PART.13 逆鱗
俺が冴島さんと生活を始めて一週間と少しになる。今日は約束していたカレーの日だ。
俺自身、自分が作る料理は普通の料理だと思っているが、周りからすると絶品の品らしい。だから、彼女が喜ぶと思って腕によりをかけ、全力で作ろうと思う。
二日前、俺は冴島さんにスマホを契約してもらった。何でも、現在の仕事で大分お金に余裕があるらしい。ついでに、俺はF〇である程度金銭を稼ぐことに成功しているし、食費はそこから出ている。さらに、元々アルバイトでやっていた書類作成で臨時収入を得ていたため自分もだいぶ金銭的余裕がある。勿論一番初めに電話をかけたのは店主だ。相変わらずの大声で俺を出迎えてくれた。それを思い出して少しにやけてしまう。
そんな思い出し笑いをしていた時、インターホンが鳴り、冴島さんが鍵を開ける。
「こんにちは、丸橋TVの荒川です。取材の案件でこちらに伺わせていただきました。」
「ありがとうございます。さ、こちらへどうぞ。」
荒川と呼ばれた記者は小太りで比較的整った顔立ちをしているのに勿体ない残念イケメン、イケぽちゃというヤツだった。俺は自腹を切って買った録音機のスイッチを入れる。
「さて、で、お二人はあれ以降進展があったのですかな?」
「あれ以降…とは?」
初めからプライベートに口を突っ込んできた。まずは本題ではなく軽いジャブ的な感じで他の話題から入り込めないのだろうか。
「あの生放送の後ですよ。ネットでは、『あの二人デキてるんじゃない?』とか、『影山とかいうガキどうせ変態クズだ』とかそんな話題ばっかり上がっていますよ。」
「えっと、私たちはそういう関係じゃありません。彼はただの同居人………………いえ、家政夫と雇い主の関係です。」
「なんだ、つまらない。」
何だろう…。第一印象で人を決めるなって店主に言われたけど、………………初対面だけどコイツ嫌いだ。
料理に色々と悪感情が乗ると嫌だし、こいつは無視しよう。
「つまらない…ですか?」
「ええ。実際デキていたらスキャンダルにもなるし、ひょっとしたらお幸せにとかいう形で盛り上がる可能性もありますし、あなた方の犠牲でこちらとしては長い間ネタを作ることが出来るのでありがたいんですよ。」
「それは…私は、彼がそう言う人じゃないって知っています。あなたは、彼をただの獣呼ばわりするんですか?」
「ええ、どうせ思春期男子ですし、あなたのこと考えて夜な夜な耽っているんでしょう。そうでしょう?影山君?」
「~~~♪」
俺は無視してカレーを作る……………いや、そもそも話を投げられたことに気付いていなかった。鼻歌歌いながら久しぶりのカレーに心を躍らせる。ちなみに鼻歌で歌っている歌は『ビューティフル・マイ・ラヴ』。小さい頃に貰ったCDに入っていたこの歌を歌っていたバンドのデビュー曲だ。でも、歌っている人だけ思い出せない。ネットで調べようとしたらその時に限ってバイト先からウイルスを流し込まれてしまうし…。ああいや、バイト先はそう言うことをしようとしたわけじゃなくて、ハッキングだのされそうになった時にあっちにある俺の端末から流されてしまったというだけで…。結局、彼女たちのことを調べることは叶わなかった。基、調べるのを諦めたのが正しい。
えっと、材料は人参、ジャガイモ、にんにく、隠し味のチョコレート、辛口が好きということで辛口のカレールー、あ、玉ねぎ忘れてた。冷蔵庫から出さないと…。これも美味しいんだよな。肉は店主が売ってくれた国産の豚肉だ。カレーは牛肉をよく使うイメージがあるが、豚肉のカレー、これは俺が小さい頃から作っている思い出の味だ。
「話を聞け!」
バチンッ!
俺の頬をストレートで殴り、俺はそのまま尻もちをつく。そして、荒川がすぐ近くに来ていることに気付く。
「だ、大丈夫!?」
「大丈夫ですよ。別に痛くな………」
ガタンッ!
荒川が野菜を床に落とした。そして、豚肉が入った容器を手で掴んでゴミ箱に投げ捨てた。
あ、こいつ殺そ。
「ちょっと!何やってるんですか!それ私たちの夕食なんですよ!」
「こんなあまりにもマズそうな肉をあなたがお食べに?いやいやいや。それは流石に傑作ですな。何なら私があなたにご馳走しましょうか?どうせなら、私の家なんてどうです?」
「やめてください!腕掴まないで!」
荒川は冴島さんの腕を掴んだ。その瞬間、
ピッ!
俺は録音機の電源を落とした。荒川は俺を見て、
「盗聴器なんて卑怯だ!」
何だとほざいている。
別に自分が如何こうという件については俺自身どうでもいい。だが、冴島さんの手を掴むなんて、拒絶されても腕を握ったままなんておかしい。
「あ?」
俺自身、滅多に起こらないと自他ともに認めている。学校でも、仏だとか無害だとか言われていた位だしな。でも、仏の顔も三度まで…初めのプライベートに対する質問、食材への無礼、冴島さんを傷つけた。許す価値はない。
流石に、ブチギレた。
「お、おい!俺に何かしたらただじゃ済まねぇってことくらい分かってんだよな!」
「ああ!?」
「ひ、ヒィィィ!?」
荒川は先ほどの威勢が馬鹿らしくなるほど怯えている。滝のような汗はカーペットを濡らしてしまい、それが目に入った途端、怒りがさらにこみあげてきた。
「汚ねぇ…。」
「ふ、ふざけるな!俺は綺麗だろ!」
「確かにお前ブタだしな。そりゃ潔癖症なんだろうよ。」
そう言って俺は荒川に近づく。荒川はそのまま逃げようとする。
「別に俺がバカにされたことは良いんだよ…。だが、店主が折角用意してくれた肉をゴミ箱に捨てた挙句、厳選して買ってきた野菜は全部床に落とすわ態度悪いわ…よりにもよって冴島さんを傷つけたな?」
「あ、ああああああ…。」
俺は荒川を玄関に向かわせるようにゆっくりと足を進める。荒川は脂汗を垂らし、過呼吸になりながら後ずさる。
俺は荒川のスーツの襟を掴んで、
「二度と来るな!」
地面に引き摺りながら投げ、背中を蹴り飛ばした。扉のすぐ前で顔面から無様に着地した荒川は体勢を立て直して俺を見るが、俺はそんな荒川に靴を全力で顔面に投げつけた。
「ギャァァァアァ!?」
靴の先端が鼻面に直撃し、絶叫を上げている奴を見て少しだけ溜飲が下がる。
ガチャ…。
ドアを閉め、鍵をいつも以上にしっかり閉めた。玄関にある消毒液で手を消毒し、床のカーペットに除菌スプレーをかける。
「あんな汚物、二度と家に入れないようにしましょう。」
「…。」
冴島さんはそんな俺を見て駆け寄り、俺を抱きしめる。
「さ、冴島さん?」
「怖かったよ…。」
「えっ?」
「怖かったよぉぉぉ!」
彼女は赤子のように泣きじゃくっていて、それでいていつもの優しい表情をすべて置き去りにし、ただただ恐怖に顔を歪めていた。
「大丈夫ですって、あんな奴が百人で来たって俺は負けませんから。」
そう、小さく、落ち着かせるように耳元で囁く。
「だって、さっきあんな奴に腕触られたんだよ!?それに影山君顔殴られちゃったし、今日の夕飯もダメになっちゃったじゃん!」
「確かに…。カレー、ちょっと楽しみにしていたんですがね…。はぁ…。」
カレーの材料は床に落ちた程度では大丈夫だが、生ごみが入っているごみ箱に捨てられた肉は…。
いや、待てよ?
俺は彼女を抱きしめ、背中を撫でてやりつつ荒れたキッチンへ向かう。ゴミ箱にある豚肉や落ちた野菜を見る。
「カレーの材料は洗えば大丈夫ですし、肉はラップがちゃんとしてあったので大丈夫ですよ。穴も開いてないですし。まだ、パックから出してなくて良かったです。」
「…ほんと?」
「本当です。…その、冴島さん?…あ~、友里さん?」
「!」
「一応僕は思春期男子なので、流石に抱き付かれたら意識してしまうような…。」
「…!?」
冴島さんは俺から離れる。ビューという効果音が似合いそうだ。
「冗談ですよ。」
「友里って。」
「え?」
「さっき、友里って呼んだ。友里さんって、下の名前で呼んだ。」
そこで思い出す。冴島さんがなかなか話しかけてくれなかったために俺が下の名前で呼んだことだ。顔を赤くしていたのは別の理由があるのかもしれないが、それでも俺ごときが彼女の名前を呼ぶなど無礼だ。
そこでテンパってしまい、少しオドオドしながら謝罪する。
「え、すみません!たかが同居してるだけの分際で…身の程を弁えます。」
「あ、いや…ただ………少し、嬉しいかなって。」
冴島さんは少し照れ臭そうに言う。その表情を見て安堵しつつも顔が熱くなり、その表情を彼女に悟られないように、彼女に聞こえる最小限の声で、他所を向きながら俺は言う。
「あなたがそう呼んで欲しいのなら、これからはそう呼びますよ。」
「…なら、これからは友里と、下の名前で呼ぶこと!」
「分かりました。友里さん、とこれからはお呼びします。」
冴島さん…じゃなかった、友里さんが少しだけあわあわしていて見ていて面白いが、早く食材を救出しないと本当に手遅れになる。
結局、奇跡的に野菜や肉の傷みも確認できなかったため、よく洗った上でカレーを作ることが出来た。ちなみに買い直すことを考えたが、友里さんに止められた。食品ロスは許さないタイプらしい。
そんな食材たちで作られたカレーは今日あったことの辛さをすべて忘れさせてくれるような、とても優しくて、スパイスの利いた辛い味だった。でも、目の前にいる友里さんの顔を見ていると、どこか甘ったるい感情に襲われ、その甘さを七味をかけて誤魔化した。
その日の晩、香辛料を使い過ぎて腹痛になったこと、そんな俺を見て友里さんが大笑いしていたことを追記しておく。
しかし、この日にやり残した仕事があり、終わらせて一息ついていた時、急に体調が悪くなり、現在寝室として利用している客室のベッドに転がり込み、寝た。
緊張が解けたのだろうか?慣れない環境で一週間程度たったためかこの環境に順応できるようになってきたんだな。
そう思えば、この体調不良だって少しはありがたく思えた。しかし、彼女に心配させてしまうのは嫌だ。そんなことを思っていたことだけは覚えている。
しまった、少し距離を詰めさせようとするのが目に見えちゃったかもしれませんが、この二人、自分の物語のレールには乗りますが自分勝手に進めちゃうので過程がどうこう吹き飛びやすいです。少し難しいです。
何とかレールに乗ってもらいつつ、物語を進めたいと思います。




