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第14話 王命を受けた近衛騎士・シルヴィアの視察団が迫る

 カーン、カーンという小気味よいハンマーの音が、デッドランドの澄んだ青空に響き渡っていた。


「いいぞバル! その調子だ! マチルダの嬢ちゃんが作ったこのヒノキもどきの木材は、香りは最高で、ナノレベルで分子構造が最適化されてるから狂いや反りが一切ねえ究極の建材だ。だがその分、異常に密度が高くて切断や加工には骨が折れる。継ぎ目の角度は慎重にな!」

「おうよ兄貴! アルド親方の引いた完璧な図面と、この至高の建材だ。俺たちドワーフの誇りにかけて、ミリ単位の隙間もなくピタリと合わせてみせるぜ!」


 温泉街の拡張工事は、ドワーフの職人兄弟・ガズとバルの加入により、凄まじいスピードで進行していた。

 アルドが魔力操作で切り出した石材と、マチルダが古代樹のデータから合成した建材を使い、露天風呂の周囲には立派な湯上がり用のウッドデッキが広がり、その奥には宿泊客をもてなすための瀟洒なコテージの骨組みが次々と組み上がっていく。


「ふふっ、レオ、そっちは危ないですよ」


 建築現場の少し離れた安全な場所では、エルフの女性・リーリャが微笑みながら声をかけていた。

 彼女の視線の先には、黄金色の子犬・レオの姿がある。

 レオは、バルがノコギリで切り落とした木材の切れ端を小さなおもちゃに見立てたのか、小さな口で一生懸命にくわえ、短い足でトテトテと懸命に走っていた。


「わふっ!」


 レオは図面を確認していたアルドの足元までやってくると、くわえていた木端をポトリと落とし、お尻ごと振って全身で喜びを表現しながら見上げた。

 まるで「お仕事を手伝ったよ! ほめて!」と言わんばかりの誇らしげな表情だ。


「おっ、現場の片付けを手伝ってくれたのか。偉いな、レオ」


 アルドがしゃがみ込み、大きな手でその柔らかな背中を撫でてやると、レオは「きゅ〜ん」と甘えた声を出しながら、コロンと仰向けに転がった。

 そして、無防備なピンク色の柔らかいお腹を全開にして晒し、「もっと撫でて」と短い前足をパタパタと動かしてアピールしてくる。


「こいつ、自分が可愛いってことを完全に理解してやがるな」


 アルドは苦笑しながらも、その圧倒的な愛くるしさに抗えるはずもなく、レオのふかふかのお腹を優しくわしゃわしゃと撫で回した。レオは気持ちよさそうに目を細め、アルドの分厚い指をペロペロと舐めている。


 伝説の神獣クラスの力を持つと警戒されていたはずだが、今この開拓地において、レオは完全に「最強の癒やし担当」としての地位を確立していた。


『うふふ、レオちゃんは本当にいい子ね! お仕事の後は、お母さん特製のおやつミルクをあげましょうね!』


 マチルダのホログラムもすっかり目を細め、オカン全開で子犬を甘やかしている。


 ララは日陰のテーブルで冷たいハニーレモネードを飲みながら、ドワーフたちが組み立てるコテージの図面を清書している。

 平和で活気に満ちた、充実した開拓地の昼下がり。

 このまま順調に作業を進めれば、数日後には立派な宿泊施設が完成するはずだった。


 しかし、その穏やかな空気は、マチルダの突然の警告によって破られた。


『マスター、防衛レーダーの広域スキャンに多数の生体反応を感知。武装したヒューマノイドの集団です。数は20。騎馬に乗って、この開拓地へ向かって真っ直ぐ進軍してきています』


 マチルダの無機質なシステム音声が響き、作業をしていたドワーフたちのハンマーの手が止まった。


「武装した集団だと? 魔獣狩りの傭兵か?」

『いえ、彼らが身につけている金属の成分と、魔力の波長パターンから推測するに……王都の正規軍、それも上位の「近衛騎士団」の精鋭部隊のようです。到着まで、あとおよそ10分』


「王都の近衛騎士団……!?」


 ララが手に持っていた羽ペンを取り落とし、ガタッと立ち上がった。


 アルドは図面を広げていた手を止め、鋭い視線を荒野の彼方へと向けた。


「俺が追放されてから半月以上が経つ。下水が逆流して大パニックになっているはずの王都から、わざわざこんな辺境の死の大地まで、精鋭部隊が何用だ?」


『マスター、いかがいたしますか? 敵対行動をとるようであれば、対消滅砲の出力を0.01パーセントに絞って、彼らの足元の地面ごと蒸発させますが』

「やめろ、穏やかじゃないな。とりあえず、俺が直接話を聞いてみる。結界の強度はそのまま維持しておいてくれ」


 アルドは作業用エプロンを外し、ゆっくりとした足取りで、陽炎のように揺らぐ結界の境界線へと向かった。


★★★★★★★★★★★


 土埃の舞うデッドランドの荒野を、20騎の重武装した騎士たちが進んでいた。

 先頭を進むのは、銀の装飾が施された美しい甲冑を身に纏い、腰に長剣を差した凛々しい女性騎士だ。プラチナブロンドの長い髪を後ろで束ねた彼女の名は、シルヴィア・ローゼンベルク。王都の治安と防衛を担う、近衛騎士団の副団長である。


「副団長、そろそろ馬の体力が限界です。我々の水筒も、残りわずかしかありません」


 副官の騎士が、ひび割れた唇からかすれた声を絞り出した。


「わかっている。だが、立ち止まるわけにはいかない。王都の危機を救うためにも、一刻も早くあの男を捕らえねばならないのだ」


 シルヴィアは厳しい表情を崩さず、手綱を握る手に力を込めた。


 彼女の脳裏には、数日前に王城で開かれた緊急会議での、ジルク大臣のヒステリックな叫び声が焼き付いていた。


『おのれアルドめ! あの卑劣な配管工崩れが、辺境の地で忌まわしい呪いの魔導具を作り、王都のインフラを遠隔から破壊したに違いない! 水道は泥水に変わり、王城は下水まみれだ! 全ては国を逆恨みした奴の国家反逆の企てである! 直ちに精鋭を率いて辺境へ赴き、奴の怪しい企てを暴き、捕縛して連行しろ!』


 王都の現状は、まさに地獄だった。

 清らかな水は一滴も出ず、市民は数少ない古井戸に群がり、貴族たちは高価なミネラルウォーターを巡って醜い争いを繰り広げている。暴動が起きるのも時間の問題だった。さらに、悪臭を放つ泥水が街中に溢れたことで、衛生状態は急速に悪化し、未知の疫病の影すら忍び寄っているという噂まである。


 生真面目で正義感の強いシルヴィアは、ジルク大臣の言葉を鵜呑みにしているわけではなかった。

 王都時代、誰にも見向きされない地下深くで、黙々と泥にまみれて働き続けていたアルドの姿を、彼女は何度か見かけたことがある。あの無骨で不器用な職人が、国を滅ぼすような悪辣な呪術を使うとは到底思えなかったのだ。

 おそらく、インフラの崩壊は後任の魔導師たちの不手際であり、大臣は自らの責任をアルドになすりつけようとしているのだろう。


(だが、私に王命を拒否する権限はない。もしアルド殿が本当に反逆を企てていないのであれば、私がこの目で無実を確かめ、正当な裁きを受けさせるしかない)


 シルヴィアは唇を噛み締め、荒涼とした大地を睨みつけた。

 死の大地と呼ばれるデッドランド。強力な魔獣が徘徊するこの過酷な環境で、アルドはたった一人でどうやって生き延びているのだろうか。飢えと渇きに苦しみ、絶望の淵に立たされているのではないか。


「副団長! 前方に、妙な空間の歪みがあります! そして、その奥に……!」


 偵察に出ていた騎士が、信じられないものを見たというように声を震わせた。


「どうした、魔獣の群れか!?」


 シルヴィアが馬を駆けさせ、丘を越えた先。

 彼女の眼前に広がっていたのは、死の大地にあるはずのない、目を疑うような光景だった。


「な、なんだあれは……!?」


 シルヴィアは思わず手綱を引き、馬を急停止させた。


 陽炎のように揺らぐ見えない壁。

 その内側には、荒涼たるデッドランドとは完全に切り離された、別次元の空間が存在していた。

 青々とした葉を広げる広大な野菜畑。見たこともないほど滑らかな木材と石で組み上げられた、巨大で美しい建築物。そして、風に乗って微かに漂ってくる、硫黄の混じった温かい湯気と、肉を焼くような香ばしい匂い。


 飢えと渇きに苦しんでいるはずのアルドの姿を探すと、彼は結界の境界線に立ち、腕を組んで涼しい顔でこちらを見つめていた。

 泥にまみれ、疲労困憊のシルヴィアたちとは対照的に、アルドは清潔で上質な麻のシャツを着て、肌つやも異様に良い。その後ろには、絶世の美しさを持つエルフの女性と、見覚えのあるララの姿、そしてなぜか筋骨隆々なドワーフたちまでが顔を覗かせている。


「アルド……アークライト殿……?」


 シルヴィアは馬から降り、警戒しながら結界の数メートル手前まで歩み寄った。


「久しぶりだな、シルヴィア副団長。こんな辺境まで、砂埃にまみれてご苦労なことだ」


 アルドは低い声で静かに応えた。


 シルヴィアはハッと我に返り、騎士としての職務を果たすべく、腰の長剣をチャキッと引き抜いてアルドに切っ先を向けた。


「アルド・アークライト! 貴殿に国家反逆、および王都インフラ破壊の容疑がかけられている! 王命により、貴殿の拠点に対する強制視察、および状況次第では捕縛を行う! 大人しく結界を解き、武器を捨てて投降せよ!」


 張り詰めた緊張感が、荒野に走る。

 後方の騎士たちも一斉に武器を構え、アルドを取り囲むように展開しようとした。


 その、一触即発の緊迫した空気の中。


「わふっ! きゅ〜ん!」


 アルドの足元から、黄金色の小さな毛玉がポテポテと飛び出してきた。

 レオだ。

 レオは結界のギリギリまでよちよちと歩み寄ると、剣を構えて殺気を放つシルヴィアに対して全く怯える様子もなく、ポンポンと弾むように短い足で跳ね回りながら全身で愛嬌を振りまき、結界越しに彼女の金属のブーツをペロペロと舐めようとした。


「へ……?」


 突然の愛くるしい乱入者に、シルヴィアは完全に虚を突かれた。


「あ、こら、レオ。お仕事中の騎士様の邪魔をするんじゃない」


 アルドは苦笑しながらレオをヒョイと抱き上げると、レオはアルドの腕の中で「あそぼ!」と言わんばかりにジタバタとじゃれつき始めた。


 しかし、レオを抱きかかえるアルドの眼光は、鋭く冷ややかにシルヴィアと背後の騎士たちを観察していた。相手は国家反逆の罪をでっち上げてきた20名の精鋭部隊だ。いくらシルヴィア個人が真面目な騎士だと知っていても、後ろの連中がジルク大臣の狂信的な命令で突発的に斬りかかってくる可能性はゼロではない。背後にはリーリャやララ、そしてドワーフたちという、アルドが守るべき大切な「家族」がいるのだ。何の条件もなしに結界内に招き入れるほど、アルドはお人好しではなかった。


「あ、あの……これは、一体どういう状況……?」


 シルヴィアは構えていた剣の切っ先をフラフラと下げ、困惑しきった声を出した。


「まあ、堅苦しい話は後だ。見ればあんたたち、水も尽きかけてボロボロじゃないか。長旅で疲れただろう」


 アルドはそう言うと、静かで凄みのある声色に切り替えて続けた。


「だが、武器を構えた物騒な集団をそのまま家に入れるほど俺も馬鹿じゃない。視察をしたいなら、まずはその剣を収め、背後の連中にも武器を馬に置いてこさせろ。妙な真似をすれば、後ろに控えているあの鉄の塊が、0.1秒であんたたちを消し炭にするからな」


 アルドの言葉を裏付けるように、マチルダの機体から「ヴィィィン……」という威圧的なエネルギーの駆動音が響き、二門の対消滅砲が騎士団にピタリと狙いを定めた。


 シルヴィアは背筋に冷たい汗を流した。アルドの瞳に宿る静かな覚悟と、背後の兵器から放たれる圧倒的なプレッシャー。それは決してハッタリではなく、自分たちを一瞬で塵にできる確かな力だと本能が告げていた。


「……わかった。全機、武器を馬に置き、待機せよ。これは命令だ」


 シルヴィアが静かに剣を鞘に収め、部下たちに武装解除を命じたのを確認し、アルドはふっと表情を緩めた。


「賢明な判断だ。歓迎するよ」


 アルドは結界を一部解除して彼らを招き入れた。


「とりあえず、冷たいハニーレモネードでも飲んでいくか? ひと汗かいた後なら、源泉かけ流しの露天風呂も空いてるぞ」

「は、はにーれもねーど……? ろてんぶろ……?」


 王都の危機を救うため、悲壮な覚悟で死の大地を乗り越えてきた近衛騎士団の精鋭たちは。

 あまりにも場違いな極上のリゾート空間と、アルドの余裕すぎるおもてなしの提案を前に、完全に毒気を抜かれ、ただ呆然と立ち尽くすことしかできないのだった。

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