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灰と光の調律者  作者: 廣風
3章 水の都リヴィエラ
26/30

26 教団の目的

夜の水の都リヴィエラは静まり返っていた。

昼間まで濁っていた水路も、今は月明かりを映して静かに揺れている。

だがその静けさは平穏とは違う、どこか張り詰めたものだった。

宿の一室。

カイルは壁にもたれ、腕を組んだまま目を閉じている。

レインは窓際に立ち、水路を見下ろしていた。

ミリアは机に向かい、研究記録をまとめている。

髪にはびっしりと数式や構造図が並んでいた。

精霊核。

汚染構造。

浄化反応。


「……おかしい」


ミリアのペンが止まる。

カイルが目を開いた。


「何がだ」


ミリアは紙を見つめたまま答える。


「汚染の進行速度よ。普通じゃない」


レインが振り返る。


「普通じゃない?」


「ええ」


ミリアは紙を一枚突き出した。


「本来、精霊汚染はもっと不安定なの。暴走するなら規則性が崩れる。けれど今回は違う、綺麗すぎる」


ミリアは静かに言った。


「まるで誰かが設計したみたいに」


カイルの眉が動く。

ミリアは言葉を続ける。


「暴走じゃない。これは......書き換えれられている」


その時だった。


「──正解です」


知らない声が部屋に響く。

全員が反応する。

窓の外の月明かりに照らされた水面がゆっくりと歪み始める。

波紋が広がり黒い人影が浮かび上がった。

まるで水の中から現れたように。

レインが剣を抜く。

カイルも立ち上がる。

ミリアは目を細めた。


「……教団、なの?」


黒衣の人物は否定しなかった。


「その呼び名で構いません」


落ち着き払った声だった。


「今回の汚染、あなた達の仕業?」


「ええ」


「精霊核も?」


「ええ」


「人も死んでるんだぞ」


レインの声は低く冷たい。

だが相手は微動だにしなかった。


「必要な犠牲です」


その一言で空気が凍った。

カイルが前に出る。


「目的はなんだ」


黒衣の人物は静かに両手を広げた。


「世界の管理です」


「管理?」


「精霊は世界を維持するシステムです。水を循環させ、風を運び、大地を支え、命を育む。しかし、精霊は不完全だ。感情を持つ。迷う。暴走する。そして壊れる」


リヴィエラで起きた出来事が脳裏をよぎる。

守護精霊。

汚染。

悲劇。

黒衣の男は続けた。


「だから我々は考えた。ならば人間が管理すればいい」


ミリアの目が揺れる。

理論としては理解できた。いや、理解できてしまった。


「精霊を支配するのか」


レインが言う。


「支配ではありません。上書きです」


その瞬間、水面が黒く染まる。

そこに映ったのは、核を埋め込まれた精霊。

意思を失い、命令だけに従う存在。


「我々は新たな精霊を創る。人間の意思で動く精霊を……そうすれば世界は安定する」


ミリアの指先が震える。


(確かに理論上は……可能……)


それが余計に恐ろしかった。


「馬鹿げてる」


レインが言う。

黒衣の男が視線を向ける。


「何がです?」


レインは男を睨み、怒りを込めて言う。


「それで残るのは生き物じゃない、都合のいい人形だ。意思も選択も奪って、それを救いとは呼ばない」


黒衣の男は小さく首を傾げた。


「なぜ?選択は争いを生む、自由は混乱を生む、ならば管理された方が幸福でしょう」


「違う!苦しくても選ぶんだ、間違えても進むんだ、それが生きるってことだろ」


部屋が静まり返る。

その言葉に反応したのは、意外にもミリアだった。


「……精霊は装置じゃない」


黒衣の男がミリアに視線を向けた。


「意思がある、感情がある、だから不完全でも価値がある」


自分でも驚くほど感情的な声だった。

数日前なら言わなかっただろう言葉だ。

黒衣の男は少しだけ笑った。


「あなたまでそう言うのですね」


ミリアの眉が動く。


「あなたなら理解できると思っていました」


「理論だけなら理解できた......でも私は見た」


守護精霊の最後を。

悲しみ、苦しみ、痛みを。


「だから否定する」


黒衣の男はミリアの予想外の答えに沈黙する。

その時だった。

レインの胸元で、小さな光が震える。

ルミナスが恐怖し、怯えていた。

理由のわからない震えがルミナスを襲う。

その瞬間、黒衣の男が動きを止めた。


「……?」


ゆっくりとレインを見る。


「おもしろい」


不気味の笑みを浮かべ言う。


「あなた、何を宿しているのですか」


カイルが警戒を強める。

ミリアも違和感を覚えた。

黒衣の男はレインを観察するように見つめた。


「精霊との親和性、異常な耐灰性、浄化反応の共鳴率、記録より高い」


レインの背筋に寒気が走る。

まるで研究対象を見る目だった。

黒衣の男は小さく呟く。


「なるほど……あなたは鍵かもしれない」


「……何の話だ」


「いずれ分かります」


黒衣の男は答えない代わりに一歩後ろへ下がる。


「計画は予定通り進む、風の地でも砂の国でもそして最後の地でも」


ミリアの顔色が変わる。


「まだやる気なの?」


「当然です。精霊が守る均衡は終わる。次は人間の時代だ」


その言葉と同時に、水面が大きく揺れた。

黒い影が崩れる。

消える直前、黒衣の男は最後にレインを見た。


「また会いましょう、レイン・アルヴェル。あなたは必ず我々の前に来る」


影が溶け、水面が静かになった。

完全な静寂が宿の一室を包む。

やがて、ミリアが呟いた。


「……最悪ね」


「敵ははっきりした。あいつらは精霊を支配する気だ」


レインは窓の外を見る。

月が揺れている。

胸元ではルミナスの光がまだ震えていた。


「……怖い」


レインにだけ聞こえる小さな声。

レインはそっと胸元を握る。


「大丈夫だ」


根拠なんてない。それでも言った。


「俺がいる」


ルミナスは何も答えなかった。

ただ震えだけが少しだけおさまった。

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