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第3話「500日のサマー」

「おもろかったなぁ、キンザザ」

僕が加藤さんとどんな話をしようかと頭を悩ませていると、こともなげに悟が話題を切り出した。まぁ、妥当な入り口だな。キンザザ観に行ったんだから、キンザザの話からするに決まってる。

「あの映画って何回も観てるのに、最後どうなったのかいつも忘れてるんだよね。だから、何回観ても新鮮な気持ちで観れるよ」

僕はキンザザという映画がとても好きなのだけれど、なぜか何度観てもラストが思い出せない不思議な映画だった。

「2人は何度もキンザザ観てるんだね。あたしは初めてだったから凄くビックリした。ほとんどクゥーだもん」

そう言うと口元を手をあててクスクスと笑う加藤さん。やっぱりかわいいなこの人。

「うちにDVDあるからまた観たくなったらいつでも観に来ていいで」

最初は緊張していた悟だが、加藤さんが映画好きだという事がわかると割とスムーズに会話できるようになってやがる。なんで、こんな美少女と普通に会話できるんだよ。

「あ、そーなんだ。悟の家にはシアタールームがあってプロジェクターで映画を観れるんだよ。僕たち毎週末は悟の家で映画鑑賞会してるんだ。よかったら加藤さんもおいでよ」

「へー、凄いね。ぜひお邪魔したいわ」

マジかよ!加藤さんがいつもの悟の家で毎週の様に行なっている上映会に来てくれたらまさに天国だ。

それから、僕たちは好きな映画の話をした。最近観た面白かった映画、まだ観てないけど面白そうな映画、そして、それぞれが1番好きな映画を発表する事になった。

「ほな、大月からな」

「え、僕から?そーだなぁ」

映画が好きだと言うとよく聞かれるのが1番好きな映画は?という質問だ。この質問は本当に困る。まず、1番を決めるのに困るのだけれど、それだけではなく相手があまり映画に詳しくない場合、本当に好きな映画のタイトルを言ったところでその映画の事を全く知らない可能性が高い。そんな時は、ここはメジャーな作品から好きなものを選んで答えようか?それとも本当に好きな映画を答えようか?と迷ってしまう。しかし、今日はその必要はない。手加減なしで本当に好きな映画のタイトルを言ってもいい2人なのだ。

1番好きな映画というこはその日の気分や体調によっても色々と変わるものだと僕は考えている。ぶっちぎりの1番というのは存在せず、流動的に僕の中の1番は変化し続けているのだ。あ、なんかこれかっこいい。

「じゃあ、タルコフスキーの『惑星ソラリス』かな」

今日はキンザザを観た直後ということもあってもしかしたら、それに引っ張られてロシアの名作SF映画が1番になったのかもしれない。

「不思議惑星キンザザといい、惑星ソラリスといい惑星好きやなー」

という悟のつっこみが入り、その場が和やかな笑顔に包まれる。正直言ってこれほど悟を頼もしいと思ったことはなかった。こいつこんなに出来るやつだったんだな。

「タルコフスキーの映画はとにかく映像や世界観が好きなんだけど、とにかく眠たくなる」

「わかる!途中で寝てまうから全然進まんねん!俺なんかソラリス最後まで観るのに1週間かかったで」

「僕もめっちゃ時間かかったや」

僕と悟が笑っていると加藤さんはそんな僕らをニコニコ眺めていた。

「わたし、ソラリスはハリウッドのリメイク版しか観たことないんだぁ。やっぱりオリジナル観なきゃダメよね」

加藤さんは大げさに肩を落とす仕草でそう言った。

「リメイク版も観たけど、あまり印象に残ってないんだよね。やっぱりタルコフスキーのオリジナルが断然にいいよ」

「そもそも、タルコフスキーの映画ってあまりレンタルにないでしょ。だから、まだ観たことないの。やっぱりソラリスから観るのがいい?」

「うん、ソラリスから観て、次はストーカーがいいと思うな。この2本は個人的に凄く好きなんだ。原作の小説も面白いよ」

「そっかー、いつか観てみるね。大月くんって小説も読むんだね」

実は小説はそれほど詳しくはないのだけれど、映画原作の小説は時々読んだりする。

「まぁ、そんなに詳しくはないんだけどね。加藤さんは小説よく読むの?」

「うん、小説好きよ」

後でわかったことなんだけど、加藤さんはめちゃくちゃ本を読む文学少女だった。この場でそんなに詳しくないと正直に言ってて本当に良かったと思う。

「次は小林くんね」

「俺やな。やっぱり俺のナンバーワンは『タクシードライバー』やな」

ここから、悟のタクシードライバーがいかに素晴らしい映画か、という話が長々と続いた。加藤さんは頷いたり「凄いね」などと相づちを打ったりして、まじめに悟の話を聞いていたが、僕はさっさと悟の話を終えてもらって、加藤さんのベストを聞きたかった。

「悟、そろそろ」

ほって置いたらいつまでも終わりそうになかったので、止めに入った。

「あ、そやな。ほな、次はいよいよ加藤さんのナンバーワンを発表きてもらおか」

「うんうん、そうしよう」

加藤さんが1番好きな映画なんだろう?気になる!気になりまくる!!

「わたしは『麦秋』かな」

「麦秋、小津安二郎の?」

「そうそう、さすがだね。すぐに小津安二郎が出てくるところが」

フランスやイタリアなどヨーロッパの映画が出てくるんじゃないかと予想していたが、まさかの日本映画だった。しかし、小津安二郎とえばヨーロッパで評価されてる監督だから、あながち間違ってはいかないのかも。

「なんとなく、あの映画に漂っている幸福な空気が好きなんだ」

「実は、僕はまだ麦秋を観たことないんだ。小津は『東京物語』しか観てない。近々必ず観るね」

「せやな、俺も絶対に観るわ!てゆーか、それこそウチで観ようや。3人で」

「いいね。あたしDVD持ってるから持って行くよ」

なんと!これで、加藤さんの映画鑑賞会参加が現実味を帯びてきたぞ!

「それにしても、こんな映画好きの女子が大月のクラスにいるなんて、羨ましいわ」

悟は僕と加藤さんを交互に見ながら言う。

「僕も凄く驚いてる。加藤さんとは正直住む世界が違うと思ってたから」

なんといっても加藤さんは可愛くて明るくて友達も沢山いて、これまでは僕なんかと会話する機会なんて無かったのだから。

「わたし、映画の話しが出来る友達がいないから初めてよこんなに映画の話しを誰かとするの。だからとっても嬉しい」

加藤さんは本当に嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せた。

いやいや、こちらこそ嬉しいよ!

「そういえば、大月くんって映画監督になりたいんだよね?」

加藤さんはなにかを思い出したようにそう言った。

「えぇー、なんでそんなこと知ってるの?」

焦った僕がたどたどしくそう言うと加藤さんはニヤニヤした笑顔(このニヤニヤ顔がまたかわいいから困る)を僕の方に向け

「だって入学式の自己紹介で言ってたよ」

「あー、あれはなんというか何も思い付かなかったからテキトーに言っちゃったんだー」

「そうなんだ、残念」

「なんや大月、お前映画監督になりたいってガキの頃から言ってたやんか」

幼馴染の悟が横にいるんだから、そう突っ込まれることはわかっていたのになぁ。

「あー、はい。認めます。映画監督になりたいです」

映画監督になりたいとか本当に馬鹿げてると思ってしまう自分がいる。そんな夢叶うわけないと。自分にはそんな才能なんてないと。だから、堂々と映画監督になるのが夢です。と言えないのだ。

「素敵な夢だと思うけどなぁ。わたしはとくに夢とかないから羨ましいよ」

「加藤さんは自己紹介で音楽を聴くのが趣味って言ってたけど、どんな音楽聴くの?」

「結構古い音楽が好きなんだけど、ザ・スミスって知ってる?」

ザ・スミス、どこかで聞いたとこあるような。

「名前は知ってるけど、ちゃんと聞いたことないわ」

悟も首をひねっている。

「僕もどっかで名前聞いた事あるんだけど、どこだったかな?」

「『(500日)のサマー』じゃない?」

「あー!そうだ!2人が出会うきっかになったバンドだよね?」

そうだ、500日のサマー!主人公のイヤホンから漏れてる音楽を聴いたヒロインが話しかけることで2人は出会う。

「わたしもサマーで知って聴くようになったの。ベル&セバスチャンもサマーがきっかけで聴くようになったの」

映画と音楽というのは深く関わっている。映画に使われている音楽や、物語の中に登場する音楽。知らなくてもストーリーは理解できるんだろうけど、知っているとより楽しめる。だから、映画に出てくる音楽なんかは知っておきたいというのは前から思っていた。

「加藤さんは本当に映画好きなんだね」

僕は嬉しくて心の底からそう思った。

「それはお互い様でしょ?ね、この3人でLINEグループ作らない?」

加藤さんは自身のiPhoneを取り出して、LINEのQRコードを画面に表示させた。僕と悟も自分のiPhoneを取り出し、そのQRコードを読み込む。

「グループ作るね。グループ名はどうしよう?」

加藤さんはiPhoneを操作しながらそう言った。

「せやな、キンザザが縁で出来たグループやからキンザザ同盟でええんちゃう?」

「いいねそれ」

というかそれ以外には考えられないと思った。

「じゃあ決まり。キンザザ同盟ね」

すると、グループに招待されここにキンザザ同盟のLINEグループが誕生した。

中学1年生の5月。僕は生まれて初めて女の子の友達ができた。そして、その女の子は憧れの加藤さんだ。自分の人生にこんな幸福が訪れるなんて信じられなかった。


(つづく)

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