25 戦いの後
水の都リヴィエラは、静かだった。
かつて濁っていた水は澄みを取り戻し、人々のざわめきも、徐々に日常へと戻りつつある。
だが完全ではない。
どこか、空気が軽い気がした。
まるで何かを失った分だけ軽くなったような、不自然な静けさ。
レインたちは、水路沿いの石畳を歩いていた。
カイルは無言。ルミナスは、いつものようにレインのそばで揺れている。
そして少し離れてミリアがいた。
彼女は一言も発していない。
視線は水面に落ちたままだった。
やがて、足を止める。
「……ここでいいわ」
ぽつりと呟いた。
レインが振り返る。
「戻らないのか」
「やることは終わったもの」
即答だった。
だが、その声には微かな空白があった。
しばらく沈黙が流れる。
水の音だけが響く。
ミリアが、ゆっくりと口を開いた。
「……理論的には、完璧な結果よ。汚染は消えた。拡大も止まった。被害も最小限」
誰に言うでもなく。
淡々と、事実を並べる。
「……これ以上ない正解」
そこで言葉が止まる。
わずかに、眉が寄る。
「……なのに」
小さく息を吐く。
「どうしてこんなに……」
言葉を探そうとしたが、何も見つからない。
レインは何も言わない。
ただ、聞いている。
ミリアは顔を上げた。
「あなたはどう思ってるの」
真っ直ぐな視線。
逃げ場のない問い。
レインは少し考えた。
「……分からない」
けれど答えは出なかった。
ミリアの目が揺れる。
「分からない、で済ませるの?」
少しだけ、強い口調で言う。
「分からないから考える」
レインは静かに言う。
「でも、後悔はしてない」
その一言で、ミリアは黙った。
しばらくして、
「……私は」
小さく呟く。
「後悔してないはずなのよ」
視線が落ちる。
「正しいことをしたって、分かってる」
拳がわずかに握られる。
「でも……」
声が、少しだけ震えた。
「あの精霊の顔が……消えない」
カイルが腕を組んだまま言う。
「それが普通だ」
ミリアはちらりと見る。
「……あなたも?」
「何度も見てる。だから迷わない」
ミリアは目を細める。
「……それが、強さ?」
「選択だ」
その言葉に、ミリアは何も返さなかった。
代わりに、レインを見る。
「……ねえ」
少しだけ、迷いのある声。
「救うって何?」
再び問いを投げられる。
その問いは、もう理論じゃない。
本音だった。
「消すことが救い?残すことが救い?苦しませるのが正しい?終わらせるのが正しい?」
レインは即答しない。
少しだけ空を見てから、
「……決めきれるもんじゃない」
と答える。
「状況で変わるし、誰を救うかでも変わる」
ミリアは黙って聞く。
「だから」
レインは続ける。
「その時に選んだやつを、最後まで引き受けるしかない」
「……責任論ね」
ミリアが小さく言う。
「多分な」
ミリアはゆっくりと目を閉じた。
(理論では説明できる。でも──)
脳裏に浮かぶのは、あの瞬間。
消える直前の精霊の顔。
そしてレインの背中。
(どうして)
目を開く。
「……あなた」
レインを見る。
「本当に、人間?」
カイルの眉がわずかに動く。
レインは肩をすくめる。
「どう見えてるんだよ」
ミリアは少しだけ笑った。
だがそれは、いつもの皮肉な笑いではなかった。
「理論的には否定できる」
一歩、近づく。
「でも」
その目は真っ直ぐだった。
「あなたを見てると、否定できない」
静かな告白だった。
レインは何も言わない。
ミリアはふっと息を吐く。
「……最悪ね」
小さく笑う。
「証明できないものが、一番厄介ね……」
だが、その表情は少しだけ柔らかかった。
ルミナスが、レインの横で揺れる。
ミリアには見えない。
「……光がある気がする」
ぽつりと呟いた。
レインが少しだけ目を細める。
ミリアは首を振る。
「気のせいね」
少し間を置いて、
「……でももう少しだけ、付き合ってあげる」
それは同行の意思だった。
「観察対象として?」
レインが言う。
「ええ。あと……」
少しだけ間を置く。
「……個人的な興味」
カイルが小さく鼻で笑う。
「厄介なのが増えたな」
「あなたよりマシよ」
ミリアが即座に返す。
空気が、少しだけ軽くなる。
完全に解決したわけじゃない。
答えも出ていない。
だが確実にミリアの中で何かが変わり始めていた。




