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第8話「コーヒー&シガレッツ」

「じゃあ、次はあたしの番だね」

そう言うと加藤さんはカバンの中から一冊の文庫本を取り出した。本には『尾崎翠集成(下)』と書かれている。

「えーっと、初めて作る映画だし、完全にオリジナルのものを作るよりも既にある物語を映画にするのがいいかな、って思ったの」

なるほど、その発想は全くなかった。確かに映画には原作があるものが多いもんなー。

「で、この本の中にある『アップルパイの午後』ってゆー戯曲を映像化してみたらどうかな、って思ったの」

「その『アップルパイの午後』ってどんな話なん?」

悟が興味深げに聞く。もちろん、僕もとても内容に興味があった。

「基本的には兄と妹が喋ってるだけなの」

「喋ってるだけなんや!」

「そう、喋ってるだけ」

喋ってるだけでも面白い映画はある。以前、加藤さんが教えてくれた『ビフォア・サンライズ』なんかは、男女2人が喋ってるだけの映画だけどとても面白かった。

「『ビフォア・サンライズ』みたいな感じ?」

「あ、観てくれたんだ!嬉しい!そう、あんな感じかな、この本に入ってるんだけど」

そう言うと加藤さん先程カバンから取り出した尾崎翠の本をテーブルの上に置いた。悟はその本を手に取り『アップルパイの午後』の部分をパラパラと見る。

「短そうやし、今読んでもいいかな?」

「もちろん、いいよ」

悟は早速本を読みだした。加藤さんと2人で悟が読み終わるのを待つ事になった訳だが、さて何を話す?

「そーいえばさ、『ビフォア・サンライズ』って続編があるんだね。まだ、観てないんだけど面白いの?」

とりあえず、さっき『ビフォア・サンライズ』を僕が観た事に対して加藤さんからの反応があったから、そこから話してみる事にした。

「『ビフォア・サンセット』と『ビフォア・ミッドナイト』ってタイトルの続編が2つあって、どっちも面白いんだけど、あたしはやっぱりサンライズが1番好きだな」

きっと僕もそう思うだろうな、うん。間違いない。

加藤さんとこうして映画の話しをしている自分がとても不思議で信じられない。そもそも、僕は女の子と話しをする機会なんてほとんどない人生だった。小学生の頃は隣の席になった女の子に対して、僕みたいなのの隣になってしまって気の毒だなぁ、などと考えていたのだけれど、流石にそれは悲観し過ぎだろ、と思うようになり、最近はそんな事までは考えはしないのだけれど。

「そうなんだ。観てみるよ」

「観てみてー!大月くんは会話劇で他に何か面白い映画って知ってる?」

「んー、『コーヒー&シガレッツ』は観た?」

「あー、気になってたけどまだ観てないんだー、面白いんだ!」

「僕は好きだった」

「大月くんのお墨付きならきっと面白いね。ところで、大月くんって凄く映画詳しいけど、どこから情報集めてるの?」

加藤さんにそう聞かれて少し考える。最初は父親からオススメの映画リストを作ってもらったりしてたし、悟と仲良くなってからは悟から教えてもらう事も多かった。今はネットからの情報がほとんどだ。

「んー、最近はネットから情報を得ることが多いかな」

と、無難に答える。

「そうなんだ。参考にしてるサイトとかあったりする?」

そう聞かれて、思い出したのが“世川の映画日記”の存在だった。ここ数日はこのブログをかなり読み込んでいる。

「そーいえば、最近面白いブログ見つけたんだけど」

そう言いながら僕は自分のiPhoneを取り出しSafariを立ち上げて“世川の映画日記”を開く。

「このブログなんだけど、紹介してる映画が何というか僕の趣味に凄く合ってるんだよね」

そう、言いながらiPhoneの画面を加藤さんに見せる。加藤さんはiPhoneの画面をしばらくジッと見ていた。

「・・・・・面白そうなブログね。あたしも読んでみようかな」

そう言いと加藤さんは自分のiPhoneのSafariを開きブログをブックマークする。

この時、加藤さんはなぜか少し悲しそうな表情を浮かべた様な気がした。


そうこうしているうちに悟が本を読み終えた。

「いやー、これめっちゃええやん!」

そう言うと本を閉じてテーブルに置いた。

「これを少し現代風にアレンジしたらそのまま映画になりそうやなぁ」

「うんうん。あたしもそう思う」

自分だけまだ内容を知らないのが何とも歯がゆいのだけれど、2人がそう言うのなら間違いないんだろう。

「僕も読ませてもらっていいかな?」

加藤さんの許可をもらって僕も本を開いた。

僕が本を読んでいる間2人が何やら楽しそうに話しをしていたが、あまり耳に入ってこなかった。『アップルパイの午後』は本当に兄と妹が話をしているだけの戯曲で、登場人物も3人、男2人に女の子1人という今の僕たちがやるには丁度いい内容だった。

尾崎翠という作家の事はさっきまで全く知らなかったのに、『アップルパイの午後』を読み終える頃にはすっかり好きになっていた。

「凄くいいね!もうこの企画で決まりでいいんじゃないかな?」

本をテーブルの上に置いてそう言うと、悟もそう思っていたみたいで賛同してくれた。

「ほな、我らキンザザ同盟の第1回作品は『アップルパイの午後』に決定な!」

悟がそう宣言すると、僕と加藤さんがパチパチと軽く拍手をした。なんだかバカみたいだけど、最高に楽しい瞬間だった。

「自分の企画が採用されるなんて、光栄だわ」

加藤さんの嬉しそうな笑顔を見る事が出来る僕の方こそ光栄です。

「あ、加藤さん。この尾崎翠の本って借りていってもいいかな?他のも読んでみたいなーって思って」

「もちろん、『第七官界彷徨』って小説が凄くいいよ」

そう言うと、『尾崎翠集成(上)』をカバンから取り出して渡してくれた。


映画の企画も決まりいよいよ僕たちの映画作りが始まる。


(つづく)

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