表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰と光の調律者  作者: 廣風
2章 精霊の森エルドリア
11/30

11 ルミナスとの出会い

森は不気味なほど静かだった。

風が吹いているはずなのに、枝は揺れない。鳥の声も、虫の羽音さえも聞こえない。

ただ、重たい空気だけあった。


「……」


レインは一歩、踏み出す。

足元の土は黒く変色し、踏みしめるたびにわずかに沈む。木々も同じだった。幹は色褪せたように黒く染まり、葉も黒く変色し力を失って垂れ下がっている。

生きているはずの森が死んでいるように見えた。


(身体が……重い)


胸の奥に圧迫感がある。自然と呼吸が浅くなる。

黒い霧が身体にまとわりついているようだった。


(これが……霧か)


剣を握る手に力を込める。

一歩ずつ、確かめるように進む。

引き返すという選択肢はレインには最初からなかった。

そのとき。


「……?」


視界の奥に、違和感があった。

黒の中に、わずかな色が見えた。


「なんだ……あれ……」


レインは目を細める。

それは、淡く揺れる小さな光だった。

白く、かすかに輝く光だ。

この場に似つかわしくない存在だった。


(……罠か?)


警戒が先に立つ。

足を止める。

だが──光は、ゆらゆらと揺れながら、どこかへ逃げるように離れていく。

まるで、ついてこいとでも言うように。


「……」


一瞬、迷いが生じる。

ここは明らかに異常だった。不用意に動くべきじゃない。


(でも……)


あの光だけが、この空間の中で異質に正常だった。

黒ではない。歪んでいない存在だった。


(……行くしかないか)


レインは小さく息を吐き、ゆっくりと歩き出した。

光との距離を少しずつ詰める。

だが、近づくとわずかに離れる。

完全には逃げず、一定の距離を保ちながら、導くように光は揺れていた。


(誘ってる……?)


違和感は消えない。

それでも、足は止まらなかった。

やがて──光が止まった。

開けた空間にでた。

周囲だけ、わずかに霧が薄い。

その中央に、光が浮かんでいた。

レインはゆっくりと近づく。

あと数歩。

手を伸ばせば届く距離。

そのときだった。


『……だれ?』


声がした。幼い声だった。

だが、その響きはどこか遠く、現実感が薄い。

レインは反射的に剣に手をかける。


「誰だ!」


周囲を見渡す。

だが、人の気配はない。


『こっち……』


声は、目の前の光から聞こえていた。


「……っ」


レインは一歩引いた。

光が、わずかに形を変える。

ゆっくりと。

輪郭が生まれる。

小さな人影のような姿。

白い髪に金色の目が淡く輝く、少女のような存在だった。


「……」


言葉が出ない。

その存在は、あまりにも現実離れしていた。


『……こわい?』


少女が首を傾げる。


「……いや」


レインは短く答えた。

完全に恐怖がないわけではない。

だが、それ以上に──


(敵意がない……?)


不思議な感覚だった。

警戒はしている。

だが、剣を抜くほどではない。


「俺はレイン」


ゆっくりと言う。


「君は……?」


少女は少し考えるように沈黙し、そして言った。


『……ルミナス』


短い名だった。

ルミナスはふわりと宙に浮かび、レインの周囲をじっくり観察するようにゆっくりと回る。


『……あなた、不思議な感じがする』


「不思議?」


『うん。黒くないのに……黒の中にいる』


意味はよく分からない。

だが、否定もできなかった。


「君は……精霊なのか?」


レインは慎重に問いかける。

ルミナスは小さく頷いた。


『うん。光の精霊』


「光……?」


レインの眉が動く。

火、風、水、地。それは知っている。

だが、光は聞いたことがなかった。


『知らないの?』


ルミナスが不思議そうに言った。


「……ああ」


『そっか……』


少しだけ、寂しそうに揺れた。


『でも、あなたは私と話せるんだね』


ルミナスの声が少し明るくなる。


『普通は……無理なのに』


「俺は……精霊の愛し子らしい」


言いながら、わずかに胸が痛む。

母の言葉が頭をよぎった。


「だからかもな」


ルミナスはしばらくレインを見つめていた。

そして、小さく頷く。


『……なる…ほど?』


「なあ、ルミナス」


レインは一歩踏み出す。


「君はなんで、ここにいるんだ?」


この異常な場所に光の精霊がいる理由。

レインは気になっていた事を聞いた。

ルミナスは、少しだけ考えた。


『……わからない』


あっさりとした答えだった。


『気づいたら、ここにいた』


「……それだけか?」


「うん」


迷いはなかった。

嘘をついている様子もない。


(記憶がない……?)


違和感だけが残った。

だが、今はそれ以上追及しても意味はなさそうだった。


『……この奥に行くの?』


ルミナスが霧の奥を見る。


「ああ」


レインは頷いた。


「原因を探す」


ルミナスは少しだけ沈黙し、そして言った。


『……危ないよ』


「分かってる」


レインは即答した。

それでも行く。

それがレインの答えだった。

ルミナスはレインをじっと見つめた。

そして──


『……じゃあ、私も行く』


「……は?」


予想外の言葉だった。


『連れてって』


「いや、待て」


レインはすぐに首を振る。


「ここがどれだけ危険か分かってるのか?」


『分かってる』


「だったら──」


『でも』


レインがすべてを言い終わる前にルミナスが口を開く。

ルミナスの光が、わずかに強くなった。


『私は、この霧に負けない』


空気が、少しだけ変わった。

黒い霧が、ルミナスの周囲だけわずかに揺らぐ。


「……」


レインは目を細める。

確かに霧の影響を受けていない。

それどころか──


(押し返してる……?)


『私は光だから』


ルミナスが言う。


『これは……嫌い』


その言葉には、わずかな感情があった。


「……」


レインは黙る。

シルフィはいない。

ここから先は、一人で行かなければならない。

得体の知れない精霊を信用していいのか分からない。


(でも……)


この霧の中で、唯一まともに存在しているのがルミナスだった。

そして何より──


(さっきのオーク……)


一人で突破できる保証はない。

レインには一人で倒せる自信もない。


「……本当に、大丈夫なんだな?」


レインは確認する。


『うん』


ルミナスは迷いもなく返事をした。


『守ってあげる』


その言葉に、わずかに苦笑が漏れた。


「頼もしいな」


(正直分からないな……)


信用していいのか。

危険じゃないのか。


(でも──)


この場所でまともに立っているのはルミナスだけだ。それにレインの本能が連れて行けと言っていた。


「……分かった」


レインは頷く。


「一緒に来い」


ルミナスの光が、少しだけ強くなる。


『うん!』


その声は、どこか嬉しそうだった。

レインは前を向く。

黒い霧の奥。

まだ何があるか分からない。

だが──今は、一人じゃない。

隣で揺れる小さな光。

その存在を感じながら、レインは再び森の奥へと歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ