悲しき”再会"
安置所から治療院に再度戻ってきたわけだが、そこで改めて外観を見てみる。
治療院は白を基調とした壁で、所々薄汚れてはいるが清潔感は失われていない、とでも言うべき様相であった。真正面にある扉は閉ざされており、その扉の取っ手には乾いているいくらかの血痕が見て取れる。
よく見るとその近くには鈴のようなものが付けてあった。扉を開くことが出来ないほどに力を消耗した場合の対応策なのであろうか……今はそれを無視して扉を開ける。ついでに水を出して取っ手を洗っておいた。
扉を開けて真っ先に目に入るのは、いくつも置かれた椅子とその奥に見えるベッド。所々に人が寝ていたり、術士に治療を受けたりしているのが見て取れるがそこまで重傷な患者は居ないようだな。
白衣を着た男がこちらに気付いたようで、小走りに向かってくる。直ぐ側まで来て一礼する彼に俺も返戻をし――
「――ようこそいらっしゃいました、シア様。既にギルドマスターから話は聞いております」
「どうもご丁寧に。……それで、私はまず何をすれば?」
「シア様は『ハイヒール』が使えると聞いておりますので私達と同じ仕事をしてもらいます。怪我人を順次治療してもらいますね」
「わかりました」
仕事に取り掛かる前に少し話したが、やはり俺のことは分かっているようだった。「黒髪の人間が来る」という認識はここでも同じだったようで直ぐに俺だと気づいたらしいな。もしかすると黒髪の人は少ないのかもしれない。となると髪色だけで目立つ可能性があるが……もう気にしないようにしよう。
――話を戻すが……仕事はいたって単純だった。
椅子に座っている人は基本的に骨折等の命にかかわらないもので、ベッドに寝ている人間は"重傷だった人間"を寝かせる……みたいに分けている。
治療院にやって来る時点で意識のある人間、というよりも自分で歩けるような人間は椅子、他人に連れてきてもらった人間で特に傷が酷いのはベッドに行く、みたいな感じだ。
流石にベッドに寝ているような重症患者は俺が治療すること無く治療は進む。向こうもそれを考慮してか、椅子に座っている患者をあまり治療せずにベッドの患者を優先的に治療しているようだ。
患者の傷ついた箇所を水で洗い流し、軽く布で拭いたら魔法をかけるだけ。ちなみに、布で拭くと痛そうだから俺の場合は風を使って乾かしていた。そんな風に数人で治療して回るわけだ。
……ただ、少し気になることがある。
というのも、治療の際に二人がかりで治療する様子が時折見て取れること、それに数人治療するとつかれた様子を見せて奥に消えていくという点だ。俺が治療するときには基本的に一回で全身の治療をするから「二人がかり」ということはまず無い。
もう一点の「疲れる」というもの自体もハイヒールでは感じたことがない。そのより上の魔法を使った場合は疲れを感じることもあるが……少なくとも"ハイヒール数回"で疲れるなんてことはまず無い。
そこで考えられることは二つ。
第一は「俺が使う魔法が特殊である」ということ。
第二は治療している人間が「疲れたと誇張して休もうとしている」ということだ。
正直、完全に邪推な後者であってほしくはない。だが、以前シュタルクに聞いた話では治療院の内部腐敗が進んでいるようにも感じた。そのせいで可能性を否めないのだからあまりいい話ではないな。
――突如、バタンと開かれた正面の扉。
現れたのは若い……そう、本当に若い男女の二人組だ。辺りをキョロキョロと見ては「違う、あの人も違う」とつぶやいている。顔色はまさに蒼白で、焦りの感情が直ぐに分かるほどの狼狽ぶりだ。
職員の一人を捕まえて何やら聞いているようだが――彼らの顔を見ていると、ふと安置所に預けた男の事が頭によぎった。別に似てはいない、なのに彼らはあの男性と関係していると……何となくそう思った。
捕まっている職員の元に向かい、話に割り込む。別になんてことはない、適当に「何かありましたか?」 と言いながら割り込んだだけだ。そして――
「――怪我人を探しているんだ!」
「男の人よ。きっとひどい火傷を負ってるわ!」
発した"ひどい火傷"、その言葉だけでもう彼らの探す人物がほぼ確定する。後は覚えている限りの容姿を伝え、ついに「あの人」の関係者だと確定したから……あとは彼らを導くだけだ。まずは治療院の人に席を外す旨を伝える。
「すみません、少し席を外してもいいですか?」
「えぇ、構いませんよ」
「ありがとうございます……お二方、こちらへ着いてきて頂けますか?」
「「はい、わかりました」」
安置所まではそう遠くはない。むしろ近いくらいなのだが、その距離が長く感じてしまう。安置所に近付くに連れ、後ろから「……えっ?」や「……まさか」と声が聞こえてくるのが聞こえてくる。
そうこうしているうちに、目的地へと辿り着いた。さっきよりも幾分か重くなった気がする扉を開き、呆然と立ちすくむ二人を招き入れると、前と同じように神父のような男性が奥からやってくる。
まず俺の顔を見たが、目線がすっと俺の後ろに向く。もう一度俺の顔を見た神父は、何も言わずにただ頷いた。
言葉もなく、ただ道を開ける神父。そこを二人を連れて歩くが、辺りは異常なほど静かだった。空気の重さからか、誰も言葉を発することができなかったし、ここは物言わぬ死体が残るだけだったから。
――ベッドに横たわる男。その顔にかかっている布を取る。
二人に「この人で間違いはないか?」 と問いかけたが、彼らは一言も発しなかった。それでも、間違いでないことは分かる。二人の顔が歪み、次第に震えだしたから。
少年は只々唇を噛み締め涙を流し、少女は……泣き崩れて嗚咽を漏らしていた。間違いでないことの証明はそれだけで十分だろう。二人に気づかれないよう、俺は静かに神父の元へと戻る。きっと、三人だけにする時間が必要だと、そう思って。
――静かな空間の中に、只々二人の泣き声が悲しく響いた。




