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異世界救世譚―差し伸べるは救いの手―  作者: 明月
森の動乱編
37/40

”ソレ”は冷たく重い


 暫くの間森の中を駆けていたが、次第に辺りに光が差し込むようになる。

 森の奥と比べて木の数が減少し隙間から光が漏れやすくなっているわけだが……なんだかそれだけで安心してしまうような感覚がした。


 道中怪我をしている人がいれば治療し、魔獣に襲われている人を見かけたら減速しながら近づき、苦戦している様に見えた場合はすれ違いざま間に割り込んで魔物を切り倒していく。

 余計なお世話だと言われるかもしれないが……何かがあってからでは遅い。何組かそうやって横入りしたわけだが、今のところそういった類の言葉を掛けられたことはないから大丈夫だろう。




 ――そんな事を考えながら暫く走る。


 森を抜け、草原を駆け、街道を歩むと城壁が近づいてきた。門にはギルド員らしき姿がチラホラと見えるが……大半が怪我をしているようだ。まぁ今から治療院に向かうのだろうし今は放置しよう。

 門番に身分証を提示し、まずはギルドに向かって小走りで向かった。ギルドマスターに帰還した事を報告し、何やら紹介状のようなものを受取った上で指示を受けた治療院まで向かう。

 

 事前に場所を知らされてはいたが実際に入るのは初めてだ。俺がやる事はもちろん治療なわけだが『ハイヒール』までしか使わない事に決めているしそれで治せない様な人が居た場合本業の人間に任せることにしよう。


 治療院の目の前に差し掛かったとき……俺は大事なことを思い出した。そして治療院には入らずに、すぐそこにある建物へと向かう。近づくにつれて何となく空気が変わった気がしたのは俺の気のせいだろう。簡素な建物なのだが、どことなく重苦しい空気を纏っている気がした。


 扉を引いて開ける。たったそれだけの動作がやけに辛く感じた。

 その中から濃密な"死の香り"が漏れるのを感じる。思わず顔をしかめてしまうが、そうしてもいられず、扉を開く。直後、扉を開く「キィッ」という音に気付いたのか、奥から足音が聞こえてきた。薄暗い建物から現れたのは、神父のような格好をした男性。


「――人をお探しですか?」

「いえ、そうではないです」

「そうですか。それでは何か御用がお有りで?」

「――まだ、"場所"は空いてますか」



 俺の言葉を聞くと一瞬で彼の顔が曇り、天を仰ぐ。

 ただただ「おぉ、神よ……」、そう男はつぶやいていた。

 

 少しばかりの間が空き、さっきよりも沈んだ声で「こちらです」と誘われて向かう一室。そこには息の絶えた数人の「人だったモノ」が横たわっていた。さっき漂ってきた死の香りが、より濃密に周囲へ渦巻く。


 男性は「少し失礼致します」と言ってその場から離れていった。きっと俺が死んだ人間の知り合いだと思ったんだろうな。

 空いたベッドに近づきバッグから男を出すと、ズシンとした重みが腕を襲った。本当だったら軽々と持てるはずのそれが、今では重く腕にのしかかる。今まで持ったものの中でも異常に重く感じた。それに、バッグから人間を出したこと、それ自体が非人間的な行為な気がして仕方がない。


 バッグの中の時間は現実時間よりもゆっくりと動く。その筈なのに……触れている手のひらに伝わるその温度……男の体は、まるで凍りつくような冷たさだった。冷たさからか、震えてくる腕で男をそっ……とベッドに眠らせる。



 ――何故か心臓がズキンと痛くなった。


 頭で理解していても、やっぱり「心」はそう簡単に行かないんだ。頭はしっかりしていても、心が理解すること自体を拒むような……そんな葛藤。俺には割り切れないことが多すぎるから……いつか潰されてしまうんじゃないかと不安になる。

 俺は只々、男に手を合わせ祈った。どれだけ苦しい思いをしたのだろうか、どれだけの無念を抱いたのだろうかと思うと俺まで辛くなる。だから彼の安らかな眠りを。そして、あと少し力及ば無かった俺の事を許してくれ……そう、祈った。


 暫くそうしていたであろうか、気付かぬうちにさっきの案内してくれた男性が近づいて来て、俺に話しかけてくる。


「この方は……お知り合いですか?」

「いえ、偶然見つけた人ですよ」

「……敬虔な方だ。きっとこの人も安らかに眠れることでしょう」

「それなら良いんですが……」

「きっと、神がお導き下さるでしょうね」

「――すみません。私は……やることがあるのでこれで」

「わかりました。もし……もしこの方の知り合いが居たら連れてきて頂けますか? きっと、治療院へ探しにくるでしょうから」


 それはもちろんするつもりだが……なぜ俺が治療院に行くことを知っているんだ? この人とは初めて会ったはずだ、治療院で働いているわけでもないのに情報が何処から流れたのだろう?


「……何故私が治療院に行くことを?」

「ギルドマスターから話を聞いております。もしある者の近くで犠牲が出てしまったら……きっと、その黒髪でこころ優しい青年がきっとここに向かうだろう、と」

「ははっ、マスターは全部お見通しですか。――失礼、もう行かなくては」

「そうですか。貴方に神のご加護があらんことを……」


 また眠っている男に黙祷し、安置所の職員に別れを告げた。俺がグズグズしているともしかしたら苦しむ人が増えるかもしれない。そう思うと居てもたっても居られなくて、体が勝手に動き出す。



 ――俺は走って治療院へ向かった。



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