第5話「麦秋」
『麦秋』鑑賞会の前日、まず服選びが大変だった。キンザザの日はまさか加藤さんと会うとは思っていなかったからいつもの様な何気ない服装だったのだけれど、今回は違う。加藤さんと会うことがかっている。あまりふざけた服は着ていけない!だが、そんなオシャレな服は持っていない!!
買うか?いや、そんなお金はない。今あるものでなんとかしなくては。で、結局はいつものようにTシャツとジーパンで行くことにした。今更カッコつけても仕方ないしね。
そして、いよいよ当日。
自分の家から悟の家までは歩いて約10分。自転車ならもっと早く行けるのだけれど、僕はいつも歩いて行っている。
いつもなら待ち合わせ時間ピッタリに着くように10分前に家を出るのだけれど、今日は加藤さんも来るって事でいつもより早めに家を出た。加藤さんと一緒にいることが出来る時間は少しでも長い方がいい。
約束の時間の15分前に悟の家の前に着いてしまった。加藤さんが来ているかどうか悟にLINEしてみたが、やはりまだ来ていないとのことだったのでとりあえず家の前で加藤さんを待つことにした。5分ほど待っていると加藤さんが歩いてやって来た。加藤さんもTシャツにジーパンというラフな服装だ。なのにどうも僕のようにダサくはない。ファッションってのは奥が深いなぁ。同じような服を着てるはずなのに見た目の印象が随分と違う。これが着こなしなのか?
「やぁ、加藤さん」
今気づいたフリをして加藤さんに挨拶をする。
「大月くんも今着いたの?」
「そ、そうなんだ。ちょうどよかったねー」
と、話を合わせつつLINEで悟に着いた事を知らせる。悟からすぐに
“入ってきて”
と返事があり、「入ってって」と加藤さんに言いつつ、玄関の前の門を開け、更に玄関の扉を開ける。
「小林くんの家って大きいね」
加藤さんは小林邸の玄関を見て呟いた。
「おじゃましまーす」
靴を脱いで、2階のシアタールームに入る。
シアールームはとてもシンプルでスクリーン、スピーカー、その向かいに3人座れるソファーがある。
本当に映画を観るだけの空間。なんと贅沢な部屋だ!僕の家には到底こんな設備は不可能だ。そもそも部屋がない。悟は金持ちの上にひとりっ子だから部屋に余裕があるのだろう。ちなみに僕には妹が1人いる。
「凄いね!本当にシアタールームだ」
加藤さんは感激しているようだ。そりゃ、こんな立派なシアタールームがある家なんてそうそう無い。僕は何度も来ているが今だに感動するもん。
「オヤジは映画好きのくせに映画館で観るのがあんまり好きじゃないからこんな部屋を作るのが昔からの夢やったらしいわ。でも最近はあんまりこの部屋使ってないみたいやけどなぁ。まぁほとんど俺らが占領してるからかもしれんけど」
確かにほとんど毎週末僕はここで映画を観ているのだ。悟のお父さんは一体いつ映画を観ているのか、いつも気になってしまう。僕たちのせいでお父さんの映画を観る時間がなくなってたら凄く申し訳ないなぁ。
「ほな早速、観よか。加藤さんDVDは持ってきてくれた?」
「もちろん持ってきたよ」
そう言うと加藤さんは黒いリュックの中から『麦秋』のDVDを取り出した。それを受け取った悟はディスクをプレイヤーに入れ、プロジェクターの電源を入れた。
「ほな、部屋暗くするで」
そう言うと悟は部屋の電気を消す。
僕たちは3人がけのソファーに座る。加藤さんが真ん中だ。こんなイケてない男子2人に挟まれて嫌な気分になってなければいいけど。
そんな事を考えていると映画が始まった。
『麦秋』は素晴らしい映画だった。完璧な映画というものがもしあるとすれば、それはこんな映画の事を言うんじゃないか?観ている間そんな事を考えていた。
ストーリー自体は本当に何でもない。末の娘が嫁にいく、それだけの映画。物語らしい物語があるわけでもなく、淡々と家族の営みが描かれている。何でもない日々がいかに尊く、幸せな時間なのかが伝わってくる。
「凄く良かった」
映画が終わった瞬間に僕はそう漏らしていた。
「ホンマに、今までこの映画を知らんかった自分が恥ずかしいわ」
悟もよほど気に入ったのかとても感動しているようだった。
「オヤジはなんでこの映画のDVD持ってないんやろなぁ〜」
後で分かったことだけど、実は悟のお父さんは『麦秋』のDVDを持っている。『麦秋』どころか小津安二郎の映画はほとんどコンプリートしていた。しかし、その事を話すと加藤さんが映画鑑賞会に参加する理由が無くなると考えた悟は黙っていたらしい。んー、できる奴だ。
「2人に気に入ってもらえてよかった。男の子はもっと派手な映画が好きなのかなーって思ったから、この映画を気に入ってくれるか心配だったんだぁ」
加藤さんは笑顔で言う。何をおっしゃるんですか加藤さん!加藤さんのおすすめしてくれる映画なら、どんな映画でも大歓迎ですよ!でも、『麦秋』は加藤さんがおすすめしてくれたからとかそーゆーの抜きで本当にいい映画でしたよ!
映画が終わるといつも僕たちは悟の部屋に移動する。シアタールームは本当に映画を観る以外の事は向いてない部屋だからだ。
僕たちは悟の部屋に移動した。悟の部屋はベッドと勉強机、本棚があるシンプルな作りだ。床にはローテーブルが置いてあり、周りにいくつかクッションがある。僕たちはローテーブルの周りに座り『麦秋』がいかに素晴らしい映画か、という話で盛り上がった。
「ホンマにめっちゃ良かったなぁ、あの映画」
悟がそうしみじみと言うと一瞬空白の時間が出来た。この空気は「じゃあそろそろ」の空気だ!まずい、会話を引き伸ばさなければ!と思った矢先、悟が言葉を発した。
「お2人さんまだ時間大丈夫?」
「大丈夫だよ」
そう言うと、加藤さんも同じく、
「わたしも大丈夫」
と言いニコリと微笑んだ。可愛い。
「そか、ならちょっと観てほしいもんがあるねん」
そう言うと、悟は勉強机の上にあるノートPCを開いてDVDを入れる。
それは、僕の知らない映画のDVDだった。
「もう一本映画観るの?」
そう言うと、悟は
「この映画の映像をちょっと観てほしいねん」
と言い、しばらく3人でその映画の冒頭シーンを眺めた。
ドーナッツショップで2人の女性、いや男性か、ゲイなのかな?が話をしている。会話の中でふと彼氏が浮気をしている事を明かされる。浮気をされた人はしばらく刑務所に入っていた様で、その間に浮気をされたらしい。しかも、その浮気相手が女だと言っておかんむりだ。
と、ここで悟は映画を止めた。
「この映画は『タンジェリン』ってゆーアメリカの映画なんやけど、実は全編iPhoneで撮影してるねん」
「えっ、iPhoneで!?」
驚いた僕は素直にそう言った。
「言われなかったらわからないね」
加藤さんも驚いた様子でそう言う。悟は僕と加藤さんの前に座る。なんだか神妙な顔つきだ。
「今の時代はiPhoneがあれば映画が作れるってことや」
「なるほど、確かにそうだ」
映画を作るには人もお金もかかる。だから、気楽に作れるものじゃない。でも、今はiPhone一台あれば作ろうと思えば作れるってことか。
「だからな、俺が言いたいのは〜、この3人で映画作らへん?」
映画を作る・・・
「いいねー!やろーよ!だって大月くんの将来の夢は映画監督でしょ?」
なぜかノリノリの加藤さん。
「いや、でも3人で映画作れるのかな?」
「作れるよ!ホンマは2人でも作れるんやけど、男2人の映画なんておもんないやろ?だから、女子で一緒に映画作ってくれそうな人おらんからなぁ〜、って思っててん」
確かに男2人の映画なんて誰が観たいんだ?って感じはするけどな。
「加藤さんは本当にいいの?僕たちと映画作るって事は確実にヒロイン役やらされるよ?」
「ヒロイン役なんて憧れるよ!それに、大月くんが将来有名監督になった時に自慢できるじゃん」
「いやいやいや、有名監督なんてそんな。それより、加藤さんが有名女優になった時に僕が自慢させてもらうよー」
「ほな、決まりな!我らキンザザ同盟で映画を作ろう!」
僕はこの時、生まれて初めて生きてる事を実感した。これから始まる映画作りという大きな目標と、ここにいる大好きな仲間たちに胸が熱くなり、
あぁ僕は生きてるんだ。世界は僕を見捨ててなかった。
そう思えた。
こうして、僕たちは映画を作ることになった。
(つづく)




