小さき勇者と大きな決断
離れたところで神父と暫く話をしていたが、二人の足音が聞こえてくる。その方を向いて様子を見ると……二人は憔悴し切った様子で、足元はふらふらと覚束ない。その泣き腫らした目、震える口元を見ていると――とても居た堪れない気持ちになる。
「――すまなかった。助けることができなくて」
「いえ、むしろ――」
彼らの口から出た言葉は、まったく想定外の感謝の言葉。俺には理解できなかった。結局助けることができなかった俺にどうして感謝の言葉を掛けてくれるのか? 罵倒の言葉をではなく何故――
「傷を治してくれたのは貴方でしょう?」
「それはそうだが……」
「綺麗な姿で弔うことが出来るだけで十分だ。それだけで救われる」
「だから――」
「「――ありがとう、ございました」」
――俺は、言葉が出なかった。
彼らと俺では文字通り「生きている世界」が違うんだ。この一ヶ月間色々なことを学んできたが、随所でこんな風に思い知らされる。俺だったらきっと……感謝の言葉なんて出てこない。それどころか掴みかかって怒りをぶつけるかもしれないだろう。
これから先は俺の出る幕ではない、そう思って俺は治療院へと戻ることにした。さっき神父と話しているときに弔い方も聞いたし、その方法で彼を弔うことも考えたのだが……俺がそこまでするのは何か違う気がしたから。
歩き出した俺はふと、向かいの建物のガラスに目が行く。そこには俺へ頭を下げている三人の姿が反射して見えた。それを見た時、何故だか胸が締め付けられるような感じがして……自分でもわからない感情に支配されそうになる。
結局、そのよくわからないモヤモヤが晴れないまま、昼の治療院での仕事は完遂した。存外、重傷の人間も少なかったようでスムーズに治療を行えたとは思うのだが、一つだけ気になった点がある。
治療院の外でふと耳にした「もう少し我慢すれば"通常業務"だな」という言葉。そしてそう発していた人間の、嫌にニヤニヤとした顔。なんだかそれがとても気分が悪く感じたのは俺の錯覚だろう。俺と目が合うと罰が悪そうに目をそらす仕草も。
……俺はなんだか嫌な予感がしてならなかった。
場所は変わってまた森の中。しかし、そこは"黒森"だ。
風を纏い、浄火の刀を展開したまま俺は木々の隙間を縫うように辺りをひたすら森の奥へ駆けていた。治療院から戻ってきて暫くは浅い所で他のギルド員たちの手助けをしたりオークやらの少し強い魔獣を重点的に狩っていたのだが……
……森の奥から助けを求める声が微かに聞こえた気がした。
いや、"気がした"というと少し違う。少しずつ森の深い所へ向けて狩り進めていたのだが、突然「助けて」と言う声が頭のなかに響いた。最初は聞き間違え……というか幻聴かと思ったのだが、断続的に聞こえてくるから違うと結論づけた訳だ。
現に、森の奥に向かうに連れて声は大きくなっている。もしかするとこれが俺を誘き寄せるための罠かもしれない、とも思ったが「まぁその時はその時だ」と自分に言い聞かせた。まぁ、本当だったらそれは駄目だろうが、可能性があるならそれに賭けよう。
暫く声を手がかりに森の中を駆けていると、何やら魔獣の集団が目に留まる。ギルド員の誰かが追いかけられているのかと思い追われている者を確認してみたのだが、何かがおかしい。
……先頭で逃げているのは小さな光る物体。
掌よりも少し大きいくらいの光を纏った生き物が、三メートルほど後ろにいる魔獣から逃れるべく飛び続けているのが見えた。少しの間迷っていたが、俺はそれに「助けを呼んだのはお前か?」と大声で問いかける。対する答えは……
――そう! お願い、助けて!!
――ずっとあいつらに追われてるの!
さっきまで響いていたものと同じ声が頭のなかに響く。それを聞いた俺は風を使って加速し、その光る生物の少し前に回り込んだ。そして光に向かって「そのまま飛び込んでこい!」と言いながら風刀を横に構えた。
光が俺の肩を通過した瞬間、刀を真横に振り抜く。その時に風刃を飛ばすことで、後続の魔獣を纏めて真っ二つにした。空を飛んでいる魔獣は勝手に俺に向かって飛んできてくれるため、その度に切り捨てていく。何度もやった戦い方だからスムーズに事は進んだ。
ひとまず目に見える範囲の魔獣を駆逐した俺は、後ろへ振り返る。そこには異常に小さな"女の子"が地面にへたり込んでいた。ただ、その背中には……ニ対の羽根が生えているのが見える。どう見ても同じ「人間」ではない。
――ありがとう! 人間さん!
「どういたしまして。……っと、君は妖精か何かか?」
――えっ? 私は精霊だよ?
「精霊……あぁ、図書館の本で見たことあるな」
――私は"ニュンフェ"って言うの! 人間さんは?
「俺か? 俺はシアだよ、ニュンフェ」
――シア……シア! 助けてくれてありがとう!
「あぁ。ところで、なんでニュンフェは追いかけられてたんだ?」
そう言った瞬間、ニュンフェが震えながら涙を零し始めた。曰く、仲間と暮らしている所へ魔獣が押し寄せてきて暴れ始めた。撃退することも叶わず、諦めて皆で逃げていたそうだ。他の仲間は……恐らくすでに息絶えているだろう、と。
後ろに着いてきた仲間が魔獣に捕まり、羽根をもがれ、悲鳴を上げながら喰われる姿を見た。しかし、自分が戻ったところでどうすることも出来ない。だから後ろを見るのを止めて、ただひたすら逃げ惑っていた……それが悔しくて堪らない、と。
「……ニュンフェ、その場所は分かるか?」
――シア、もしかして魔獣を倒してくれるの?
「仲間を弔ってやりたいからな。もし、戻るのが怖いのならやめるが」
――ううん、お願い! 私はもう逃げたくないの!
涙を拭ったニュンフェ。その潤んだ瞳には大きな決意が表れていた。俺はその姿を見て、住処を襲ったという魔獣共を必ず殲滅してやる、絶対にかたきを取ってやる……そう、思った。だから、俺は
「わかった。じゃあ、俺の手に」
――うん!
左手でニュンフェを抱き込み、身体強化を施す。そして、住処の方向を教えてもらいそこへと全力で駆け出した。風でニュンフェが吹き飛ばないように、少し遅めではあるが限界まで速度を上げて森を駆け抜ける。
――絶対に、住処を襲った魔獣をこの手で屠ると心に決めながら。




