表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰と光の調律者  作者: 廣風
2章 精霊の森エルドリア
13/30

13カイルとの出会い

黒い霧の奥は、外とは完全に別の世界だった。

空気が重い。息を吸うたびに、胸の奥にざらついた何かが沈殿していくような感覚。足元の土は腐り、木々は黒く死にかけている。


『……大丈夫?』


隣で揺れる光が、小さく問いかけてくる。


「……ああ。さっきよりはな」


レインは短く答えた。

それは強がりではなかった。ルミナスがいる周囲だけ、霧がわずかに薄れている。

完全に消えているわけじゃない。だが確かに、身体が軽かった。


『少しだけ、きれいにしてる』


ルミナスがぽつりと言う。


『全部は無理だけど……これ、嫌い』


その声には、はっきりとした拒絶があった。


「……ありがとう」


レインはそう言って、前を見た。

この先に、原因がある。その確信だけはあった。

しばらく進んだときだった。


『……止まって』


ルミナスの声が鋭くなる。

レインは即座に足を止めた。

次の瞬間──木の影から何かが飛び出してきた。


「──来る!」


獣の形をしている。だが原型はほとんど留めていない。

全身が歪んでいる。肉が膨張し、裂け、そこから黒い靄のようなものが漏れ出していた。目は濁り、焦点が合っていない。


「……っ」


レインの喉がわずかに鳴る。

オークとは比べものにならない。


「グォォォォオオオ!!」


咆哮と同時に、地面が砕けた。

速い。


「っ!」


横に跳ぶ。直後、さっきまで立っていた場所が抉り飛ばされた。

構え直す間もなく、二撃目が来る。

レインは剣で受ける。


「ぐっ……!」


重い。腕が痺れる。


(力も桁違いだ……!)


弾かれるように距離を取る。


『レイン!』


「ああ!」


息を整える暇もない。


(やるしかない)


足に風を集める。懐へ踏み込む。

振り上げる腕の内側へ滑り込み、斬る。


「っ……!」


手応えが浅い。

肉が硬い。だが、それだけじゃない。


(再生してる……!?)


裂けたはずの傷口が、黒い靄と共に蠢き、塞がっていく。


「……厄介だな」


距離を取る。

そのときだった。


『……そこ』


ルミナスの声だ。


『胸の奥……光、ない』


「……!」


レインの目が細くなる。


(核……!)


さっきのオークと同じだ。


「ありがとう、ルミナス!」


『うん!』


方針は決まった。

あとは核を壊すだけだ。

真正面から再び踏み込む。


「グォォ!!」


振り下ろされる腕を躱さず、剣で受ける。


「っ……!」


衝撃が全身を揺らす。

だが攻撃は止めた。


「……そこだ!」


弾くように軌道を逸らし、そのまま懐へ潜り込む。

ゼロ距離で胸部へ、全力で剣を突き込む。


「はぁぁぁっ!!」


鈍い手応えがあった。


「グギャアアアアアッ!!」


化け物が絶叫した。

黒い肉が大きく裂ける。

奥に、確かにそれがあった。

黒く濁った、歪な核だ。


「終わりだ!」


風を纏わせる。

一気に振り抜いた。

核が砕ける。


「……!」


化け物の動きが止まる。

全身が軋み、ひび割れるように、崩れ始める。


「グ……ォ……」


声にならない音を漏らしながら、

身体が、少しずつ崩れていく。

砂のように。灰のように。

形を保てなくなった肉が、ぼろぼろと剥がれ落ちていく。


「……」


レインは剣を下ろした。

完全に崩壊するまで、目を離さない。

やがてそこには、何も残らなかった。

ただ、黒い灰だけが地面に散っていた。


「……終わった」


小さく呟くが安堵はなかった。

むしろ逆だった。


(こんなものが……普通に出てくるのか……)


明らかに異常だ。

そのとき。


『……人、いる』


ルミナスが言った。


「……人?」


レインは顔を上げる。

気配を探る。

確かにいた。

それも、一人じゃない。

複数。


(……戦ってる?)


音が聞こえる。

金属がぶつかる音と獣の低い唸り声。


「行くぞ」


『うん』


レインは迷わず駆け出した。

木々をぬけた先、視界が開けた。

レインは目の前の光景に目を見開いた。


「……なんだ、これ」


中央に石造りの祭壇があった。

だがそれは朽ちていた。

崩れかけた柱。ひび割れた床。長く忘れられていた場所。

その周囲に、無数の獣がいた。

黒く染まり、歪んだ身体。理性を失った目。

灰に侵された存在だった。

そして、その中心で一人の男が戦っていた。

手には短剣と長剣を持ち長剣をメインにして戦っていた。

鋭い一閃。

一体の獣の首が飛ぶ。

だが次の瞬間、別の個体が横から飛びかかる。

男は振り返りもせず、短剣で受け流し蹴りで距離を取る。


「……ちっ、数が多いな」


低く吐き捨てた。


無駄のない動き。鋭い剣筋。

冷静な判断。

一体、また一体と確実に仕留めていく。


(強い……)


だが数が多すぎる。


(囲まれてる……!)


それでも男は止まらない。

斬る。躱す。また斬る。

ただ淡々と獣を処理する。

感情がないような戦い方だった。

そのとき、一体の個体が横から飛びかかる。

男はそれを躱すが、別の個体が迫る。

間に合わない。


「……危ない!」


その瞬間、レインは地面を蹴った。


「チッ……!」


「はぁっ!!」


風を纏った一閃。

一体を斬り飛ばす。


「……何だ」


灰色の髪が無造作に揺れる。

手入れされているようで、どこか放置されたような長さ。

その下にあるくすんだ青い瞳がレインを見据える。

感情よりも先に状況を測る、冷えた視線だった。

だがすぐに視線を戻す。


「……邪魔するな」


低い声だった。


「助けたつもりなんだけどな!」


レインは吐き捨てるように言う。


「必要ない」


冷たい声だった。


「そいつらは全部、俺が処理する」


その言葉に、レインの眉が動く。


「一人で全部やるつもりか?」


「それが仕事だ」


淡々とした返答だったがどこか、引っかかる。

ほんの一瞬だけ、言葉に引っかかりがあった。

レインはそれを感じ取るが、何も言わない。


(仕事……?)


その言葉が、妙に空虚に聞こえた。

そのとき。


『……また来る』


ルミナスが言う。

レインは前を向く。

新たな化け物たちが、こちらへ向かってきていた。


「……話は後だな」


剣を構える。

隣の男も、無言で構えた。

視線は交わらない。

だが今は戦うしかないことを互いに、理解していた。


背後から獣が飛びかかる。


「後ろ!」


レインが叫ぶ。

男は反射的に身体をひねる。紙一重で回避し、そのまま振り向きざまに首を断った。


「……」


レインは男の隣に立つ。

背中合わせの形。


「残りは?」


「十二」


(正確だな……)


「いけるか」


「無理ならとっくに逃げている」


「……なら問題ないな」


レインは剣を構える。


「いくぞ」


「ああ」


同時に踏み込んだ。

──戦いが加速する。

ルミナスの光が広がる。

黒い霧が揺らぐ。


『レイン、右!』


「分かってる!」


振り向きざまに斬る。

一体、崩れる。

その横で、男は迷いなく急所を貫く。

動きに一切の躊躇がない。


(……迷わないな)


残り三体が咆哮し、突進してくる。

レインが前に出る。


「下がれ」


男の剣が一直線に振り抜かれた。

深く、正確に三体を同時に斬る。

獣の動きが止まる。

そして崩れた。

黒い身体が、砂のように崩壊していく。


「……終わったな」


レインは息を吐く。

男は剣を収めながら言った。


「まだだ」


視線は、祭壇の奥へ向いている。

レインもそちらを見る。

濃い霧が渦を巻いている。


「……中心か」


「だろうな」


そして、男が振り返る。


「カイルだ」


男が名乗った。


「レイン」


互いに名を交わす。

カイルはレインをじっと見る。


「……こんな場所まで来るとはな」


その目は冷静だった。


「目的は?」


「異変の原因を探す」


レインは答える。

カイルはわずかに間を置き言う。


「同じだろ」


「違う」


即座に否定された。

空気が少し張り詰める。


「お前は助けるつもりで来てる」


カイルの視線が鋭くなる。


「顔に出てる」


「……そうかもな」


レインは否定しない。


「やめておけ」


カイルが言う。


「ここにいる連中はもう戻らない」


その言葉は、妙に重かった。

ただの知識じゃない。


(経験……?)


「戻る可能性があるなら試すべきだ」


「無駄だ」


カイルの声が少しだけ強くなる。


「そうやって迷ったやつから死ぬ」


風もないのに、空気が揺れる。

ルミナスが、わずかに不安そうに光る。


「……それでも」


レインは目を逸らさない。


「全部を見たわけじゃない」


カイルの眉が、ほんのわずかに動く。


「……戻った例を、俺は知らない」


低い声だった。

その一言に、重い何かが乗っていた。


「だから斬る」


迷いはない。

だが完全に無感情でもなかった。

ほんのわずかに、押し殺したものが滲んでいる。


「……俺は斬らない」


レインは短く、はっきりと言った。


カイルは数秒だけ沈黙し言う。


「……好きにしろ」


それ以上は踏み込まなかった。

価値観は交わらない。

だが敵でもない。


「一人で行くのか」


レインが聞く。


「ああ」


「なら」


一瞬だけ間を置く。


「一緒に行かないか」


カイルの目が細くなる。


「……正気か?」


「合理的だろ。数が増えれば生存率も上がる」


カイルはしばらく考え言う。


「……足は引っ張るな」


「お互い様だ」


共闘が決まった。

ルミナスがカイルの周りをぐるぐる回っていたそのとき。


「……?」


カイルが眉をひそめる。


「今、何か……」


胸に手を当てる。

だがすぐに首を振る。


「……気のせいか」


レインは何も言わない。


「行くぞ」


カイルが先に進む。

レインも続く。

朽ちた祭壇の奥へ。

その先にいるのは原因に最も近い存在だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ