29 砂の底へ
砂嵐は夜になっても止まらなかった。
アラディアの空は、星ではなく砂で覆われている。月明かりさえ薄く濁り、世界全体が黄土色に沈んでいた。
レインたちはキャンプを出発していた。
「本当に行くのかよ」
カイルが歩きながら言う。
「王都って言っても、もう地図に残ってねぇ場所だろ」
「でも、原因はそこにある可能性が高いわ。砂嵐の中心が王都方向に偏っている。偶然じゃない」
レインは何も言わず、前を見ていた。
(まただ)
リヴィエラの時と同じ。どこかに原因がある。
そしてそこには必ず、人間が関わっている。
ルミナスが小さく揺れた。
『ここ、嫌……』
「何が?」
『砂の音が変』
レインは足を止めかける。
だが、その瞬間。
「……来てるわね」
ミリアが低く言った。
「え?」
カイルが周囲を見る。
砂が、動いていた。
風ではない動き。
地面の下から、波のように揺れている。
「伏せろ!」
レインが叫ぶ。
次の瞬間、砂が爆発した。
"ドォッ!!"
地面が割れ、黒い砂の柱が空へ噴き上がる。
「っ……!」
カイルが飛び退く。
「またこれかよ!」
砂の中から何かが形を作り始める。
人型ではない。獣でもない。
ただ砂が意思を持ったような存在。
「……精霊反応」
ミリアの声が鋭くなる。
「やっぱりここも汚染されてる!」
レインは剣を抜いた。
「戦うぞ!」
砂の塊が腕のように伸びる。
振り下ろされた瞬間、地面が抉れた。
「重い……!」
カイルが剣で受け止めるが、押される。
「ただの砂じゃない!核があるはずよ!」
ミリアが叫ぶ。
「中心を探して!」
レインは視線を走らせる。
砂の中心。黒い流れが一点に集まっている。
(あれだ)
「カイル!」
「分かってる!」
カイルが前へ出る。正面から押さえつける。
ミリアが短く魔法の詠唱を行う。
「流れを止める!」
砂の動きが一瞬だけ鈍る。
その隙にレインが踏み込んだ。
「はぁっ!!」
剣が砂の核を貫く。
瞬間、砂が崩れた。
崩壊するように地面へ落ちていく。
「……終わりか?」
カイルが息を吐く。
だがミリアは首を振る。
「違う。今のは外側の反応」
「じゃあ中は?」
ミリアは砂の奥を見る。
「もっと下」
レインはそこに気づいた。
砂が崩れた中心。
そこだけ空洞になっている。
まるで何かを守るように。
「……地下?」
レインが呟く。
そのときだった。
『行くの?』
ルミナスの声。
少し怖がっている。
「行くしかない」
レインは短く答えた。
カイルが舌打ちする。
「毎回面倒な方選ぶよな、お前」
「慣れたでしょ」
ミリアが冷静に返す。
砂の中へ、降りる。
地下は静かだった。
風の音が消える。
代わりに聞こえるのは、水ではなく砂の流れる音。
さらさらと、底なしに落ち続ける音。
「気持ち悪いな……」
カイルが呟く。
通路は古い遺跡だった。
だが普通の遺跡ではない。
壁に刻まれた模様は、どれも同じ。
精霊の紋様。
そしてその上から黒い砂が塗り潰している。
ミリアが壁に触れる。
「やっぱり……ここも」
「何だ?」
「人工的に汚染されてる」
空気が重くなる。
レインは前を見る。
奥へ続く通路の先に何かがある気配。
(誰かが、ここを作った。そして壊した)
その時だった。
カイルが足を止める。
「……待て」
「どうした?」
カイルは砂の壁を見ていた。
「これ……戦った跡だ」
壁には刃の痕。溶けたような黒い痕跡。
そして人の手形が途中で途切れている。
「逃げた跡ね」
ミリアが静かに言う。
レインは拳を握る。
(まただ)
逃げる人間。壊れる精霊。止められなかった誰か。
通路の奥で、風が止まった。
完全な無音。
「……いる」
レインが言う。
暗闇の中で誰かがこちらを見ている。
動かない。
敵意もない。
ただ観察している。
カイルが剣を構える。
「出てこい」
砂の向こうで、影が少しだけ動いた。
「……やっと来た」
声は静かだった。
若い男の声。
レインは目を細める。
「……誰だ」
砂の中からフードの男が現れる。
リュカだった。
彼は三人を見ていた。
いや、正確にはレインを見ていた。
「俺はリュカ、リュカ・フェイン。ずっと待ってた」
その声は、どこか疲れていた。
でも、確信があった。
「ここから先は……俺が案内する」
レインは剣を下ろさないまま言う。
「信用できる理由は?」
リュカは少しだけ笑った。
「ない。でも、お前らだけじゃ辿り着けない」
風が砂を揺らす。
さらに深い地下へ続く穴が見える。
リュカはそれを指さした。
「そこに王がいる」
空気が変わる。
カイルが小さく舌打ちする。
「最悪だな」
ミリアは冷静に言った。
「行くしかないわね」
レインはリュカを見る。
彼はずっとこちらを見ていた。
まるで昔から知っているように。
「……お前は何なんだ」
リュカは少しだけ目を伏せた。
「見てた人間だよ」
それだけだった。
そして先に歩き出す。
砂の底へ。




