愚かな者達
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――それはリク達が演習を始めるよりも前だった。
暗い室内、地下にあるその場所で数人の人間たちが身を寄せ合う。
しかしそれは、互いを支えると言った信頼から成り立つ寄せ合いではなく、ただ息をひそめ、自分達の身が危ういと確信しているからの事だった。
「……くそっ、俺達が使い捨てなのはわかっていたが、一方的に封鎖しやがった!」
「バレれば捕らえられ、逃げようにも先がない。完全に詰んでるわ」
男が忌々しく吐き捨てれば、悔しさと憎々しさをたたえる声で女が返す。
薄暗い室内で身を寄せ合う男女、それは帝国から潜入してきた者達であり、未だ大きく表立って動かず、機を待っていたからこそ生き残っていた者達。
それはアテトリア王国の各地に散らばっており、各々で王国の国力を削ぐための裏工作をするためだった。
だがしかし、微々たる活動であればともかく、察知されるか大きく動いた者達のほとんどは潰されて残った者達の数は少ない。
既に、王国各地に散らばっている、と言えない状況になっていた。
最初からわかっていた事ではあるが、帝国からは捨て駒として使われ、役割の関係上王国に助けを求めようともどんな扱いになるかはわからない。
見つかれば良くて捕縛され一生牢の中、最悪は処刑されるだろうとこの場にいる男女――いや、潜入した者達全ての共通の考えであり、刷り込まれていた事でもある。
実際は、アテトリア王国の女王は処刑などに対してはかなり慎重で、よっぽどの事がなければ……少なくとも協力する姿勢を見せて素直に持っている情報を引き渡すなどをすれば、そんな事は起こらないはずだった。
とはいえ潜入から裏工作、スパイ行為など、大きく動いていないとはいえ何もしていないわけではないため、どれだけ協力的であっても罰せられる事も間違いないのだが。
「こんな事なら、いいように使われる前にさっさと逃げていれば……」
「できなかったから、今こうしてここにいるんだろうが」
「どうしてこんな事になったのか……」
この場にいる者達は全て、帝国で悪事を働いた者達であり、根っからの悪人である。
そのため、現状を憂いて嘆く事くらいはしても、自分達の行いが悪かった事などの反省はしていない。
だからこそ帝国によってその罪を軽減、もしくは放免すると持ち掛け、今こうして利用されたあげくに切り捨てられているのだが、そこまでは考えに至らない。
「……やはり、帝国に我々の有用さを示せば、なんとかなるのではないか?」
比較的焦ってはいない男の声が、室内に響く。
その男は『最近加わった新参者』だが、その男のおかげでこの場にいる者達は王国の捜索から逃れ、今もこうして無事でいられる。
「確かに、お前の言う通りかもしれん。いくら帝国が国境を閉ざしたとはいえ、有用さを……成果を大きく上げれば、後々有利になる」
「帝国が王国を占領した後なら、もしかしたら私達を重用してくれるかもしれないわよ?」
「既に我々を切り捨てた帝国に対して、重用して欲しいとは思わんが、ある程度自由に遊べるくらいは期待できるかもしれんな」
繰り返すが、ここにいる男女は悪事を働く根っからの悪人。
甘い言葉には利用価値を見出し、そのうえで都合良く自分の欲求を満たせる方向にばかり考えが向く者達。
諦めるしか道がない絶望的な状況と相まって、新参者の男の言葉は先の希望を、自分の欲求を、快楽を期待できると考え縋ってしまう程度には追い詰められていた。
だがそれでも、かすかに懐疑的であり、本当にそれでいいのかという、良心とはまた別の冷静に状況を考える部分も、ここにいる者達にはまだ残っていた。
「しかし、他の奴らの事もある。ここにいる我々だけで、有用さを示せる事ができるのか……」
「ことごとく潰されている裏には、白毛玉の化け物がいる。そいつに見つかったらどうなるか」
白毛玉の化け物、と聞いて新参者の男は苦笑いが浮かびそうになるのを堪える。
それは英雄と称えられる人物、穏やかで気安いながらも圧倒的な力を持っている存在。
本人は自分が英雄と呼ばれるに相応しいとは欠片も思っていないような人柄だが、帝国の企み、各地に散らばる潜入者達が次々とやられ、潰されている中で畏怖を持ってささやかれ始めたのが『白毛玉の化け物』だった。
潜入者達は、それぞれに役割などが違いお互いに協力する関係ではないが、最低限の連絡を取るくらいはしていた。
だからこそ、その白毛玉の化け物に関してだけは潜入者達の中で恐怖を刻み付け、定着してしまったのだ。
「白毛玉の化け物か……あれに潰された者達は多い。国が一つ二つは滅亡してもおかしくない魔物の大群をも、簡単に消滅させたと聞く。そんな相手がいるのに、我々がどう動けばいいのか……」
「数も少ない。我々にできるのはこうして潜み、見つからないようにするのが精いっぱいだ」
「だがしかし、それではいずれ限界が来るだろう。王国に見つかるか、それとも占領後の帝国によって連れ出されるかのどちらかだ」
帝国が王国を占領するという事に対しては疑問を持っていない。
ここにいる者達は帝国の恐ろしさを心身ともに植え付けられているため、そこに疑いの余地を持つようにはなっていないから。
白毛玉の化け物を実際に見ていないから、というのもあるかもしれない。
そうしてしばらく、方針が決まらずあれこれと言い合っている部屋に、全身をローブで包んだ怪しい人物が駆け込んできた。
……室内にいる者達も同じく全身をローブで包んでおり、怪しいのはどちらもなのだが。
「また一つ潰された! 今度は完全に狙い撃ちされたぞ! 情報が洩れているのは間違いない!」
「ちぃ! まずいな! このままではいずれここも暴かれる!」
飛び込んできた人物の言葉によって、室内にいた者達全員が焦る。
元々焦っていたが、それがさらに顕著になり、潜入し部屋の中で身を寄せ合って潜んでいる状況にも関わらず、声も抑えられなくなっていた。
まぁそもそも、怪しい格好の人物が駆け込んでくるという時点で、潜んでいる意味もかなり薄れてきているのだが。
ともあれ、この機を逃さないのが新参者の男だった。
「では仕方ない。ここは捨て移動をするしかないだろうう。だがそれだけでは、我々もいずれ追い付かれてしまう。どこから情報が洩れているかはわからないが、その漏れている情報を我々が越えて動けばいいだけの事」
「……情報を越える、だと? そんな事ができるのか?」
「あぁ。各地の生き残りとは連絡を取っているだろう? 今こそ、そいつらと合流し、事を起こすだけの事」
「な、成る程。生き残りはしぶとく、能力が高い物が多い。そのうえ、魔物を扱う者達も多少は残っているはず。それらが集まれば多少の事くらいは……」
「我々が生き残るためにも必要という事か」
「今こそ、動く時だ。いや、動かなければもう先はない」
新参者の男が、追い詰められた男女が焦り、短絡的である思考を利用し、第一の計画へと誘導していく。
思慮深い者が少なく、信頼させ、ジワジワと少量の毒のように内側に入り込み、追い詰められ、他に手がないと感じ始めた事を機に、さらなる計画へといざなうために動く。
「いくら、し、白毛玉の化け物がいるとはいえ、意表をつかれればそう簡単には動けないだろう? だからこそ、その機会を狙って――」
白毛玉の化け物、という言葉に対し少しだけ吹き出しそうになるのを我慢しつつ、なんとか不自然にならないように気を付けながら計画を提案する新参者の男。
冷静であれば、少しでも思慮深ければ一笑に付されるようなその提案は、簡単に受け入れられ、面白いように『本当の計画』通りに、潜入者達は動き出した。
――しばらくして、女王暗殺計画と銘打った計画のために動き出した潜入者達。
痕跡を残さない最終確認として、潜入者達の中に潜入して信頼を勝ち取った新参者の男は、一人になった部屋の中で呟く。
「はぁ……最初はどうなる事かと思いましたが、ハーロルト隊長や陛下の思惑通りに進みましたね。奴らが短絡的な考えで良かったのと、リク様の活躍が轟いていたおかげでしょうか。あんな考えの奴らを潜入、裏工作者として使うとは、帝国にはもうまともな智者はいないのかもしれませんね。おそらく、他の箇所に潜入した同僚達も、上手くやっている事でしょう。しかし……く、ふふっ……リク様がまさか、白毛玉の化け物と呼ばれているとは……エルサ様が原因の一つでしょうが、またなんとも面白い異名で――」
ハーロルトが率いる情報部隊に所属する男は、堪えきれずに笑いながら、反抗勢力殲滅計画の順調な進行を確信していた――。
――時は戻り演習中、冒険者側の総大将であるエアラハールがいる場所、数メートル程の高台のようになっており、遠くまで見渡しやすい場所。
そこで演習の成り行きを見守っていたエアラハールが、ふと空を見上げる。
「……ふむ。風向きが変わったのう」
「どうされたのですか、エアラハールさん」
呟く声に近くにいた「女王様と下僕」パーティリーダーのフラムが、首を傾げながら訪ねる。
フラムはいつものパーティメンバーとは別に、総大将であるエアラハールの護衛役としてこの場にいた。
他にも、リクを始めとしたクランの会議で護衛役を務める冒険者が十人程、周囲にいる。
ただ、全員が暇そうに北側――つまり国軍と貴族軍がいる方を見ているだけだった。
「なに、そろそろじゃと思ってな。戦場には流れがある。その流れが変わる気配がしたのじゃよ」
そう言って、エアラハールは再び演習が行われている方へと視線を戻した。
「流れ、ですか? 確かに少々、敵軍の動きが変わったような気もしますが……」
エアラハールの視線に導かれるように、フラムもまた北へと視線を向ける。
そちらでは、もうそろそろ決着がつきそうな気がする程に、軍隊が瓦解していた。
主に、ユノ達とリク達、それからエルサの動きによるところが大きく、リク達が切り込んだ貴族軍などは遠目から見てはっきりわかる程にそれが顕著だ。
「フラムも知っておるじゃろうが、この演習にはもう一つの側面がある。それが顔を見せようとしておると言ったところかのう」
「……成る程。演習の決着の方が速いと思っておりましたが、向こうも中々どうして、迅速に動いてきたようですね」
エアラハールの言葉で、何を考えていたのかをフラムは理解する。
元々、演習と女王――フラムのパーティではなく、アテトリア王国の女王を囮にした殲滅作戦に関しては聞いていた。
というより、全ての冒険者、国軍兵士、貴族軍兵士には通達されている。
攻められるのがわかっていて、守りに徹しながらも総大将であるエアラハールを狙い、さらに途中でわざと誘き寄せた敵の対処をさせられる兵士達は中々辛いとはフラムは思っているが、冒険者側にはかなり余裕があった。
というのも、多少なりともフラム達がいる場所まで兵士の攻撃、ないしは突撃があると予想していたが、それが一切なかったからだ。
演習開始前までは意気も高く、いつでも動けるよう待機していた周囲の護衛役達も、今では暇そうにぼんやりと成り行きを見ているだけとなっているのも、仕方ないと言える。
「まぁ、他の冒険者たちに気合を入れるのには、ちょうど良かったというところでしょうか」
そうなるのも仕方ないとは思っていても、溜め息混じりに自分の周囲を見回しながらフラムが言う。
フラムは、この総大将護衛役のリーダーとして配置されているからこその感想だろう。
そも、フラムはパーティリーダーという事もあるが、鞭を武器として使う関係上中距離型であり、戦闘となれば冷静な状況判断と指示ができる逸材でもあるため、エアラハールの参謀的な役割も持たせてあった。
……基本的に、チームごとに自由に動いて国軍や貴族軍と相対しているのが冒険者であり、総大将を狙った兵士どころか遠くからの攻撃すら一切届いていないので、今必要なのかと問われれば疑問だが。
ともあれ、そういう人物であり本来は他のパーティメンバーに的確な指示を出しつつ、自分は鞭で援護をするというのが『女王様と下僕』というパーティーだった。
フラムの趣味と、パーティメンバーの趣味が一致しすぎているため、傍から見ればイロモノのような集団に見られる事も多いのだが。
鞭よりは短いが、同じく長いリーチの武器を生かして司令塔の役目をするモニカとは役割が似ている部分もある。
もしかすると、趣味の部分がなければモニカから目標とされるという事もあったかもしれない。
「そうじゃの。そろそろワシらも動くとするかのう。老体にはちと辛いのじゃが」
「ご冗談を。まだまだ現役の冒険者として一線を張れる程でしょうに」
老人ぶるエアラハールは、確かに年齢で言えばかなり高い。
だが、クランの訓練場で所属冒険者達に指導をし、それを受けているフラムとしてはエアラハールの事をただの老人と見る事は難しかった。
一部の例外を除き、所属冒険者達は訓練ではあるが一度も土を付けた事がないのだから。
現役の頃、Sランクに最も近いと称されていたというのも、クラン所属冒険者の全員が納得しているところだ。
ちなみに例外はリク、ユノ、ロジーナという例外中の例外に加えて、アマリーラ、リネルトも一般的な冒険者の最高峰と言われるAランク相当の実力者達だ。
Sランクは一般的には幻と言われるくらい遠い存在で、人外とは言われつつも手が届くと言われているのはAランクである。
まぁ、リクはそのSランクにあっさりと史上最年少で到達したのだが。
「ほっほっほ、老いておるがゆえにまだまだ若いもんに、簡単に負けるわけにはいかんからのう」
老獪さ、それは言い換えれば技術と経験による引き出しを多く持っているとも言える。
だからこそ、年を取って体が衰えても、全盛期とも言える程に鍛えている冒険者達、エアラハールにとっての後輩達に、簡単に負けるわけにはいかなかった。
余談だが、エアラハールは酒好きでよく酒場に行っている。
だがリク達の訓練を始めてからしばらく、表向きは酒場で飲み明かすと言いつつ、一人で修練をしていたりする。
それは元Aランク冒険者で、Sランクに近いと言われたエアラハールの意地なのかもしれない。
後輩達に簡単にはやられないようにというだけでなく、冒険者としての熱意を思い出したからか……。
「では、周囲の者達に発破をかけますので、行きましょうか」
「そうじゃの。ところで、じゃが……そろそろこれはいいのではないか?」
暇そうにしている周囲の冒険者達に、気を取り戻させ、殲滅作戦に参加するために動こうとするフラム。
そのフラムに対し、自分の体に巻き付いている鞭を見下ろしながら問いかけるエアラハール。
「いえ、ユノ様達から怪しい動きを一度でもしたら、最後までこうしているようにと言われておりますので」
「ぐぬぅ……!」
冒険者としての熱意や意地などはあれどそれはそれ、やはりエアラハールはエアラハールであり、それは演習中であろうと、重要な作戦が待ち構えていようと関係なかった。
訓練中も度々行われ、ユノやロジーナによって殴り飛ばされているのに一切懲りる気配がないため、フラムが今回の護衛役のリーダーとして任された時にユノ達から見張りも任されている。
案の定、エアラハールは演習が冒険者優勢になったのを見て、女性冒険者に狙いを定め、背後から忍び寄ってお触りをしようとしていた。
それをフラムが見逃さず、今のように鞭を体に巻き付け拘束し続けている、というのが参謀役とは別にフラムがエアラハールの近くにずっといる理由であり、油断すると抜け出されるので、他の冒険者と違って集中し続けられている原因でもある。
(訓練、模擬戦ともなると未だに一度も勝てはしないのに、こういう事ばかり上手くなっていくわ……まぁ、身動きが取れないように拘束する、というのは個人的にいい状況ではあるのだけど)
などと考えつつ、フラムは自分がエアラハールを拘束する事ばかり上達するのを嘆いていた。
最近ではユノ達がおらず、フラムがいる場合だとエアラハールのイタズラを止める役目を任せられている……専任と言っていい程に。
「ほら、行きますよ!」
「も、もうちょっと優しくしてくれんかのう? 老人の扱いじゃないぞい?」
「老人とは思っていませんからね」
戦闘とは少し違う気がする方向ばかりが上達する現状に溜め息を吐きつつ、フラムは抗議するエアラハールを引き摺って、周囲へ檄を飛ばし、さらに突撃していった冒険者達との合流、のち殲滅作戦のための持ち場へと移動するのだった――。
エピソードタイトルの「愚かな者達」の中には、エアラハールも入っているとかいないとか……?
別作品も連載投稿しております。
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