くを見る。
黒煙を上げ続ける火山。
ヴォルカニアの象徴。
「噴火の規模が大きすぎるのよ」
その時だった。
風に乗って声が聞こえる。
叫び声。
泣き声。
怒鳴り声。
人の声だった。
しばらく進むと理由が分かった。
街道が人で埋まっていた。
避難民だ。
老人、子供、怪我人。
荷車を押す男たち。
皆同じ方向へ逃げている。
誰もが疲れ切った顔をしていた。
「……酷いな」
レインが呟く。
まるでアラディアの難民キャンプだった。
いや、もっと切迫している。
今まさに国が崩れようとしている最中なのだ。
一人の女性が子供を抱きながら走っていく。
「急いで!」
「早く!」
「火山がまた噴火する!」
別の男が叫ぶ。
「火の精霊が怒ったんだ!」
「もう終わりだ!」
「ヴォルカニアは滅ぶ!」
周囲から同意の声が上がる。
誰も否定しない。
絶望が当たり前になっていた。
レインは立ち止まる。
「火の精霊……」
ルミナスが小さく震えた。
『苦しそう……』
ミリアが周囲を見渡す。
「精霊反応が異常に乱れてる……やっぱり何か起きてるわ」
その時、前方で騒ぎが起きた。
悲鳴と怒号。
人々が一斉に後退する。
「逃げろ!」
「兵士が暴れた!」
「近づくな!」
レインたちは顔を見合わせる。
そして走る。
広場に着くとそこには一人の兵士がいた。
鎧はボロボロ。
顔色は青白い。
だが異常だった。
首筋から黒い筋が浮かび上がっている。
まるで血管が黒く変色したようだった。
「ぐっ……あぁ……」
兵士は頭を抱えている。
苦しそうだった。
住民たちは遠巻きに見ている。
誰も近づけない。
兵士が顔を上げた。
その目は半分ほど黒く染まっていた。
ミリアの顔が変わる。
「灰……!」
次の瞬間、兵士が叫んだ。
「アアアアアアアッ!!」
地面が砕ける。
目の前の避難民へ向かって、兵士が飛び出した。
「危ない!」
レインが駆ける。
剣を抜く。
衝突。
金属音。
兵士の剣を受け止める。
「っ……!」
重い。
異常な力だった。
カイルも飛び込む。
「レイン!」
横から斬撃。
兵士が吹き飛ぶ。
だが立ち上がる。
痛みを感じていない。
灰が身体を蝕んでいる。
「止まれ!」
レインが叫ぶ。
兵士は反応しない。
いや、できない。
理性と狂気が混ざっている。
その目は助けを求めているようにも見えた。
兵士が再び襲いかかる。
ミリアが魔法を放ち、カイルが前へ出て剣を構える。
その姿にレインは気付く。
一切の迷いがない。
まるで結論を知っているように。
兵士が苦しそうに声を漏らす。
「た……すけ……」
レインの動きが止まる。
兵士は震えていた。
まだ意識がある。
まだ人間だ。
「待て!」
レインが叫ぶ。
「方法が――」
その瞬間、カイルが剣を抜いた。
迷いも躊躇なく。
「カイル!」
銀の軌跡。
一閃。
兵士の身体が崩れ落ちる。
周囲が凍りつく。
兵士はまだ生きていた。
息がある。
震える手が伸びる。
そして、レインを見る。
「頼む……」
掠れた声。
涙が流れていた。
「殺してくれ……」
空気が止まる。
誰もが言葉を失った。
兵士自身が死を望んでいた。
「もう……俺じゃない……」
黒い灰が顔を覆っていく。
「家族を……傷つける前に……」
レインは拳を握る。
言葉が出ない。
兵士は最後に苦しそうに笑った。
それでもどこか安堵したように。
「ありがとう……」
その身体が崩れる。
灰となって風に消えた。
誰も動けなかった。
避難民たちは怯えた顔で見ている。
ミリアも黙っていた。
レインはカイルを見る。
「……なんで」
カイルは剣についた灰を払った。
ただそれだけだった。
「助からなかった」
短い返答。
「でも」
レインが言いかけるが、カイルが遮る。
「助からない奴を見たことがある」
その声は妙に冷たかった。
いや、冷たいというより諦めているようだった。
「迷う方が残酷だ」
レインは何も返せない。
カイルはそのまま歩き出す。
背中だけが見える。
ミリアが小さく呟く。
「……何かあるわね」
リュカも黙っていた。
彼はカイルの背中を見ていた。
どこか痛みを知る人間を見るように。
風が吹き、灰が舞う。
遠くで火山が唸った。




