24 戦い
水が、意思を持ったようにうねる。
床一面が、一瞬で水没する。
「散れ!」
カイルの声。
三人が同時に動く。
直後、水の刃が襲いかかった。
「っ!」
レインは横へ跳ぶ。床を削るように水が走る。
ただの水じゃない。当たれば、斬られる。
(攻撃の質が高すぎる……!)
カイルが前へ出る。
「チッ……!」
踏み込み、斬る。
「……効いてないな」
斬撃は水を裂くだけ。
すぐに再構成される。
ミリアが叫ぶ。
「核を狙って!」
「ああ、見えてる!」
レインが答える。
だが問題はそこじゃない。
(距離が取れない……!)
水が絶えず動き、壁のように立ちはだかる。
形が固定されず、核が狙えない。
そのとき。
「……装置!」
ミリアが奥を指差す。
壁際にある制御盤。
「純水に切り替えれば、一瞬だけ安定する!」
カイルが舌打ちする。
「面倒な敵だな……!」
「やるしかない!」
レインは駆ける。
水流が追う。
足元が滑る。
だが止まらない。
(間に合え──!)
装置へ手を伸ばす。
同時に、ルミナスの光が強まる。
レバーを引く。
「──っ!!」
水の色が、わずかに変わった。
黒が薄れる。
その瞬間。
「今だ!」
カイルが踏み込む。
一直線に核へ。
「はぁっ!!」
斬る。
手応えは浅い。
「チッ……足りん!」
すぐに水が濁り、再び不安定になる。
レインが合流する。
「もう一回だ!」
ミリアが叫ぶ。
「持続時間が短すぎる!」
(連続でやるしかない……!)
レインは再び装置へ。
今度は、より強く意識を込める。
ルミナスの光が流れ込む。
水が、はっきりと澄む。
「カイル!」
「分かっている!」
今度は二人同時。
踏み込む。
水の抵抗が弱い。
道が見える。
核が、近い。
「──ッ!!」
レインの剣が届く。
確かな手応え。
その瞬間、世界が止まった。
水の動きが、ぴたりと止まる。
濁りが、わずかに引く。
核の奥から、光が広がる。
そこに顔があった。
人のようで、人じゃない。だが確かに、意思がある存在。
「……ぁ……」
声が、届く。
苦しみが滲んだ声。
「……なぜ……」
レインの呼吸が止まる。
「……こんな……」
水が、震える。
「……守ろうと……した……だけ……なのに……」
レインの目が揺れる。
(……やっぱり……)
敵じゃない、被害者だ。
だが、その光は不安定だった。
すぐに、黒が滲み出す。
ミリアが低く言う。
「……長くは持たない」
カイルが叫ぶ。
「迷うな!」
現実を突きつける声。
「戻らない」
レインは答えない。
ただ、見ている。
苦しむ精霊を。
崩れかけた光を。
「……たす……け……」
その言葉が、確かに届いた。
次の瞬間。
「グォォォォォォッ!!」
黒が、爆発する。
完全に暴走した。
水が牙を剥く。
攻撃が激化する。
床が砕ける。
空間が歪む。
「……くそっ!」
レインは弾き飛ばされる。
転がる。
すぐに立つ。
(……どうする)
核は目の前。
だが。
終わらせるか残すか。
選択が、迫る。
ミリアの声が響く。
「完全に消しなさい」
冷静な、断定。
「それが最も被害を抑える方法よ」
カイルも言う。
「中途半端は死ぬぞ」
レインは、息を吐く。
ルミナスの光が、静かに揺れる。
(……まだ間に合うんじゃないか)
核が、脈打つ。
精霊が、苦しむ。
濁流が荒れ狂う。
床を砕き、水が壁を叩き、空間そのものが軋む。
「レイン!」
ミリアの声が、鋭く突き刺さる。
「見なさい!」
レインは反射的に視線を向ける。
濁流が、塔の壁を越えようとしていた。
ひびが入る。
水が、外へ漏れ出す。
「このままじゃ都市に流れるわ」
ミリアの声は冷静だった。
だが、その中に焦りがある。
「被害は拡大する。今ここで止めないと」
「……分かってる!」
レインが叫ぶ。
分かっている。
このまま放置すれば、リヴィエラは崩壊する。
人がたくさん死ぬ。
苦しむのは、この精霊だけじゃない。
カイルが横で言う。
「時間はない。早く選べ」
レインは、核を見る。
精霊を見る。
(……どうする。助けたい……)
救える保証はない。
ミリアが一歩前に出る。
「完全浄化を行う」
その声は、揺らがない。
「それが最も被害を抑える方法よ」
レインは睨む。
「……それは殺すってことだろ」
「違うわ。終わらせるのよ」
その言葉は冷たかった。
だが、逃げていない。
「今のあれはもう精霊じゃない。構造が壊れてる。維持できない。中途半端な処置は、被害を引き延ばすだけ」
レインの拳が、わずかに震える。
「……でも」
言葉が詰まる。
頭では分かっている。
「……あいつは、まだ……」
ミリアの目が細くなる。
「まだ何?」
レインは言えない。
助けられる、なんて証明できない。
可能性も、分からない。
それでも。
「……見捨てるのかよ」
ミリアの表情が、ほんのわずかに変わる。
「見捨てる?違うわね」
その声が、低くなる。
「現実を受け入れてるのよ」
一瞬、空気が張り詰める。
水が、さらに荒れる。
時間がない。
ミリアは言う。
「……聞くわ、レイン」
静かな声だった。
だが、逃げ場はない。
「救うって何?」
レインの目が揺れる。
「苦しみを長引かせること?それとも、終わらせること?」
言葉が、突き刺さる。
答えは、出ない。出せない。
カイルが、横から言う。
「理想で死ぬのは勝手だがな、巻き込まれる側はたまったもんじゃない」
レインは歯を食いしばる。
(……違う。分かってる。でも──)
ルミナスの光が、静かに揺れる。
(……レイン)
声はない。
だが、悲しみが伝わる。
そして、受け入れ。
レインは目を閉じる。
深く、息を吸う。
そして目を開く。
「……やる」
短い言葉だった。
ミリアの目が、わずかに揺れる。
「完全浄化を」
レインは、はっきりと言った。
「……それでいいのね」
確認するように、ミリアが言う。
レインは頷く。
「……ああ」
その声に、迷いはあった。
だが、逃げはなかった。
ミリアが即座に動く。
装置へ向かう。
「水流を固定する!」
レバーを操作する。
水の動きが、わずかに鈍る。
「今よ!」
カイルが前に出る。
小精霊を斬り払い、道を開く。
「……長くは持たない!」
レインは踏み込む。
ルミナスの光が、強くなる。
水が、澄んでいく。
黒が、押し返される。
「──っ!!」
核へ、一直線。
精霊がこちらを見る。
その目に、かすかな意識。
「……ぁ……」
レインの動きが、一瞬だけ鈍る。
だが止まらない。
(……終わらせる)
それが、選んだ答えだった。
「……悪いな」
小さく、呟く。
「はぁぁぁぁっ!!」
剣を、振り抜いた。
光が、核を貫く。
「ァ……」
声が、漏れる。
黒が、砕ける。
ひびが広がる。
水が、崩れる。
そして。
静かに、光が溢れた。
濁りが、完全に消える。
そこにあったのは、透明な水とひとつの光。
精霊の、本来の姿。
穏やかで、やさしい光。
「……あ……」
レインの声が、かすれる。
精霊は、微笑んだように見えた。
「……ありがとう……」
その声は、もう苦しんでいなかった。
「……森も……水も……」
言葉が、途切れる。
「……守れ……なくて……ごめん……」
レインの胸が、強く痛む。
「……いや……」
言葉が、出ない。
精霊の光が、ゆっくりと上昇する。
「……頼む……」
最後の願い。
「……もう……壊さないで……」
そして。
光は、完全に消えた。
水が、止まる。
濁りは、ない。
空気が、軽くなる。
戦いは終わった。
レインは、その場に立ち尽くす。
剣を、下ろす。
「……終わったな」
カイルが言う。
いつも通りの声。
だが、少しだけ静かだった。
ミリアは、何も言わない。
ただ、水を見ている。
「……汚染は止まるわ。都市は助かる」
それは、事実だった。
正しい結果。
だがレインは答えない。
ただ、立っている。
ミリアが、レインを見る。
「……これが正解よ」
はっきりと言った。
レインは、ゆっくりと視線を向ける。
「……そうだな」
否定はしない。
「でも、納得はしてない」
ミリアの目が細くなる。
「何が不満なの」
レインは少しだけ笑う。
「全部だよ」
短い言葉。
ミリアは黙る。
レインは続ける。
「救えたかもしれないって思ってる?根拠は?」
即座に返される。
レインは答えない。
答えられない。
ミリアは言う。
「証明できないものに意味はない」
その言葉は、鋭かった。
レインは静かに返す。
「……でも、否定もできないだろ」
一瞬、ミリアの動きが止まる。
「……」
言葉が、詰まる。
ほんの一瞬だけ。
すぐに、戻る。
「非効率ね」
短く言う。
「そうかもな」
レインも否定しない。
だが、視線は逸らさない。
「それでも、俺は考える」
ミリアは何も言わない。
ただ、見ている。
レインを。
理解できないものを見るように。
静かに、水が流れる音だけが残る。
都市は救われた。
だが何かは、確実に割れた。
価値観が、正しさが。




