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灰と光の調律者  作者: 廣風
3章 水の都リヴィエラ
19/30

19 ミリアとの出会

川沿いを進むにつれて、空気が変わっていった。

湿った風が微かに甘く、そして鉄のような匂いにレインは眉をひそめる。


「……水の匂い、濃くなってないか」


「上流に近いだけだろ」


カイルは淡々と答える。

やがて、視界が開け、遠くに水の光が見えた。


「……あれか」


カイルが短く言う。

レインは足を止め、視線を上げた。丘の先に広がるのは、一面の水の都市だった。

水路が街を縫うように流れている。白い石造りの建物が並び、その間を橋が繋いでいる。水面には陽光が反射し、本来なら穏やかで美しい景色のはずだった。


「……濁ってるな」


レインは眉をひそめる。

水は透き通っていない、それどころか黒く濁っている。遠目でも分かるほどに。


「噂通りだな」


カイルは興味なさそうに言う。


「水の都がこれじゃ、終わりも近い」


「終わらせるために来たんだろ」


レインが返す。

カイルは肩をすくめた。


「原因を断つ。それだけだ」


簡潔な答えだった。

そのとき、レインの隣で小さな光が揺れた。


『……いやな感じ。水が、泣いてる』


ルミナスが呟いた。

レインはわずかに目を細める。


「……分かるのか」


『うん。すごく、汚れてる』


その声には、はっきりとした嫌悪があった。

レインは小さく息を吐く。


(やっぱりただの異変じゃないな……)


「行くぞ」


カイルが歩き出す。

レインもそれに続いた。

街の入口に入った瞬間、空気が変わった。

湿った匂い。どこか腐ったような、水の臭気。


「……っ」


レインはわずかに顔をしかめる。

通りには人がいたが、その様子は明らかにおかしかった。

顔色が悪い。咳き込んでいる者もいる。中には壁にもたれ、動けなくなっている者もいた。


「……ひどいな」


レインが呟く。


「放っておけば死ぬだろうな」


カイルの声は淡々としていた。


「原因が水なら、街全体が汚染されてる」


レインは何も言わない。


『……あの人』


ルミナスの声にレインの視線が自然と動く。

水路のそばに一人の女性がしゃがみ込み、水をすくっていた。

長い青髪の女性。

白い外套を羽織って手には細い器具のようなものを持っている。

水をすくい、じっと観察している。


「……研究者か?」


レインが小さく呟く。

その瞬間だった。


「──飲まないで」


鋭い声が飛んだ。

女性は振り向かないまま言う。


「その水、もう安全じゃないわ」


ちょうど水を飲もうとしていた男が、ぎょっとして手を止める。


「な、なんだよ急に……」


「見れば分かるでしょ。濁り、粘度、匂い。全部異常よ」


淡々とした声で言う。

ようやく女性が立ち上がり、こちらを振り向いた。

その目は冷静だった。感情よりも先に、状況を測る目。

レインとカイルを一瞬で観察する。

服装、武器、状態。


「あなたたち……外から来たのね」


断定だった。


「その反応、ここが普通だと思ってない顔だもの」


カイルが小さく息を吐く。


「観察力は悪くない」


「当たり前でしょ」


女性はあっさり返す。

そして視線が、レインに止まる。

ほんの一瞬だけ。


「……へえ」


小さく、興味を示すような声。

だがすぐに元に戻る。


「忠告しておくわ」


腕を組み、淡々と言う。


「ここは今、水そのものが汚染されてる」


「知ってる。だから来た」


カイルが答える。


「そう」


女性は頷く。


「なら話は早いわね。原因を探してるんでしょ?」


レインが答える。


「ああ」


女性は少しだけ目を細めた。


「じゃあ、感情論は後にして」


その声は冷たく、はっきりしていた。


「まず原因を特定するべきよ」


ルミナスが、小さく揺れる。


『……つめたい人』


レインの中でだけ呟く。

レインはその言葉に苦笑しそうになるのを抑えた。


(確かに真逆だな)


「名前は?」


レインが聞く。

女性は一瞬だけ間を置いて答えた。


「ミリア・セレスよ」


そして、まっすぐレインを見る。


「あなたは?」


「レイン」


短く答える。

ミリアはじっと見つめる。

その視線は、どこか探るようだった。


「……やっぱり変ね」


ミリアがぽつりと言う。


「何がだ」


「説明できない。でも、普通じゃない」


レインは眉をひそめる。

カイルが横で小さく笑った。


「面白いこと言うな」


ミリアはカイルを一瞥し、すぐにレインへ視線を戻す。


「興味があるわ。協力してあげる」


「見返りは?」


カイルが聞く。


「調査の精度が上がる。それ以上に必要?」


合理的すぎる答えだった。

レインは少しだけ考え、言う。


「……分かった」


ミリアは小さく頷く。


「いい判断ね」


そして、水路の奥へ視線を向ける。


「まずは下層から行くわ。汚染が一番進んでる場所よ」


ルミナスの声が、静かに響く。


『……いやなところ』


レインは小さく息を吐いた。


「ああ、わかってる」


カイルが歩き出す。

ミリアが続く。

レインも、その後を追った。

黒く濁る水の奥へ。






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