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灰と光の調律者  作者: 廣風
2章 精霊の森エルドリア
12/30

12 ルミナスとの共闘

レインは黒い霧の中を進む。

黒い霧の中はやはり身体が重い。

肺に入る空気が、どこか重い。ただ吸っているだけで、体力を削られていくような感覚だった。

一歩、踏み出す。

その瞬間、わずかに違和感があった。


「……軽い?」


思わず口に出る。

さっきまで感じていた圧迫感が、ほんの少しだけ薄れていた。

完全に消えたわけじゃない。だが、明らかになにか違う。

視線を横へ向ける。

そこには、淡く揺れる光があった。


「ルミナス……これ」


『うん』


ルミナスはふわりと浮かびながら答える。


『きらいだから、消してる』


ルミナスはあまりにも簡単に言う。

だがその周囲では、黒い霧がわずかに揺らぎ、後退していた。

まるで、光を避けるように。


(消してる……って、本当にそのままの意味かよ)


レインは小さく息を吐く。


(この中じゃなかったら……まともに動けそうにないな)


この光の中なら、まだ戦える。

剣を握る手に、自然と力が入った。

そのときだった。


『……来る』


ルミナスの声が、わずかに低くなる。

空気が変わる。

異質な気配が近づいてくる。

ズン、と重い音が地面に響いた。


「っ……!」


反射的に視線を向ける。

霧の奥に何かがいる。

ゆっくりと、しかし確実にこちらへ近づいてくる影。

そして、それは姿を現した。


「……なんだ、あれ……」


思わず、言葉が漏れる。

それは化け物だった。

だが、知っている姿とは似ても似つかない化け物だった。

全身が歪んでいる。片腕は異様に肥大化し、逆の腕は細くねじれている。皮膚は裂け、黒く濁った何かが滲み出ていた。

顔だったものは原型を留めていない。目の位置がずれ、口は裂けるように広がっている。


「ギィァァァァッ!!」


耳障りな咆哮をあげた。

叫びと同時に、地面が弾けた。


「速い!」


レインは即座に横へ跳び回避する。

次の瞬間、さっきまで立っていた場所が砕け散った。

着地と同時に化け物との距離を取る。


(速さがおかしい……!)


あの歪んだ身体で、この速度。

理屈が合わない。


(無理やり動かされてるみたいな……)


考える暇はなかった。

化け物が再び突っ込んできた。

腕が振り上げられる。

レインは踏み込んだ。

風を足に集める。

一気に間合いを詰めた。


「はぁっ!」


素早く斬る。


「っ……!」


手応えが浅い。

弾かれたわけじゃない。だが、狙いがズレた感覚だ。


(動きが読めない……!)


次の瞬間、化け物の反撃が来る。

避けるが距離を取り切れない。


(まずい──!)


『レイン!』


ルミナスの声と同時に、光が強くなる。


「……!」


その瞬間、化け物の動きが乱れた。

足がもつれるように崩れる。

振り下ろされた腕が、軌道を外した。


『今!』


「──ああ!」


レインは地面を蹴った。


(動きが変わった……!)


さっきまでの異常な速度が消えている。

無理やり引き延ばされていた動きが、本来の形に戻ったような感覚だった。


(これなら……見える!)


懐へ入り込む。

呼吸を合わせる。

狙うは1点だだひとつ。


(あそこか……!)


歪んだ胸の奥。

核を直感で理解する。


「──ッ!」


全力の一閃。


「っ……浅い!」


核に届ききらない。

化け物が暴れる。

レインは衝撃で吹き飛ばされた。


「がっ……!」


地面を転がるがすぐに体勢を立て直す。


(今のじゃ足りない……!)


呼吸が荒い。

だが、焦りはなかった。


『レイン』


ルミナスの声だ。


『もう一回、やる』


「いけるのか?」


『うん。でも……ちょっとだけ』


ルミナスの光が、さっきより強くなる。

じわりと空気が変わる。

霧が大きく揺らぐ。


「……!」


レインの身体が一気に軽くなった。

同時に化け物の動きが、明確に鈍った。


(今度こそ……!)


レインは深く息を吸う。


(焦るな……狙いは一瞬)


足に風を集め、限界まで圧縮する。


「──はぁっ!!」


踏み込む。

化け物の正面へ一直線に。

核が、見える。


「ギァァァ!!」


腕が振り下ろされる。

だが、遅い。

身体をひねり、紙一重でかわす。

そのまま、間合いの内側へ入った。


(ここだ!)


「──ッ!!」


全力の一撃だった。

確かな手応えがあった。

硬さはない。


「ォ……ア……?」


手応えがあった。

確かに何かを貫いた。

化け物の動きが止まった。

次の瞬間。


"ピシッ"


音がした。

化け物の身体に亀裂が走る。


「……っ?」


無数の亀裂がひび割れのように全身に広がっていく。


「ガ……ァ……」


声が崩れる。

腕が脚がぽろぽろと崩れ始めた。


「……崩れている……?」


レインは目を見開く。

黒い身体が砂のように崩れていく。

だが、それはただの崩壊じゃない。

中から微かな光が見えた。


「……っ」


一瞬だけ、苦しそうな元のオークの姿が見えた気がした。

そして、完全に崩れ落ちる。

後に残ったものは何も無かった。

ただ黒い残滓だけが残っていた。


「はぁ……はぁ……」


レインはその場で膝に手をついた。

全身が重い。


「……終わった……のか」


レインは肩で息をする。

剣を下ろす。

そのとき。


『……少し、きれいになった』


ルミナスがぽつりと言った。

周囲を見るとさっきまで濃かった霧が、わずかに薄れている。


「……本当だ」


完全じゃない。

でも、確かに変化があった。


『これ……倒すと、消えるみたい』


ルミナスの光が、ゆっくりと落ち着いていく。


「……無理してないか?」


レインが聞く。


『……ちょっとだけ』


正直な答えだった。

レインは苦笑する。


『でも、大丈夫』


小さく揺れる光。

その奥に、強さがあった。


「……ならいい」


レインは前向く。


「……さっきの元は普通の魔物だよな」


『うん』


ルミナスの声が静かになる。


『苦しそうだった』


レインは少しだけ目を伏せた。


「……そうか」


短く答える。

そして、顔を上げる。

霧の奥。さらに濃く、重たい気配。

まるで、ここより先が本当の中心だとでも言うように。


「……まだ奥があるな」


『うん』


ルミナスも同じ方向を見る。


『もっと、やな感じ』


レインは剣を握り直した。

疲労はある。

だが、足は止まらない。


「行こう、ルミナス」


『うん』


光が、再び強くなる。

その小さな輝きが、確かに闇を押し返している。

レインは一歩踏み出した。

黒い霧のさらに奥へ。

その原因へと確実に近づきながら。

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