35 灰が降る国
アラディアを離れて三日が経っていた。
砂漠は少しずつ終わりを迎えようとしていた。
乾いた大地の先には黒い山脈が見える。
次の目的地。
火山国家ヴォルカニア。
遠くの空には常に薄い煙が漂っていた。
「見えてきたな」
カイルが前方を見る。
「火山だらけだ」
ミリアも地図を確認する。
「昔から火の精霊の加護を受けていた土地よ」
「受けていた?」
レインが聞く。
ミリアは少しだけ眉をひそめた。
「今は違うかもしれないけど」
その言葉に誰も反応しなかった。
最近はどこの国へ行っても同じだった。
精霊が苦しみ、人間が何かを壊し、その後始末をしている。
風が吹く。
レインは空を見上げた。
「ん?」
何かが落ちてくる。
白い。
雪のようだった。
だが季節は違う。
レインは手を伸ばす。
掌の上に落ちる。
火山灰のようだった。
「灰?」
ミリアの顔が変わる。
「待って」
レインが触れた灰を見つめる。
普通の火山灰に見える。
だがルミナスが震えた。
『嫌……』
レインが目を細める。
「ルミナス?」
『これ嫌……嫌な感じする』
カイルも空を見上げる。
いつの間にか周囲に灰が舞っていた。
静かに風に乗って。
世界を覆うように。
「火山灰か?」
カイルが言う。
だがミリアは首を振った。
「違う」
珍しく声が硬い。
「精霊反応がある」
空気が張り詰めた。
レインは灰を見つめる。
微かに。本当に微かに。
黒い光が混ざっているように見えた。
その時だった。
近くの森から悲鳴のような鳴き声が響く。
「……!」
全員が反応する。
草木をかき分けて現れたのは鹿だった。
だが様子がおかしい。
目が黒く染まっている。
身体のあちこちから黒い煙のようなものが漏れていた。
「何だあれ」
カイルが剣を抜く。
鹿は苦しそうに首を振る。
地面を掻く。
逃げようとしているようにも見えた。
だが次の瞬間、鹿が叫んだ。
獣とは思えない声。
身体が膨れ上がる。
筋肉が歪み、角が異常な形へ変化していく。
ミリアが叫んだ。
「下がって!」
鹿が飛びかかる。
レインが剣を抜いた。
衝撃により地面が砕ける。
「くっ……!」
力が異常だった。
ただの獣ではない。
カイルが横から飛び込む。
「邪魔だ!」
剣が閃き、鹿の身体を斬り裂く。
だが傷口から黒い灰が噴き出した。
「なっ……!」
鹿は傷つきながらも暴れた。
苦しむように。
助けを求めるように。
レインはその目を見た。
まだ理性が残っている。
そんな気がした。
ルミナスが震える。
『痛い……』
「何が?」
『この子……痛いって言ってる』
レインの顔が曇る。
ミリアが叫んだ。
「レイン!」
迷っている時間はない。
鹿の身体が崩れ始めていた。
黒い灰に侵食されている。
レインは剣を握る。
「眠れ」
一閃。
鹿は静かに倒れた。
その身体は灰になって崩れていく。
風が吹く。
黒い灰は空へ消えていった。
誰もすぐには喋らなかった。
カイルが低く言う。
「始まってるな」
レインは頷く。
「何が」
カイルは空を見る。
降り続ける灰。
どこまでも広がる曇天。
「厄災だよ」
その言葉は妙に重かった。
その後も異変は続いた。
道中で見つけた鳥は狂ったように木へ激突し。
魔物たちは理由もなく争い合い。
川の魚は黒く変色していた。
世界そのものが病気になっているようだった。
夕方、レインたちは高台へ辿り着く。
そこで全員が足を止める。
「……おい」
カイルの声。
誰も返事をしない。
必要なかった。
目の前に答えがあったからだ。
地平線の彼方。
巨大な山。
ヴォルカニア。
その火山の頂上から黒煙が立ち上っていた。
”ゴゴゴゴゴ……”
大地が揺れる。
轟音。
山頂が赤く光った。
次の瞬間、巨大な火柱が空へ突き上がった。
噴火だった。
空が赤く染まる。
灰がさらに増える。
ルミナスが震えた。
『……起きた』
ミリアの顔が強張る。
「火の精霊が……」
カイルが剣の柄を握る。
「派手な歓迎だな」
レインは燃え上がる山を見つめた。
嫌な予感しかしない。
だが、行くしかない。
遠くの火山はまるで世界の終わりの狼煙のように燃えていた。
そして誰もまだ知らない。
その炎の中で、カイル・ヴァルグが再び過去と向き合うことになることを。




