30 砂に沈んだ記憶
地下へ降りた瞬間、空気が変わった。
熱がない代わりに、重さがあった。
砂が空気そのものに混ざっているような感覚。
「……ここ、息しづらいわね」
ミリアが小さく言う。
カイルが壁に手を当てる。
「遺跡ってより墓だな」
レインは何も言わず前を見ていた。
リュカが先を歩いている。
迷いがない。まるで何度もここに来たことがあるような歩き方だった。
「こっち」
レインはその背中を見ながら問いかける。
「お前、ここ知ってるんだな」
リュカは少し間を置いた。
「知ってるっていうか……見てた」
「何をだ」
リュカは答えないまま歩き続ける。
その沈黙が逆に答えだった。
通路を抜けた先には広い空間が広がっていた。
巨大な地下空洞。かつての王都の裏側。
いや、もっと正確には───
「捨てられた都市」
崩れた建物。砂に埋もれた広場。途中で止まったままの市場跡。
すべてが時間ごと止まっている。
「……これ、自然に埋まったわけじゃないわね」
ミリアが呟く。
壁に近づくと、そこには文字が刻まれていた。
古い王国語。
そしてその上に黒い砂の跡があった。
「上書きされてる……」
「何がだ?」
カイルが聞く。
ミリアはゆっくり答えた。
「歴史そのものよ」
その言葉にレインが反応する。
「歴史?」
ミリアは壁をなぞる。
「記録が残ってる。でも途中で改ざんされてる」
「誰がそんなことを」
その瞬間だった。
リュカが初めて立ち止まった。
「王だよ」
短い言葉。
だがその言葉には重みがあった。
砂が風もないのに揺れる。
空気が過去へ引き戻されるように変質していく。
リュカが壁を見る。
「ここは昔、アラディアの中枢だった。豊かで、何も問題のない国だった。少なくとも……外からはそう見えてた」
レインが問う。
「中では違ったのか」
リュカは少しだけ笑った。
「精霊がいた」
その一言で空気が変わる。
ミリアの目が細くなる。
「やっぱりね」
リュカは続ける。
「この国は砂漠じゃなかった。水もあった。森もあった。でも王の間違った選択が止めた」
カイルが眉をひそめる。
「止めた?」
リュカは頷く。
「精霊を制御する実験を始めたんだ。国を守るためって言ってた」
その言葉にレインの視線が鋭くなる。
リヴィエラと同じだ。
また守るための破壊。
その瞬間、空間が揺れた。
「……っ?」
ミリアが振り向く。
壁が崩れているわけではない。
違う。
映像が浮かび上がっていた。
砂の中から、光のように。
そこには、かつてのアラディアがあった。
青い空。
広がる都市。
水路。
人々の笑い声。
カイルが呟く。
「……別世界じゃねぇか」
だが映像はすぐに歪む。
黒い砂が空に走る。
水が止まる。
精霊が暴れる。
人が逃げる。
叫び声。
崩壊。
リュカもその光景を見ていた。
「俺はここにいた」
レインが振り向く。
「……お前」
リュカは静かに言う。
「見てたんだ……全部」
映像の中に王がいた。
巨大な装置の前。
その中心に精霊が縛られていた。
黒い鎖。
光が歪む。
ミリアが息を呑む。
「……強制リンク」
リュカが答える。
「王は救おうとした。砂漠化を止めるために。でもそれは間違った選択だった。精霊は壊れ、暴れた」
映像が崩れる。
世界が砂に戻る。
レインが一歩前に出る。
「それで……お前は何をしてた」
リュカは少しだけ目を伏せた。
「見てた」
「……またかよ」
カイルが吐き捨てる。
リュカは続ける。
「動いたら止められたかもしれない。でも動けなかった」
その言葉は嘘じゃなかった。
ただの事実だった。
ミリアが小さく言う。
「……つまり、あなたも原因の一部ね」
リュカは否定しない。
「そう、だよ」
レインが言う。
「今は?」
リュカは顔を上げる。
「今は違う。今度は見るだけじゃ終わらせない」
その瞬間、奥の空間が脈打った。
地面が揺れる。
砂が動く。
「来るぞ」
カイルが剣を抜く。
ミリアが周囲を見る。
「中心が反応してる……!」
レインは奥を見た。
そこにあったのは巨大な砂の核。
そしてその中に何かが眠っていた。
リュカが小さく呟く。
「……起きるな」
だが遅い。
砂が裂ける。
音がする。
まるで記憶そのものが目を覚ますように。
レインが剣を構える。
「ボス戦、ってやつか」
カイルが笑う。
「嫌な予感しかしねぇな」
砂が爆ぜる。
影が立ち上がる。
リュカが一歩下がる。
その顔には、初めて感情があった。
恐怖じゃない。
後悔だった。
「……来るな」
砂の王が目を開く。




