第13話 温泉街の拡張。ドワーフの職人たちがやってきた
ララが「アークライト温泉リゾート計画」をぶち上げ、独自の裏ルートを使って行商人ネットワークに情報を流し始めてから5日が経過した。
「先輩! 防衛レーダーに引っかかりましたよ! 結界の外に、お待ちかねのお客様です!」
朝食後、広げられた設計図に向かっていたアルドの耳に、見張り台代わりのウッドデッキからララの元気な声が飛び込んできた。
アルドが図面から顔を上げると、傍らにいたマチルダのホログラムもピコンと通知音を鳴らした。
『ヒューマノイドの生体反応を2つ確認。成人男性のようだけど、身長が極端に低くて骨格密度が異常に高いわ。これは……』
「ドワーフか」
アルドは首の後ろを軽く揉みほぐしながら立ち上がった。
ドワーフ。手先の器用さと金属・石材加工において右に出る者はいないと言われる、職人の代名詞とも言える種族だ。
彼らがなぜ、こんな辺境のデッドランドまで足を運んできたのだろうか。
アルドが結界の境界線へと向かうと、そこには自分たちの背丈ほどもある巨大な工具箱を背負った、二人の屈強なドワーフの男たちが立っていた。
立派な赤髭を蓄えた兄らしきドワーフと、まだ髭の短い筋骨隆々な弟のドワーフだ。
「おい、アンタがここの主か? ララって小娘の元上司の」
赤髭の兄ドワーフが、アルドの巨体を見上げて野太い声で尋ねた。
「ああ、俺がアルドだ。あんたたちは?」
「俺は兄のガズ、こっちは弟のバルだ。俺たち兄弟は、王都の『見た目ばかりで中身がスカスカな魔導具』を作る風潮に反吐が出ちまってな。本物の技術を振るえる場所を探して各地を放浪していたんだ」
ガズの言葉に、アルドは思わず深く頷いた。彼らが王都に愛想を尽かした理由は、アルドが追放された理由と根本的に同じだったからだ。
「ララの嬢ちゃんからの手紙には、『金持ちの大商人を迎える世界最高のリゾートを作るため、王都のインフラを一人で支えていた最強の技術者が、腕の立つ本物の職人を求めている』と書いてあった。俺たち兄弟の腕なら、配管工事でも建物の建築でも役に立つはずだ。どうか俺たちの腕を試して……」
なるほど、とアルドは納得した。
ララが先日提案した「大商人から大金を巻き上げるプラン」を実行するためには、まず彼らを満足させるだけの『立派な宿泊施設』を整える必要がある。そこで彼女は、闇雲に噂を流すだけでなく、王都時代の人脈を駆使して、不遇をかこっていた凄腕のドワーフ職人にピンポイントで招待状を送っていたのだ。実に理にかなった、したたかで優秀な営業戦略である。
ガズが熱意を込めてアルドに売り込みをかけようとした、その時だった。
「兄貴……! あ、あれを見ろ! なんだあの黒い鉄の塊は!」
弟のバルが、結界の奥――ログハウスの横に鎮座している漆黒の多脚戦車を指差して、ひっくり返ったような悲鳴を上げた。
ガズも釣られて視線を向け、その瞬間、彼らの目が信じられないほど見開かれた。
「な、なんだあの継ぎ目のない曲面装甲は!? リベットも溶接痕も一切ねえぞ!」
「材質が分からん! 鋼鉄より重厚な光沢なのに、まるで生き物みたいに滑らかだ! 兄貴、あれは俺たちが知ってるどんな金属加工技術でも作れねえ代物だぞ!」
ドワーフ兄弟はアルドの存在など完全に忘れ去り、結界のギリギリまで顔を近づけて、穴が空くほどマチルダのボディを凝視し始めた。
『ちょっと! 何よあのおチビちゃんたち、いやらしい目でジロジロとお母さんのボディを見て! セクハラよ!』
マチルダのホログラムがアルドの横に現れ、腕を組んでぷんすかと怒る。
「おい、あんたたち。とりあえず結界を開けるから中に入れ」
アルドが結界を一部解除した瞬間、二人のドワーフは弾かれたようにマチルダの本体へと猛ダッシュした。
そして、漆黒の装甲にペタペタと素手で触れ、カンカンと小さなハンマーで叩き、ついには冷たい装甲に熱烈な頬ずりまでし始めた。
「おおおおっ! 叩いても音が全く響かねえ! 衝撃のエネルギーを完全に吸収する夢の合金だ!」
「なんて美しいフォルムだ……! これを作った奴は神か!? なあ兄貴、俺はこの鉄の塊と一緒に添い遂げたい!」
『ひぃっ!? 頬ずりしないで! 気持ち悪い! ナノバインダーで全身を除菌するわよ!』
狂喜乱舞して発狂するドワーフ職人たちと、ドン引きしてクリーニングアームを振り回すオカンAI。
そのカオスな光景を見て、ウッドデッキから降りてきたララが「あはは、腕のいいドワーフの職人なら、先輩とマチルダママの技術を見て絶対ああなると思いました!」と手を叩いて笑っていた。
ひとしきりマチルダの装甲を愛でて満足したガズとバルは、アルドの前に猛烈な勢いで土下座した。
「アルドの旦那! いや、アルド親方! どうか俺たちをここで働かせてくだせえ!」
「給料はいらねえ! 飯と寝床、それにあの鉄の女神のそばで技術を学ばせてくれるだけでいい!」
彼らの目には、職人としての純粋な探求心と情熱が燃えたぎっていた。
アルドは腕を組み、頼もしい新戦力に深く頷いた。
「分かった。ちょうどこれから、温泉街の拡張や宿泊施設の建築を始めようと思っていたところだ。マチルダの建築スピードは速いが、人間の手による細かな内装や配管の微調整には、どうしても腕の良い職人が必要だった。あんたたちなら大歓迎だ」
「「ありがてえ!!」」
「よし、契約成立だ。さっそく今日の昼飯は、あんたたちの歓迎会を兼ねて、新しく開拓するリゾートの『まかない飯』を振る舞うとしよう」
アルドがそう宣言すると、ララとリーリャ、そして足元にいた子犬のレオが一斉に歓声を上げた。
★★★★★★★★★★★ *
アルドが今回の歓迎会に選んだメニューは、「ムーナムトック」だった。
南方の国で愛される、スパイシーでハーブが強烈に香る「豚肉の滝」と呼ばれる刺激的な肉料理である。
長旅で疲労したドワーフたちに活力を与えるには、スパイスと酸味の効いたガツンとくる肉料理が一番だと判断したのだ。
システムキッチンに立ち、アルドはまずフライパンに生米をひとつかみ入れ、油を引かずに弱火でじっくりと乾煎りしていく。
「アルドさん、お米をそのまま焼くんですか?」
リーリャが不思議そうに首を傾げると、アルドは木べらで米をかき混ぜながら答える。
「ああ。これは『カオクア』といってな。キツネ色になるまで煎った米をすり鉢で粗く潰すんだ。これが、ムーナムトックの香ばしさと食感の要になる」
米から焦がし麦のような香ばしい匂いが漂ってきたところで火から下ろし、アルドはクロックを使って、ガリガリとリズミカルに米を粗く砕いていく。
次に、メインとなる豚肉の準備だ。
マチルダが合成した上質な豚の肩ロースの塊肉に、少量の魚醤と砂糖をすり込んで下味をつける。そして、マチルダ特製の無煙グリルで、表面がカリッと焦げるまで直火で一気に炙り焼きにする。
――ジュバァァァッ!
豚肉の脂が滴り落ち、炎が立ち上るたびに、野性味あふれる猛烈な肉の香ばしさがキッチンを満たした。
「たまんねえ匂いだ……胃袋が暴れ出しそうだぜ」
リビングで待機しているガズとバルが、落ち着かない様子で身を乗り出している。
豚肉の中まで絶妙なミディアムレアの火が通ったところでグリルから取り出し、アルドは肉の繊維を断ち切るように、やや薄めにスライスしていく。断面からは、ピンク色のジューシーな肉汁が滝のように溢れ出した。
大きなボウルに、スライスした豚肉と、肉から出た旨味たっぷりの肉汁を余さず入れる。
そこに、王都を出る時に買っておいたハーブや香味野菜の種から、リーリャがエルフの魔法を使って先ほど一気に育て上げたばかりの紫玉ねぎの薄切り、たっぷりのミント、パクチー、細ネギを加える。
「ここからが味の決め手だ」
アルドはボウルの中に、強烈な旨味と塩気を持つ魚醤、フレッシュなライムの搾り汁、そして刺激的な辛味を持つ粗挽きの粉唐辛子を振り入れた。
最後に、先ほど作った香ばしい煎り米をたっぷりと加え、全体をザックリと手早く和える。
ライムの爽やかな酸味、魚醤の独特な旨味、フレッシュなハーブの清涼感、そして焙煎された米と焼けた豚肉の香りが一体となり、なんとも言えない複雑で官能的な香りが立ち昇る。
「よし、料理は完成だ。マチルダ、飲み物の準備はできているか?」
『ええ、完璧よ! このスパイシーなお料理にぴったりのお飲み物を用意したわ!』
マチルダのアームがテーブルに並べたのは、たっぷりのクラッシュアイスが詰められた大きなグラスだった。そこに注がれているのは、淡い琥珀色をした冷茶である。
「これは『レモングラスとジャスミンの氷温ハーブティー』だ。ムーナムトックの強烈なスパイスの余韻を、お茶の清涼感が優しく包み込み、次の一口への食欲をさらに掻き立ててくれる」
テーブルに大皿に盛られたムーナムトックと冷茶が並び、ララ、リーリャ、そして二人のドワーフが席についた。
「さあ、遠慮せずに食ってくれ。アークライト開拓地へようこそ」
★★★★★★★★★★★
「「「いただきます!!」」」
ガズとバルは、待ちきれない様子でフォークを突き立て、ハーブと紫玉ねぎがたっぷりと絡んだ豚肉を大口を開けて頬張った。
「ッ……!! 辛っ! 酸っぱ! ……いや、うめえええええッ!!」
ガズが目をひん剥いて叫んだ。
直火で香ばしく焼かれた豚肉の圧倒的な旨味と脂の甘さが口に広がった直後、ライムの鮮烈な酸味と唐辛子の刺激的な辛味が追いかけてくる。そして噛み締めるたびに、粗く砕かれた煎り米のカリッとした食感と香ばしさが、肉の旨味を何倍にも引き立てるのだ。
「なんだこのハーブの組み合わせは! パクチーとミントが、脂っこい豚肉を信じられないくらいサッパリと食わせてくれる! 止まらねえぞ!」
弟のバルも、額に汗をにじませながら無我夢中で肉を頬張っている。
ララとリーリャも、少し辛そうにしながらも「美味しいです!」「お肉なのにサラダみたいにいくらでも食べられます!」と大絶賛だ。
「そこで、そのハーブティーを飲んでみろ」
アルドの言葉に従い、ドワーフたちがクラッシュアイスの入った冷茶をゴクリと喉に流し込む。
「ぷはぁーっ!! なんだこれ、すっげえスッキリする!」
「辛味と脂で火照った口の中に、レモングラスの爽やかな香りとジャスミンの上品な風味がスッと染み渡りやがる! 氷の冷たさがスパイスの刺激を心地よく和らげてくれて、いくらでも肉が腹に入りそうだぜ!」
スパイシーで刺激的なムーナムトックと、氷温まで冷やされた爽快なハーブティー。
この完璧に計算されたスパイスと清涼感の相乗効果に、腕利きのドワーフ職人たちはすっかりアルドの料理の虜になってしまった。
「ぷはぁ……食った食った。アルド親方、あんたの料理は最高だ。あの超絶技術のインフラといい、この飯といい、あんたこそが本物の天才だ」
ガズが大きく膨らんだ腹をさすりながら、心からの敬意を込めて言った。
「ああ。俺たち兄弟の持てる技術を全部注ぎ込んで、この開拓地を世界一の温泉リゾートに仕上げてみせるぜ!」
バルも拳を胸に当てて力強く宣言する。
「期待しているぞ。まずは、湯船の周りのウッドデッキの拡張と、新しい客室用のコテージの建築からだ。俺とマチルダで基礎と配管を作るから、内装と木工はお前たちに任せる」
「おう! 任せとけ!」
食後の余韻の中で、ララがドヤ顔でアルドにウインクをした。
「どうですか先輩! 私の先見の明は! 立派な客室が完成したら、次はいよいよお金持ちのセレブたちをどんどん呼び込みますよ!」
「ああ、お前の手腕には恐れ入ったよ。だが、これ以上騒がしくなる前に、俺は今のうちに露天風呂を満喫しておくとするかな」
アルドが苦笑交じりにそう言うと、リビングは温かな笑い声に包まれた。
優秀な営業マンのララに続き、凄腕のドワーフ職人兄弟という心強い労働力まで手に入れたアークライト開拓地。
アルドの思い描いていた静かなスローライフはもはや過去のものとなったが、仲間たちと共に創り上げる「世界一の温泉リゾート」への道は、今まさに確かな活気とともに本格的なスタートを切ったのだった。




