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灰と光の調律者  作者: 廣風
2章 精霊の森エルドリア
15/30

15決着と選択

光を纏った剣を握り、レインは踏み込んだ。

足が軽い。視界が澄んでいる。

(いける……!)


腐食した精霊が腕を振り上げる。


「遅い!」


踏み込み、一瞬で懐へ入る。

剣を振る。

ズバッと音が走り、黒い肉が裂けた。


「グォォォッ!!」


腐食した精霊の咆哮。だが、その動きは先ほどまでとは違う。


(通る……!)


「カイル!」


「分かっている!」


背後からカイルが飛び込む。

小精霊を一掃し、道を切り開いた。


「……長くは持たない。行け、レイン」


「ああ!」


一直線に核へ向かう。

速い。確実に届く。

カイルが背後を抑える。


「……っ」


カイルの膝が落ちる。


「チッ……」


腕の黒がさらに広がった。

それでも立つ。


「……迷うな」


レインに向けて言う。


「そいつは戻らない」


レインは答えない。

核へ到達し一撃を入れようとしたその瞬間。


「……ァ……」


精霊の動きが、止まった。


「……え?」


レインの足がわずかに止まる。

黒く濁っていた瞳に、ほんの一瞬だけ光が戻る。


「……なぜ……こんな……」


かすれた声だった。

苦しみと、戸惑い。


「……森……守る……はず……」


レインの胸が締め付けられる。


(やっぱり……!まだ意識がある!)


だが次の瞬間、黒が再び侵食する。


「グォォォォ!!」


暴走した。

腕が振り下ろされる。


「っ……!」


レインは剣で受けるが、吹き飛ばされる。


「がっ……!」


地面を転がる。

呼吸が荒い。身体は限界に近かった。


『レイン!まだ……いける?』


「……当然だろ……」


無理やり立ち上がる。

足が震える。

それでも前を見る。


(ここで終わらせる……!)


再び踏み込む。

カイルが横から入る。


「迷うな!」


その声は、ただの理屈じゃなかった。


(……こいつも)


無理してる。

削られながら戦ってる。

それでも斬る選択をしてる。

レインは静かに言う。


「……終わらせ方は選べる」


核が、目の前にある。

黒く脈打つそれ。

レインは、一瞬だけ止まる。

ルミナスに視線を向ける。


(……まだ、戻せるんじゃないか)


あの声。あの一瞬の光。


(助けられるかもしれない)


剣を握る手が、わずかに止まる。

だが、後ろで荒い呼吸が聞こえる。


「……っ」


カイルの気配が、明らかに削れている。


(……違う。これは、戻す戦いじゃない)


ゆっくりと、息を吐く。

視線を、核に戻す。


「……ルミナス」


静かに名前を呼ぶ。


『うん』


「これ、消せるか」


『……できる』


ルミナスの声は静かだった。


『でも……完全に消えちゃう』


レインは目を閉じる。

苦しむ精霊。崩れていく森。消えていった存在たち。


(……分かってる)


レインはゆっくりと目を開く。


「……それでいい。それが現実だ」


カイルが横から言う。

短く、冷たい言葉。

だがその奥に、わずかな重さがあった。

レインは小さく頷く。


「……ルミナス」


『うん』


「頼む」


ルミナスの光が、静かに強くなる。


『……これで、よかったんだよね……?』


小さな声だった。

迷いが混じる声。

レインは、はっきりと言う。


「……ああ。苦しませたままより、いい」


ルミナスの光が、大きく揺れた。


「……分かった」


静かに、前へ出る。

精霊の前に浮かぶ。

その光が、優しく広がる。


『……もう、大丈夫』


そっと、包み込むように。

光が、核に触れた。

黒と白がぶつかる。

激しく、しかしどこか静かに。


「ァ……ァァ……」


精霊が震える。

苦しみの声をあげる。

次第に、黒が剥がれていく。

崩れるように。

溶けるように。

その奥から、本来の光が現れる。

淡く、優しい光。


「……あ……」


声が変わった。


「……ありがとう……」


穏やかな響き包まれるようなの声だった。

レインの目が見開かれる。

精霊の姿が、一瞬だけはっきりと見えた。

美しい存在だった。

かつて、この森を守っていた存在。

その光が、ゆっくりと空へ昇っていく。


「……森を……」


最後の言葉だった。

そして完全に消えた。

静寂が戻る。

黒い霧が、ゆっくりと晴れていく。

空気が、軽くなる。


「……終わったか」


カイルが呟く。

レインは、その場に崩れ落ちた。


「はぁ……はぁ……」


全身が限界だった。

剣を手放す。


『……無茶しすぎ』


ルミナスが、すぐそばで揺れる。


「……お互い様だろ」


かすれた声で返す。

ルミナスは少しだけ黙る。


『……少し、きれいになった』


周囲を見ながら言った。

確かに、さっきまでの濃い黒は消えていた。

完全ではない。だが、確実に変わっている。

カイルは立っていたが確実に侵食されていた。


「……くっ」


腕を地面に着く。

腕の黒い侵食がはっきりと広がっていた。


「……やりすぎたか」


レインがカイルを見る。


「……大丈夫なのか?」


「問題ない」


口では大丈夫と言ってはいるものカイルは明らかに無理をしていた。


「……長くいればこうなる。だから斬る。それだけだ」


レインは何も言わない。

ルミナスがぽつりと呟く。


『……苦しそう』


カイルは答えない。

ただ立ち上がる。


「……甘い選択だ」


ぽつりと呟く。

レインは何も言わない。


「だが、結果は出たな」


短い肯定だった。

それだけで十分だった。

カイルはそれだけ言い背を向ける。


「俺は行く」


カイルはそのまま森の奥へ消えた。

静かな森。

風が、久しぶりに葉を揺らす。


『……ねえ、レイン』


ルミナスの声だ。


「なんだ」


『さっきの……』


その声には少し迷があった。


『……あれで、よかったのかな』


レインは空を見る。

しばらく考えて。


「……分からない」


正直に言う。


「でも、後悔はしてない」


少しだけ笑う。

ルミナスの光が、やわらかく揺れた。


『……そっか』


その声は、少しだけ安心していた。

レインはまだふらつく足で立ち上がる。


「帰るか」


『うん』


小さな光が、隣で揺れる。

黒は消えきっていない。

問題も終わっていない。

それでも確かに、一歩進んだ。

レインは、森の出口へ歩き出した。


レインたちが森を後にしたあと──

完全に静まり返った祭壇跡。

崩れた石柱。黒く焦げた地面。そして、わずかに残る歪んだ魔力があった。

その中心に、影が立っていた。

いつの間にか、気配もなく。

黒いローブに身を包んだ人物。

顔は見えない。ただ、ゆっくりと周囲を見渡す。


「……なるほど」


低く、くぐもった声。

足元に残る黒い残滓を指でなぞる。


「やはり……浄化されましたか」


まるで結果を確認するように。

感情のない声音だった。


「未完成ながら……ここまで到達するとは」


わずかに首を傾ける。


「精霊の干渉……それにレイン・アルヴェルか」


ゆっくりと立ち上がる。


「……収穫は十分でしょう」


空を見上げる。

黒い霧は、もうほとんど残っていない。


「ですが──」


わずかに笑ったような気配。


「次は、もう少し強く仕込みましょうか」


その言葉と同時に。

影が、霧のように溶ける。

跡形もなく消えた。

その場に残るのは、静寂だけ。

そしてまだ終わっていない何かの気配だけだった。

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