第4話「ビフォア・サンライズ」
困ったのはキンザザ同盟を結成した次の日の学校だった。学校で加藤さんとどんな風に接したらいいのかさっぱりわからなかったのだ。クラスが違う悟は意識しなければ加藤さんと会うことはあまりないとは思うのだけれど、僕は同じクラスだからお互いに登校さえしていれば確実に顔を合わすことになる。仲良くなったとはいえ、クラスの底辺にいる僕と、クラス1の美少女である加藤さんが普通に会話をする事が許されるのだろうか?僕みたいなもんと話しているところをクラスメイトに見られたら加藤さんに迷惑がかかるんじゃないか?そんな事を延々と考えてしまう。
まだ、加藤さんは来ていない。でも、もうすぐ教室に入ってくるはずだ。僕は頭を抱えた。
「大月くん、今日は一段と元気ないね」
話しかけてきたのはアニメオタクの木下だ。椅子に座り机に項垂れている僕の横に立ち僕の顔を覗き込んでいる。
「ちょっと考え事してたから」
木下の顔を見上げながら答えると、教室に加藤さんが入ってきた。仲の良いクラスメイトに「おはよー」と挨拶しながら、真っ直ぐこっちに向かってきた加藤さんと目が合う。
「おはよう。大月くん」
「お、おはよう。加藤さん」
挨拶を済ませると自分の席に座った加藤さんの周りには仲の良い女子たちが寄ってきて、何やら話している。
「お、大月くんって加藤さんと仲良いんだね」
木下が鳩が豆鉄砲を食ったような顔で僕を見ている。
「いや、仲良いって程でもないんだけど、ちょっとね」
「え、何その意味深な言い方!付き合ってるの?」
「んなわけないよ。僕はみたいなもんに彼女なんて出来るわけないじゃん」
「そ、そうだよね」
否定しろよ!そうだよね、って!まぁそうなんだけどさ。
しかし、朝に挨拶しただけでそれ以外加藤さんと会話する事はなく、いつも通りの一日が過ぎた。
放課後、悟と合流し一緒に帰る。もちろん帰宅部だ。クラブ活動は割と盛んな学校なのだけど、運動は苦手だし、文化系のクラブも映画に関するクラブは無かったため僕と悟は帰宅部を選んだ。自分たちの好きな時間を過ごしたかったからだ。
加藤さんもクラブには所属していないみたいだった。きっと習い事とか塾で忙しいんだろうな。
「なぁ、加藤さんとなんか話した?」
「いや、朝に挨拶したくらいかな」
「学校ではそうなるわなぁ」
「そうだね」
「まぁ、気ぃ落とすなや、みんなで『麦秋』観るという楽しい予定が待ってる」
確かに加藤さんか1番好きな映画『麦秋』を悟の家のシアタールームで観る会はめちゃくちゃ楽しみだ。でも、この予定もまだ具体的には何も決まっておらず本当に実現するのかどうかかなり怪しい。
悟と別れ帰宅してから自室のベッドに寝転んで、ボンヤリと天井を見る。
ウチの家は学校から歩いて10分ほどの場所にある。悟の家はそこからさらに10分ほど歩いたところにあっていつも途中まで一緒に帰っている。悟の家は豪邸だが、ウチは小さな一軒家だ。両親は2人とも働いているが、母親は夕方には帰ってくる。父も19時頃には帰って来ることが多い。父親が言うには「残業が嫌い」なんだそうだ。そして、僕には妹が1人いる。まだ小学2年生だ。仲は悪くはないがそれほど良くもないといったところか。今は遊びにでも行っているのか家にはいないようだ。母親もまだ帰ってきていない。家の中で1人でいる時間はあまり多くないから好きだ。
しばらく天井を眺めてから制服を脱いでTシャツと短パンの家着に着替えた。iPhoneでYouTubeのアプリを開き、加藤さんが好きと言っていたザ・スミスで検索する。カタカナで検索したのに沢山の動画が出てきた。出てきた動画を順番に開き曲を聴く。正直言うと僕にはこの音楽の良さがよくわからなかった。だけど、加藤さんの好きな音楽を聴いているんだ、と考えると嬉しかった。
すると、キンザザ同盟のLINEグループに加藤さんからメッセージが届いた。
“昨日話した麦秋を観る会なんだけど、来週の日曜はどう?”
どう?もなにもいけるに決まっている。自慢じゃないが僕には基本的に予定なんてないのだから!あるとしたら悟の家で映画を観るくらいだ。僕はすぐに返信した。
“来週の日曜なら何も予定ないし大丈夫”
ついでにスタンプも送る。
しばらくすると悟からもメッセージがきた。
“来週の日曜日OK!”
やった!これで、加藤さんを交えた映画鑑賞会の具体的な日程が決まったのだ!嬉しい!
“じゃあ決まりね!”
“昨日、『ビフォア・サンライズ』って映画観たんだけど、凄く良かったよ”
加藤さんから連続してメッセージが届いた。『ビフォア・サンライズ』という映画は知らなかったから、すぐにネットで調べてみた。ウィキペディアによると1995年のアメリカ映画、主演はイーサン・ホークとジュリー・デルピーかふむふむ。ジュリー・デルピーは『汚れた血』に出ていたキレイな人だ!内容はどうやら恋愛ものらしい。実は恋愛映画というのは自分に縁がないからかどうも苦手でほとんど観たことがなかった。でも、今は恋愛映画が凄く観たい気分だ。加藤さんが凄く良かったよ!と言っていた恋愛映画が!
次の日、近所のTSUTAYAで『ビフォア・サンライズ』を借りて観てみた。
ブダペストからパリへ向かう列車の中で出会った男女がウィーンで下車し、翌日の朝まで一緒に過ごすという物語。この映画、邦題は『恋人までの距離』という。映画の中では一晩で恋人までの距離を縮めてしまうが、現実はなかなか厳しいだろう。もしも、僕に好きな人がいて、その人と恋人になるには途方もなく長い距離があるだろう。
僕は距離の縮め方を知らない上に、映画に出てくるイーサン・ホークの様にイケメンでもない。口下手だし、正直言って女子から見ていいところなんて1つもないだろう。ああ、自分で考えてて嫌になるな。
この映画は2人の男女がひたすら会話をしているだけなんだけど、その会話がとても心地よく、とてもセンスがよく、観ていて気持ちのいい作品だった。恋愛映画は苦手だと思っていたけど、こんな面白い映画もあるんだ、と認識できた。これも加藤さんのおかげだ。
調べてみると、この映画には続編が2本あるらしい。これは早々に観なければ。しかし、今月はもうTSUTAYAで借りる資金がないから来月、もしくは旧作100円の日は狙うしかない。
(つづく)




