28 難民たちの国
太陽は容赦なく照りつけていた。
砂漠を半日ほど進んだ頃、レインたちはようやく人の集まる場所へ辿り着いた。
そこは難民キャンプだった。
かつてアラディア王国の領土だった土地。
今では砂に飲まれた者たちの避難所になっている。
布を張っただけの粗末な天幕。
痩せた家畜。
乾いた井戸。
子供たちの泣き声。
生きている。だが希望は薄い。
そんな場所だった。
「......酷いわね」
ミリアが呟く。
カイルは何も言わない。
ただ周囲を見渡していた。
兵士の姿はない。
王国の紋章も見当たらない。
国としての機能はすでに失われていた。
老人が荷車を引いている。
若者たちは砂漠へ出て物資を探している。
皆、生きることだけで精一杯だった。
レインたちは水を分けてもらうため天幕へ向かった。
そこで話を聞くことになる。
「王都へ行くのか?」
白髪の老人が目を見開く。
「やめておけ、帰ってこられんくなるぞ」
「何があるんだ」
カイルが尋ねる。
老人は少し黙った。
そして周囲を見回してから小声になる。
「王がな、禁じられた力に手を出した」
レインたちは顔を見合わせる。
「禁じられた力?」
ミリアが聞く。
老人は頷いた。
「あの方は国を救おうとしたんだ、砂漠化を止めるためにな。だが......」
声が震える。
「精霊を縛ろうとした」
「精霊を?」
「そうだ」
老人は遠くを見る。
「それからだ……砂嵐が止まらなくなったのは。オアシスが枯れたのは。国が滅び始めたのは」
その言葉にミリアの表情が曇る。
リヴィエラ、教団、精霊核。嫌な共通点が見え始めていた。
「......また人間か」
レインが呟く。
老人は苦く笑った。
「昔からだよ、人は力を見ると欲しくなる。昔も今も変わらん」
その言葉が妙に重く響いた。
夕方、キャンプの端で休息を取ることになった。
風は少し冷たくなっている。
カイルは剣の手入れ。
ミリアは情報整理。
レインは少し離れた岩場に腰を下ろしていた。
その時だった。
どこからかまた視線を感じる。
昨日と同じで誰かが見ている。
レインは立ち上がり、気配の方へ歩く。
岩陰や崩れた石柱、砂丘を見るが誰もいない。
だが――砂の上には足跡が残っていた。
それは真新しい足跡。
ついさっきまで誰かがいた証拠だった。
「......誰なんだ」
『昨日と同じ人』
ルミナスが言う。
『ずっと見てる』
「敵か?」
『わかんない』
その返答が逆に不気味だった。
敵なら分かりやすい。
でも違う。
もっと奇妙な何かだった。
夜になると風が強くなっていた。
難民たちも天幕へ戻り始める。
レインが見張りをしていた時だった。
ふわりと一瞬だけ風が止む。
世界が静かになった。
「......?」
レインが顔を上げる。
そして苦笑した。
「久しぶりだな」
砂丘の上。
月明かりに照らされて一人の女性が立っていた。
銀色の髪。
長い外套。
風に溶けるような姿。
シルフィだった。
「久しぶりね」
まるで昨日会ったかのような口調にレインは肩を竦める。
「相変わらず突然だな」
「あなたは相変わらず巻き込まれてるのね」
シルフィは微笑む。
だがその表情は少し硬い。
レインは気付いた。
何かを隠している。
「何かあったのか」
シルフィはすぐ答えなかった。
代わりに遠くの王都を見る。
砂嵐の中心に埋もれた王国。
「あそこには近づくべきじゃない」
「理由は?」
「まだ言えない」
その返答にレインは眉をひそめる。
「またそれか」
シルフィは小さく笑った。
「ごめんなさい」
だが次の瞬、シルフィの表情が消える。
真剣な目だった。
「でも、一つだけ覚えておいて」
風が吹きシルフィの長い髪が揺れる。
「これから知る真実はあなたが思っているよりずっと古い」
レインは黙って聞く。
「人間と精霊の争いは最近始まったものじゃない」
「ずっと前から続いている」
「......それって」
聞こうとした時だった。
シルフィの視線が一瞬だけ動く。
遠くの崖を見る。
「......なるほど」
小さな呟き。
「どうした?」
「観察者がいる」
レインの表情が変わる。
やはりいた。
あの視線の主が。
だがシルフィはそれ以上説明しない。
ただ静かに笑った。
「面白くなりそうね」
「おい」
「また会いましょう」
風が吹き砂が舞う。
気づけばそこには誰もいなかった。
残されたのは風と風の音だけだった。
レインは溜息を吐く。
「本当に何なんだよ......」
だがその夜。
遠くの崖の上ではフードを被った人物が静かに二人のやり取りを見ていた。
彼は小さく呟く。
「......やっぱり」
そして初めて。
レインではなく。
シルフィを見る。
その目は驚きに揺れていた。
「なんで、あの人がいるんだ......?」
何かを知っている。
だからこそ動揺していた。
砂の国の秘密は少しずつ姿を見せ始めていた。




