PART.17 (こんな距離で良いはずなのに)
自分の感情に気付いて二日経った。
相変わらずこの感情は消えていない。ただ三字、たった三文字の『好きだ』というその単語が無責任にも、俺の頭から離れない。
俺は自分の感情についてよく理解しているつもりだ。分かっている。俺は友里さんと釣り合うわけがないということはとっくの昔から理解している。しかも、俺が彼女のことをそういう、恋愛対象として見てしまっているのは大分問題だろう。これについてはある程度分かってる。
一般人と有名な女優が結婚するという報道は多くのメディアで取り上げられる。友里さんは今最も勢いがあるとも言われているし、そんな彼女のことを敵視する人も多いだろうし、ガチ恋勢と言われる人とも対立せざるを得なくなってしまうだろう。それは俺個人としても、ファンである彼らとしても避けたいはずだ。
しかし、一度知ってしまったこの感情を隠し通そうとするのは難しい。けれど、隠さないと。俺から彼女に何かを言うのは多分ダメだ。俺自身、まだ決意が出来ていないし彼女に、友里さんに生半可な気持ちで好意を伝えるのは間違っている。
そんなことに気付いてすぐだろうか。あの時、一緒に演奏してしまった時、この感情が、溢れ出しそうなこんな感情が俺を締め付けている。
恋愛感情を抱いたことなんてなかった。けれど、今はっきりとわかる。
『恋』って、こんなに辛いんだ。
決して結ばれることのない、または、何かの間違いでしか結ばれることがないであろうこんな初恋は、恐らくアイドルのファンとかが感じるモノなのだろう。
いや、これもただ、日常に恋愛感情というアクセントが付いただけだ。
いつもそうやって何か変化があってもスルーして生きてきたんだ。きっと今回も、いつもみたいに流せる。
「健也君、どうしたの?さっきから手帳ばっかり見て。手が止まってるよ?」
「!?あ、な、何でもないですよ。」
「ふふん、まあ、男子高校生だったんだもんね。そりゃあエッチなことも考えるでしょうし。」
「…。」
俺は彼女を見ることが出来なかった。さっきから動悸が酷い。あまりにも激しくて、苦しい。近くにいるだけで、彼女が近くにいるだけで胸が痛い。
「…どうしたの?体調良くないの?」
「あ、いや…。体調は万全です。」
「そう?ならいいけど。」
友里さんはそう言って俺から離れていった。
「その、…。」
「ん?どうしたの?健也君から私を呼ぶなんて珍しいね。」
「まあ、これはただの冗談ですけどね。僕が、誰かを好きになったとか言ったら、どう思いますか?」
「…!?」
友里さんの動きが止まった。張り付いた笑顔、刹那、胸を押さえ、苦し気に俯いた。
「だ、大丈夫ですか!?流石に冗談にしては酷過ぎましたか?」
「い、や…。私は、ちょっと嬉しいんだ。」
「…何…で。」
「私以外に、大切にしたい人が出来るって考えられたら、健也君の成長を感じるっていうか、健也君もちゃんとした男の子なんだなって、そう思えたんだ。」
「じゃあ、何でそんな苦しそうなんですか…。」
友里さんはすごく苦しそうだ。でも、こっちを見て、しっかりと話しを聞いてくれている。
「…それは秘密。」
「…意地悪。」
「あ、敬語抜けてる!」
「…しまった。申し訳ありません。いつも通りに戻します。」
「いや、二人の時はさ、こうやって敬語はなくしてほしいな?実は、ちょっと距離を感じてたんだ。」
友里さんは少し苦しそうな顔になって、でも笑顔を浮かべようと頑張っているようにも見える。
何故だろう。俺は友里さんと一緒に居て、少しずつ自分が自分じゃなくなってる感じがする。
以前の自分は恋愛感情を持つことはなく、ただただ一人で本を読んだり、アルバイトを頑張ったり、料理を作ったりしていただけだった。向ける感情も、ほとんどはたった一人の血のつながった母親にだけで、他の人のことはあまり気にもなっていなかった。
でも今はどうだ。
今の俺はただ目の前の愛しい人に、ただ自分が作った料理を食べて欲しい、そんなことだけを考えている。好きだ、そんな感情が後押ししているのか足を引っ張っているのか、この距離感が酷く愛おしくて、もどかしい。
長い沈黙が続く。
恐らく、俺が二人の時はタメ口聞くようになるといろいろと大変だろう。俺自身、自分の感情を抑えられるか分からない。
…でも。
「分かった…。二人の時はタメ口…というか、敬語は抜きってことで。」
「やった!ありがとう!」
「!?」
友里さんは俺にハグをしてきた。
ありがとう、そんな言葉だけでも心が痛くなる、苦しくなるのにハグをしてくるなんて…。
でも、友里さんの体温は温かくて、そして、なぜか苦しかったあの感覚は無くなっていた。
けれど、俺も友里さんも動悸が激しいようで、
「心臓、めっちゃ鳴ってる。」
「ホントだね。病院行く?」
「いや、このままでもいいや。」
「ふーん。変なの。」
「それはお互い様でしょ?」
「それもそうだね。にしても…」
友里さんは俺の耳元でこう囁く。
「これ、恋人みたいだよね。」
「…それ、外では言わないでくださいよ。」
「大丈夫。君にしか言わないし。」
「…勘違いしちゃうのでやめてくださいねそういう言葉。」
「あー、ドラマの練習?こういうシーンはあるからさ。」
「…。」
何故だろう。
友里さんは女優だ。ハグやキスをするシーンはいくらでもするだろう。でも、何故だろう。
面白くない。
俺は友里さんを独占したいわけじゃない。でも、面白くない。
「あ、もしかして、嫉妬してるな?」
「してませんて。それより、もうそろそろ離れません?」
「いいや、もうちょっとだけこうしていたい。」
「…分かったよ。」
結局、俺はハグをし返すことはあっても、その度に動悸が激しくなって苦しくなるのを必死に隠し通した。
私たちはハグをしている。
でも何でだろう。私は彼とそこまで親しいと言ったわけじゃないはずなのに。
不思議だ。
今まで、私は色んな恋バナなんかをしてきたし、いろいろと恋愛相談なんかにも乗っていた。けれど、あんな冗談は、酷い。
『僕が、誰かを好きになったとか言ったら、どう思いますか?』
酷い。
私は前から健也君が好きだった。料理を作ってくれる時、鼻歌まじりに包丁を振るうところも、スーツを着ていくときに変に緊張している時に緊張をほぐそうとして冗談を言ってくれるところも、仕事や大学で忙しい時、家事を全部やってくれて、しかも『おかえりなさい』と笑顔で出迎えてくれるところも。
一昨日、二人で『ビューティフル・マイ・ラヴ』を演奏した時も、本当はあの歌詞の中に描かれた少女が羨ましかった。恋心を伝えるのがとても下手で、でもきちんと相手に伝えようという意志を持っている彼女が羨ましかった。
簡単な話だった。
私はずっと前から彼のことが好きだったはずなんだから。
アイドルを始めたばかりの時、私が所属していた事務所ではアルバムには満たないけれどそこそこ多くの歌が入ったCDを道行く人に配るということをして、そこから大きく売り出していくという方法だった。始めにある程度地を固めておいて、その後売りに出すから初めは赤字覚悟でも配る。でも、私たちはそこまで歌を書く才能がなく、努力しても感情表現の甘さや歌詞の拙い感じが滲み出てしまい、どうしても素人といった歌しかできなかった。
『ビューティフル・マイ・ラヴ』は私たちが作った歌の中でも最高傑作だった。けれど、それを誰も聞いてくれない。私たちは諦めていた。
そんな中現れたのが、健也君だった。
たった一言の「頑張れ」が、私たちの人生を大きく変えたんだ。
彼が言った言葉に多くの人が興味を示し、私たちのCDを手に取ってくれた。彼はそれきり会えなくなってしまったけど、彼のことはずっと前から想っていた。それは恋愛感情なんかじゃなかったけど。
でも、今私はそんな彼を独占している。
汚い手かもしれない。でも、専業主夫と言って彼を拘束してしまっているのは事実だ。
専業主夫。私が勝手に言った言葉だけど、今はそうであって欲しいという意味で言っている。
私は健也君が好き。でも、それを言うことが出来ていない。
私はどうしようもなく、卑怯なんだ。
苦しいし、胸が痛い。でも、彼も何故か何かを隠している。
それが私が思うそれと同じであって欲しい。
そんなことを思うことしかできない私は、本当に健也君と釣り合うの?
彼はハイスペック過ぎる。
一緒に生活しているだけでそれが良く分かってきた。痛いほど分かってきた。
だから私はそんな彼には負けないように、そんな彼にも釣り合うように、これからも自分を磨かなければ。
ここからはしばらくの間こういった焦れ焦れといった感じが続くと思います。とはいえ、書いている本人としても展開を大雑把に決めただけなので自分勝手に動くキャラクターに翻弄されております。
その内主人公と有名人たちの絡みも出るでしょうがそこら辺の描写は雑になるかもしれません。ご容赦くださいませ。




