32 見ていた者
砂の王が崩れたあとも、地下空洞には静けさが戻っていなかった。
砂は完全には消えていない。むしろ沈んだだけだった。
空気は重いまま。どこか、まだ終わっていない感じが残っている。
レインは剣を下ろし、周囲を見渡す。
「……まだあるな」
カイルが舌打ちする。
「気分悪ぃ空間だな」
ミリアは砂の中心を見ていた。
「核は壊した。でも記録は残ってる」
その視線の先。
砂の奥に、ひとつだけ光っている場所があった。
リュカが、そこを見ていた。
「……やっぱりここだ」
小さく呟く。
その声は、戦闘中とは違っていた。
冷静じゃない。
抑えている。
レインが振り向く。
「リュカ」
呼びかけると、彼は一瞬だけ止まった。
だが、すぐに歩き出す。
砂の奥へ。
「来るな」
初めて明確に拒絶した。
カイルが眉をひそめる。
「おい、何だよ急に」
ミリアは静かに言う。
「……記録領域ね。ここ」
レインはそのままリュカを追う。
砂の奥。
そこは崩れていない場所だった。
不自然なほどに。
まるで誰かが守っていたように。
そしてそこにあったのは、石碑だった。
リュカが立ち止まる。
その前で。
しばらく、何も言わない。
ただ見ている。
レインが近づく。
「ここに何がある」
リュカは答えない。
代わりに、ゆっくり口を開いた。
「ここで……終わった」
その瞬間、空気が変わる。
砂が揺れ、視界が歪む。
ミリアが目を細める。
「記録再生が始まるわ」
世界が変わった。
そこはアラディア王国だった。
崩壊前の姿。
青い空。
広い街。
人の声。
子供の笑い声。
カイルが呟く。
「……本当に同じ場所かよ」
リュカは、その光景を見ていた。
目を逸らさず。
レインが問う。
「お前、ここにいたのか」
リュカは小さく頷く。
「いた」
映像の中。
王が語っていた。
「砂漠化は止める。精霊の力を借りる。これは救済だ」
ミリアの表情がわずかに曇る。
「またこれね」
だが次の瞬間、空が裂けた。
黒い砂が降り始める。
リュカの声が震える。
「最初は……誰も疑ってなかった。本当に救うって思ってた」
映像。
精霊が封じられる。
悲鳴のような光。
地面がひび割れる。
レインが言う。
「暴走か」
リュカは首を振る。
「違う。制御だ」
その言葉にミリアの顔が固まる。
「制御……?」
リュカは続ける。
「最初は成功してた。砂漠は止まった。水も戻った」
カイルが眉をひそめる。
「じゃあ何が崩れた」
リュカは答えない。
代わりに、拳を握る。
映像が進む。
王都の中心。
巨大な装置。
その中で精霊が形を失っていく。
リュカの声が低くなる。
「誰も止めなかった。止めたら全部終わると思ってた。だから……」
彼は一度目を閉じる。
そして開く。
「俺は見てた」
レインが言う。
「それで?」
リュカの呼吸が乱れる。
「それで……終わった」
映像。
崩壊。
砂嵐。
叫び。
逃げる人々。
リュカの視点。
その全てが遠い。
ただ見ているだけ。
レインが一歩前に出る。
「逃げなかったのか」
「逃げたよ」
その声は、少し笑っていた。
でも壊れていた。
「怖かった。近づいたら死ぬと思った。何もできなかった」
砂が震える。
空間が揺れる。
リュカの声が一気に上がる。
「でもな!!」
初めて叫ぶ。
「でも……見てたんだよ!!全部!!助けられたかもしれないのに!!」
砂が弾ける。
ミリアが息を呑む。
カイルが動かない。
リュカは続ける。
「誰かが止めると思ってた!誰かが正しいことするって思ってた!でも誰も動かなかった!!」
レインは黙って聞いている。
リュカの声が崩れる。
「気づいた時には……全部終わってた。俺だけ残った」
そして小さく。
「見てた奴として」
その言葉が落ちる。
重く。
リュカはレインを見る。
初めて真正面から。
「お前は違うな」
レインが眉をひそめる。
「何がだ」
リュカは少し笑う。
「お前は、止めに行く側だ。間違えても動く側だ」
一歩近づく。
「だからムカつく」
レインは何も言わない。
リュカの声は静かになる。
「俺はずっと正しい方を選ぼうとした。でも気づいた。何もしないっていう選択が一番最悪だった」
風もないのに砂が揺れる。
リュカは背を向ける。
「だから今は違う。今度は見てるだけじゃ終わらせない」
レインが問う。
「それで救えるのか」
リュカは止まる。
「知らない。でも……何もしないよりはマシだろ」
その瞬間、記録の光が消え始める。
ミリアが言う。
「時間切れね」
カイルが剣を戻す。
「重い話だったな」
レインはリュカを見る。
リュカはもう泣いていない。
でも壊れたままだった。
「行くぞ」
リュカが言う。
「ここから先が本番だ」
そして歩き出す。
砂の奥へ。
レインはその背中を見ていた。
見ていた者と動いた者。どちらが正しいかはまだ分からない。
ただ一つだけ確かなのは、この砂の国で過去は終わっていないということだった。




