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灰と光の調律者  作者: 廣風
2章 精霊の森エルドリア
16/30

16 シルフィの元へ

扉が開いた瞬間だった。


「──シルフィ!」


聞き慣れた声だった。だが、その声に混じる重さにシルフィの表情が変わる。

振り向いた瞬間、視界に入ったのは、血に濡れたレインの姿だった。


「……っ!」


一歩で距離を詰める。


「レイン……!」


手が伸びる。肩に触れた瞬間、確かな体温を感じる。


「……生きてる」


小さく、漏れた言葉だった。

だが次の瞬間、表情が変わる。


「何があったの」


声は低く、鋭い。

レインは短く息を吐いた。


「奥に……あった。祭壇と……あれが、原因だと思う」


「あれって?」


シルフィは一切の曖昧さを許さない。

レインは一瞬だけ目を伏せ、そして言った。


「精霊だ」


その一言で、空気が止まる。


「……続けて」


レインは、見てきたものを話す。

黒い霧。歪んだ魔物。そして──腐食した精霊の存在。

弱ると正気を取り戻したこと。そして最後に、浄化で消えたこと。

すべてを聞き終えたとき、シルフィはしばらく何も言わなかった。

ただ静かに、目を閉じる。


(……やっぱり)


確信に近い。


「……教団ね」


ぽつりと、呟いた。


「間違いないわ。これは自然じゃない」


そして目を開く。


「精霊に核があった?」


「ああ」


「弱ると正気に戻った?」


「……ああ」


「……最悪ね」


短く、吐き捨てる。


「構造を弄られてる」


レインの眉が動く。


「……そこまで分かるのか?」


「分かるわ。精霊は本来、そんな壊れ方をしない」


その声には、明確な怒りが滲んでいた。

シルフィはゆっくりとレインを見る。

頭から足先まで、じっくりと。

血、傷、乱れた呼吸。


「……ボロボロね」


静かな声だった。


「まあな」


レインが苦笑する。


「馬鹿」


小さく、だがはっきりと言った。

レインが一瞬固まる。


「無茶しないって言ったわよね」


「……結果的にはな」


「結果じゃない。死んでた可能性の話をしてるの」


その言葉は冷静だった。だが、その奥にある感情は隠しきれていない。

数秒の沈黙の後、ふっと息を吐く。


「……でも、戻ってきたのは偉いわ」


ほんの少しだけ、声が柔らかくなる。

視線を逸らしながら言った。

レインは少しだけ目を見開く。


「……どうしたんだよ急に」


「別に」


シルフィは即座にいつもの調子戻った。

だがその直後、再び真剣な顔になる。


「……レイン」


「なんだ」


「あなた、変わったわね」


レインは少し考える。


「……強くなったって意味か?」


「違うわ。もっと危ない方向に」


その一言は、かなり核心を突いていた。


「それと」


レインが少しだけ視線をずらす。


「一人じゃなかった」


「……?」


そのときだった。

ふわりと、光が浮かぶ。

シルフィの視線が止まる。

世界が、一瞬だけ静止したように感じた。


「……」


何も言わない。

ただ、見ている。

光の揺らぎ。純度。存在の質。


(……ありえない)


心の奥で、何かが軋む。


『……ルミナス』


小さな声が名乗る。


『光の精霊』


シルフィは、ゆっくりと息を吐いた。


「……そう」


それだけだった。

だが内側では、完全に別の思考が走っている。


(光の精霊……?違う)


心の中で即座に否定する。

光の精霊は存在しない。

正確には存在していたがすでにこの世から消えているはずだった。


(けれどこの質は……精霊王クラス。でもあれじゃない)


思い出すのは、かつての存在。

人間を愛し守っていた。けれど、人間のせいで壊れてしまった存在。

背筋に冷たいものが走る。


(……あなたは、消えたはずよ)


いや、違う。

壊れたまま残っているのかもしれない。

そして目の前の存在はその壊れなかった部分。

この世界の希望なのかもしれない。


そのときだった。

ルミナスが、ふわりとシルフィの前に寄る。

じっと見上げる。


『……あなた、精霊でしょ』


ルミナスが小さく、言う。

レインが一瞬固まる。


「……は?」


シルフィは、ほんのわずかに目を細めた。


「……どうしてそう思うの?」


静かに返す。

ルミナスは少し考えて、


『風のにおいがする』


と答えた。

その言葉で、確信する。


(……見えてるのね)


ただの精霊じゃない。

本質を見ている。


「……そうね」


シルフィはあえて、軽く認める。


「風の精霊よ。少し特殊だけど」


完全な嘘ではない。

だが真実でもない。

レインは納得したように頷く。


「やっぱりか」


(……まだ気づかせない方がいい)


『つよいね』


シルフィは少しだけ目を細める。


「……ええ」


ルミナスは小さく続ける。


『でも……かなしい』


その一言に、シルフィの動きが止まる。

ほんの一瞬だけ。


「……」


否定はしなかった。

シルフィはルミナスを見る。


「ルミナス」


『なに?』


「あなた、自分が何か分かってる?」


ルミナスは首を振る。


『……わかんない』


その答えに、シルフィは目を細める。


(やっぱり……)


「……そう」


短く返す。

シルフィは一歩ルミナスに近づく。

ルミナスの光に手を伸ばすが、触れる直前で止めた。


(触れれば分かる。でも、それは確定になる)


ほんの一瞬の迷い。

そして、手を下ろす。


「……レイン」


「なんだ」


「その子は手放さないで」


静かに言う。


「絶対に」


レインの表情が少しだけ引き締まる。


「……ああ」


その日の夜。

一人になったシルフィは、窓の外を見る。


「……最悪ね」


小さく呟く。


「よりにもよって」


目を閉じる。

浮かぶのは、あの存在。

かつての光の精霊王。


「……もし、あれが」


言葉を途中で止める。

そして、ゆっくりと開く。

その瞳には、決意があった。


「……レイン。あなたはもう、ただの愛し子じゃない」


静かに、言い切る。


「これからまた始まってしまう。10年前の続きが……」


風が、わずかに揺れた。


「レイン……これからあなたにはたくさんの試練が待ち受けているわ。どうかお願い……この世界を……」


シルフィは一人未来に思いを馳せた。

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