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灰と光の調律者  作者: 廣風
2章 精霊の森エルドリア
10/30

10 森の調査

翌朝。空気はひどく静かだった。

鳥の声も、風の音さえもどこか弱い。まるで森そのものが息を潜めているようだった。


「準備はいい、レイン」


シルフィが振り返らずに言う。


「ああ」


短く答えながら、レインは剣の柄を握り直した。胸の奥に、わずかな違和感が残っている。だが、それを押し込むように一歩踏み出した。

二人は森へ入る。

奥へ進むにつれて、空気が変わっていくのが分かる。湿ったような、重たい感覚。肌にまとわりつく不快な気配。


(──来る)


次の瞬間、茂みが大きく揺れた。


「グォォォッ!!」


現れたのは5体のオークだった。


「レイン、行くよ」


「……ああ!」


ほぼ同時に地面を蹴る。

シルフィの姿が一瞬で消えた。次に見えたときには、すでに一体の背後だ。

風を纏った一閃。オークの首が宙を舞う。

レインも踏み込む。風を足に乗せ、一気にオークとの距離を詰める。


(見える……!)


振り下ろされる棍棒を紙一重で躱し、そのまま背後へ回る。剣を振る。

一体を倒した。

すぐに次へ向かう。だが──


「グォッ!」


振り下ろした剣が、止められた。


「っ……!」


力の差があった。次の瞬間、横から別のオークが迫る。


(やばっ……!)


防御が間に合わない。


"ガキィン!"


風と共に重い衝撃が割り込んだ。


「気を引き締めて」


シルフィがレインの前に立っていた。

レインは小さく息を吐いた。


「……助かった」


「まだ余裕はないわよ」


「……こいつら、速くなってないか?」


「ええ。兇魔に近づいているわ」


そこ言葉に空気が一段と重くなる。


「油断したら終わるわよ」


レインは深く息を吸った。

足元に風を集める。集中し迷いを失くす。


(落ち着け)


1歩踏み出す。

視界が研ぎ澄まされていく。

正面から振り抜いた剣がオークの首を断った。

続けて、シルフィがもう一体を斬り伏せる。

そして最後の一体をシルフィと連携して確実に仕留めた。

シルフィの視線はすでに奥へ向いている。


「ここから先はもっと強くなるわ」


「……ああ」


剣を握り直し、再び歩き出す。

しばらく進んだそのときだった。


「……っ」


レインの足が止まる。

視界の先で黒い影がゆらりと揺れていた。


「……あれは」


「間違いないわ」


シルフィの声が低くなる。


「兇魔よ」


現れたのは、黒く染まったオークだった。

全身が煤けたように濁り、目は光を失っている。ただ壊すことだけを目的に動く存在。


「グォォォ……ッ!!」


地面を砕きながら突進してくる。

速い。

レインは即座に動いた。横へ跳び、腕を躱す。

そのまま手首へ斬撃。


(──硬い)


「くっ……!」


剣が弾かれる。

すぐに魔力を込め風を纏わせ、もう一度斬る。

だが浅かった。


(ここまで違うのか……!)


一撃では通らない。

それでも止まれない。

回り込み、斬る。避けて、斬る。少しずつ確実に体力を奪っていく。

オークの動きが鈍る。

膝が崩れた。


「シルフィ!」


レインが叫んだ。

その瞬間、風が唸った。

シルフィの姿が宙へ跳ぶ。

剣に集まる風が鋭く収束する。


「──終わりよ」


美しい一閃。

黒い首が落ちた。

レインは肩で息をしながら立っていた。


「……強いな」


「ここからが本番よ」


シルフィはそう言って、前を指した。

その先に──黒い霧が広がっていた。

森の一部だけが、完全に色を失っていた。光さえも飲み込むような異質な空間。


「……あれか」


「ええ」


シルフィの表情がわずかに硬くなる。


「ここから先は本当に危険よ」


一瞬、視線がレインに向けられる。


「覚悟はできてる?」


「ああ」


迷いはなかった。

シルフィは小さく頷き、霧の中へ足を踏み入れる。レインも続いた。

その瞬間。


「……っ!」


シルフィの身体が揺れた。


「シルフィ?」


返事がない。

次の瞬間、膝が崩れ落ちる。


「うぐっ……!」


頭を押さえ、苦しそうに息を吐く。


「シルフィ!?」


レインはすぐに駆け寄り、肩を支える。


「どうした!?怪我か!?」


「違う……これは……」


シルフィの呼吸が乱れている。


「……やっぱり……ダメなのね……」


「何がだ!」


シルフィは震える手で霧の奥を指した。


「……あそこには……入れない……」


「……は?」


意味が分からなかった。


(あのシルフィが、入れない?)


「中に入ると……力が……削られる……」


それだけじゃない。明らかに様子がおかしい。

顔色が悪い。呼吸も浅い。

まるで存在そのものが拒絶されているようだった。


「戻るぞ!」


レインはシルフィを抱え、すぐに霧の外へ出る。

外に出た瞬間、シルフィの呼吸がわずかに戻った。


「……はぁ……はぁ……」


「大丈夫か?」


「……ええ……少しは……」


だが、完全ではない。

シルフィはゆっくりと立ち上がり、霧を睨んだ。


「間違いない……これは……」


途中まで言いかけ、言葉を飲み込む。

そして、レインを見る。


「……レイン」


その声は、今までにないほど重かった。


「あなた一人で行ってもらうことになるわ」


空気が止まる。


「……一人で?」


「私は……中では戦えない」


悔しさが滲んでいた。

あのシルフィが。


「……分かった」


レインは短く答えた。

怖くないわけじゃない。

だが──


(ここで止まるわけにはいかない)


再び剣を握り、霧の奥を見る。


「行ってくる」


シルフィは何も言わなかった。

ただ、小さく頷いた。

その目には──わずかな不安と、確かな信頼があった。

レインは一歩踏み出す。

黒い霧の中へ。

その先にある何かへ向かって。


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