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灰と光の調律者  作者: 廣風
3章 水の都リヴィエラ
24/30

24 戦い

水が、意思を持ったようにうねる。

床一面が、一瞬で水没する。


「散れ!」


カイルの声。

三人が同時に動く。

直後、水の刃が襲いかかった。


「っ!」


レインは横へ跳ぶ。床を削るように水が走る。

ただの水じゃない。当たれば、斬られる。


(攻撃の質が高すぎる……!)


カイルが前へ出る。


「チッ……!」


踏み込み、斬る。


「……効いてないな」


斬撃は水を裂くだけ。

すぐに再構成される。

ミリアが叫ぶ。


「核を狙って!」


「ああ、見えてる!」


レインが答える。

だが問題はそこじゃない。


(距離が取れない……!)


水が絶えず動き、壁のように立ちはだかる。

形が固定されず、核が狙えない。

そのとき。


「……装置!」


ミリアが奥を指差す。

壁際にある制御盤。


「純水に切り替えれば、一瞬だけ安定する!」


カイルが舌打ちする。


「面倒な敵だな……!」


「やるしかない!」


レインは駆ける。

水流が追う。

足元が滑る。

だが止まらない。


(間に合え──!)


装置へ手を伸ばす。

同時に、ルミナスの光が強まる。

レバーを引く。


「──っ!!」


水の色が、わずかに変わった。

黒が薄れる。

その瞬間。


「今だ!」


カイルが踏み込む。

一直線に核へ。


「はぁっ!!」


斬る。

手応えは浅い。


「チッ……足りん!」


すぐに水が濁り、再び不安定になる。

レインが合流する。


「もう一回だ!」


ミリアが叫ぶ。


「持続時間が短すぎる!」


(連続でやるしかない……!)


レインは再び装置へ。

今度は、より強く意識を込める。

ルミナスの光が流れ込む。

水が、はっきりと澄む。


「カイル!」


「分かっている!」


今度は二人同時。

踏み込む。

水の抵抗が弱い。

道が見える。

核が、近い。


「──ッ!!」


レインの剣が届く。

確かな手応え。

その瞬間、世界が止まった。

水の動きが、ぴたりと止まる。

濁りが、わずかに引く。

核の奥から、光が広がる。

そこに顔があった。

人のようで、人じゃない。だが確かに、意思がある存在。


「……ぁ……」


声が、届く。

苦しみが滲んだ声。


「……なぜ……」


レインの呼吸が止まる。


「……こんな……」


水が、震える。


「……守ろうと……した……だけ……なのに……」


レインの目が揺れる。


(……やっぱり……)


敵じゃない、被害者だ。

だが、その光は不安定だった。

すぐに、黒が滲み出す。

ミリアが低く言う。


「……長くは持たない」


カイルが叫ぶ。


「迷うな!」


現実を突きつける声。


「戻らない」


レインは答えない。

ただ、見ている。

苦しむ精霊を。

崩れかけた光を。


「……たす……け……」


その言葉が、確かに届いた。

次の瞬間。


「グォォォォォォッ!!」


黒が、爆発する。

完全に暴走した。

水が牙を剥く。

攻撃が激化する。

床が砕ける。

空間が歪む。


「……くそっ!」


レインは弾き飛ばされる。

転がる。

すぐに立つ。


(……どうする)


核は目の前。

だが。

終わらせるか残すか。

選択が、迫る。

ミリアの声が響く。


「完全に消しなさい」


冷静な、断定。


「それが最も被害を抑える方法よ」


カイルも言う。


「中途半端は死ぬぞ」


レインは、息を吐く。

ルミナスの光が、静かに揺れる。


(……まだ間に合うんじゃないか)


核が、脈打つ。

精霊が、苦しむ。

濁流が荒れ狂う。

床を砕き、水が壁を叩き、空間そのものが軋む。


「レイン!」


ミリアの声が、鋭く突き刺さる。


「見なさい!」


レインは反射的に視線を向ける。

濁流が、塔の壁を越えようとしていた。

ひびが入る。

水が、外へ漏れ出す。


「このままじゃ都市に流れるわ」


ミリアの声は冷静だった。

だが、その中に焦りがある。


「被害は拡大する。今ここで止めないと」


「……分かってる!」


レインが叫ぶ。

分かっている。

このまま放置すれば、リヴィエラは崩壊する。

人がたくさん死ぬ。

苦しむのは、この精霊だけじゃない。

カイルが横で言う。


「時間はない。早く選べ」


レインは、核を見る。

精霊を見る。


(……どうする。助けたい……)


救える保証はない。

ミリアが一歩前に出る。


「完全浄化を行う」


その声は、揺らがない。


「それが最も被害を抑える方法よ」


レインは睨む。


「……それは殺すってことだろ」


「違うわ。終わらせるのよ」


その言葉は冷たかった。

だが、逃げていない。


「今のあれはもう精霊じゃない。構造が壊れてる。維持できない。中途半端な処置は、被害を引き延ばすだけ」


レインの拳が、わずかに震える。


「……でも」


言葉が詰まる。

頭では分かっている。


「……あいつは、まだ……」


ミリアの目が細くなる。


「まだ何?」


レインは言えない。

助けられる、なんて証明できない。

可能性も、分からない。

それでも。


「……見捨てるのかよ」


ミリアの表情が、ほんのわずかに変わる。


「見捨てる?違うわね」


その声が、低くなる。


「現実を受け入れてるのよ」


一瞬、空気が張り詰める。

水が、さらに荒れる。

時間がない。

ミリアは言う。


「……聞くわ、レイン」


静かな声だった。

だが、逃げ場はない。


「救うって何?」


レインの目が揺れる。


「苦しみを長引かせること?それとも、終わらせること?」


言葉が、突き刺さる。

答えは、出ない。出せない。

カイルが、横から言う。


「理想で死ぬのは勝手だがな、巻き込まれる側はたまったもんじゃない」


レインは歯を食いしばる。


(……違う。分かってる。でも──)


ルミナスの光が、静かに揺れる。


(……レイン)


声はない。

だが、悲しみが伝わる。

そして、受け入れ。

レインは目を閉じる。

深く、息を吸う。

そして目を開く。


「……やる」


短い言葉だった。

ミリアの目が、わずかに揺れる。


「完全浄化を」


レインは、はっきりと言った。


「……それでいいのね」


確認するように、ミリアが言う。

レインは頷く。


「……ああ」


その声に、迷いはあった。

だが、逃げはなかった。

ミリアが即座に動く。

装置へ向かう。


「水流を固定する!」


レバーを操作する。

水の動きが、わずかに鈍る。


「今よ!」


カイルが前に出る。

小精霊を斬り払い、道を開く。


「……長くは持たない!」


レインは踏み込む。

ルミナスの光が、強くなる。

水が、澄んでいく。

黒が、押し返される。


「──っ!!」


核へ、一直線。

精霊がこちらを見る。

その目に、かすかな意識。


「……ぁ……」


レインの動きが、一瞬だけ鈍る。

だが止まらない。


(……終わらせる)


それが、選んだ答えだった。


「……悪いな」


小さく、呟く。


「はぁぁぁぁっ!!」


剣を、振り抜いた。

光が、核を貫く。


「ァ……」


声が、漏れる。

黒が、砕ける。

ひびが広がる。

水が、崩れる。

そして。

静かに、光が溢れた。

濁りが、完全に消える。

そこにあったのは、透明な水とひとつの光。

精霊の、本来の姿。

穏やかで、やさしい光。


「……あ……」


レインの声が、かすれる。

精霊は、微笑んだように見えた。


「……ありがとう……」


その声は、もう苦しんでいなかった。


「……森も……水も……」


言葉が、途切れる。


「……守れ……なくて……ごめん……」


レインの胸が、強く痛む。


「……いや……」


言葉が、出ない。

精霊の光が、ゆっくりと上昇する。


「……頼む……」


最後の願い。


「……もう……壊さないで……」


そして。

光は、完全に消えた。

水が、止まる。

濁りは、ない。

空気が、軽くなる。

戦いは終わった。

レインは、その場に立ち尽くす。

剣を、下ろす。


「……終わったな」


カイルが言う。

いつも通りの声。

だが、少しだけ静かだった。

ミリアは、何も言わない。

ただ、水を見ている。


「……汚染は止まるわ。都市は助かる」


それは、事実だった。

正しい結果。

だがレインは答えない。

ただ、立っている。

ミリアが、レインを見る。


「……これが正解よ」


はっきりと言った。

レインは、ゆっくりと視線を向ける。


「……そうだな」


否定はしない。


「でも、納得はしてない」


ミリアの目が細くなる。


「何が不満なの」


レインは少しだけ笑う。


「全部だよ」


短い言葉。

ミリアは黙る。

レインは続ける。


「救えたかもしれないって思ってる?根拠は?」


即座に返される。

レインは答えない。

答えられない。

ミリアは言う。


「証明できないものに意味はない」


その言葉は、鋭かった。

レインは静かに返す。


「……でも、否定もできないだろ」


一瞬、ミリアの動きが止まる。


「……」


言葉が、詰まる。

ほんの一瞬だけ。

すぐに、戻る。


「非効率ね」


短く言う。


「そうかもな」


レインも否定しない。

だが、視線は逸らさない。


「それでも、俺は考える」


ミリアは何も言わない。

ただ、見ている。

レインを。

理解できないものを見るように。

静かに、水が流れる音だけが残る。

都市は救われた。

だが何かは、確実に割れた。

価値観が、正しさが。




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