”友達”
――鬱蒼とした森の中を、一人俯きながら進む。
さっきまでのように走りながら移動する元気は消え去り、重い足を只々運びながら現れた魔獣を次々に殺していく。手を魔獣に向け、一言呟くだけで切り刻まれ死を撒き散らしながら息絶えるのだが……罪悪感は既に無い。
殺すことに対する躊躇いも、忌避感も無くなったが……何か大事なものをなくしてしまったような、沢山すり減らしてしまったような気がする。言い表すのが難しいけれどその「何か」というものを本当に無くしてしまったら……考えるだけで寒気がする。
――突然、ガサガサと眼前の草が揺れた。
色々と考え込んでいた頭を無理やり戻し、いつ襲いかかってきても良いように刀を構え直しつつ草むらを注視し……現れたのが俺が知っている人間だという事に気付いたため直ぐに構えを解いた。
「――あれ? なんだシアじゃないか!」
「あぁ、フェイか。魔獣かと思ったよ……って随分血塗れだな」
「あ、あはは……途中で楽しくなっちゃってさ」
「楽しくなったってお前……」
スライムと戦った時に何となく思ってはいたが……どうやらフェイには戦闘狂の気があるらしいな。それが周りの人に知られているというのなら、ギルドに居るときに視線が集まるのも納得だ。
「でもシアも――随分と血塗れだよね? それに顔色も優れないし」
「ッ! そうだな。俺も気付いてなかったみたいだ」
「もしかして、さっきの暴風もシアに関係があるのかい?」
「暴風? なんだそれ」
フェイ曰く「光が木の隙間から見えて、警戒しながら進んでいたら木が倒れる騒音と一緒に叩きつけるような風が吹いて来た」らしい。それを聞いた途端、俺は血の気がサッと引いた。きっと顔色はさっきより酷くなっていることだろう。
フェイは「叩きつけるような風」と言っていたが、元は風の「刃」だった。それが魔獣を切り裂き、木に衝突し、そのまま進んでいるうちに形状が変化して風の「塊」となった訳だが……刃のままに突き進んだら、フェイを切り裂いていたかもしれない。
如何に周りが見えていなかったか。
強大な力を振るうことで、ある種の責任を負うことになる。それは理解していた。……いや、理解していたつもりだったのだ。そのせいで、爆発させた感情で人を傷つけてしまう所だった。それも知り合いを。
――じわり、じわりと"恐怖"が。
――自分に対する"恐れ"が。
――凍りつくような"寒気"が。
一気に背中を登って、脳を支配して、体を凍てつかせる。
動悸が止まらない。胸を抑えようとする手が震え、足も言うことを聞かずに地面にへたり込んだ。傍から見れば崩れ落ちたように見えるだろう。
「俺は自惚れて……」
「――ぃ」
「友人まで傷つけそうに……」
「――おい!」
「何度過ちを繰り返せば」
「――おい、シア!」
強く肩を揺すぶられたため顔を上げる。フェイが心配そうな面持ちで俺を見ているのに気付き「大丈夫だ」とだけ伝えた。
「その様子で『大丈夫だ』なんて言われて納得できると思う?」
「……ははっ、それもそうだな」
「――何があったか聞かせてくれないか?」
「あぁ」
さっきの男性を救けられなかったこと、いままで何度も力に溺れて自惚れを繰り返してきたこと、さっきも感情に飲まれてフェイを危険な目に合わせかけたことを話す。フェイはそれを只々黙って聴いて、ただ一言。
「――羨ましいな」
俺の思っていた言葉とは全く異なる呟きだった。俺には何が羨ましいのかわからないのだが……疑問符を浮かべる俺を気にせずにフェイは言葉を繋げる。
「シアは優しすぎるんだよ。だからそうやって思い詰めてしまう。ギルドの人間にとって命は"自己責任"だ。それにその男は他人だろう?」
「それはそうだが」
「僕らは"人の死"に慣れすぎてるんだ。だからシアみたいに他人の死を悲しく思わない」
「そんなこと――」
「僕は目の前で友人が魔獣に切り裂かれて死んだよ」
「――ッ?!」
「彼は必死に手を伸ばして助けを求めて――僕は振り返りもせずに逃げた」
「それは……」
「だから貪欲に力を欲している。シアが持っているような力を……ね。力ない自分自身を呪ったあの時との決別のために。彼に顔向けできるように」
話しているうちにフェイの顔が陰っていく。「それに」と言いながらフェイは――
「――僕はもう"ここ"でしか生きられないから」
「ここ……ギルドでか?」
「あぁ。彼と勝手に結んだ、一方的な"約束"を守るために」
「約束……か」
「シアは――何故ギルドで活動してるんだい?」
「なんでって言われても……」
「そんなに辛いのなら、やめるという手もあるんだよ?」
厳しい顔でそう言うフェイ。
やめる? ギルドをか?確かに『手っ取り早く金を稼げる』ものを探したときに出てきた案だった。別にギルドに固執しなくとも治療院なんかで働くことも考えられるし、これと言ってギルドで働く理由は……無いと言えば無い。
ただ、ギルドに加入して居たからこそフェイと出会い、シュタルクに出会い、何人もの人を助けることが出来たのも事実。以来の帰り道で助けたこともあるし……人の役に立つという側面ではギルドが一番良いはずだ。だからこそ、俺はやめるという選択はしない。
「いや、俺は止めないよ」
「――そうか。それがシアの選択なら、僕はもう何も言わないよ」
「ふぅ……だいぶ落ち着いた。ありがとなフェイ」
「何かあったら言ってね? 友達なんだから」
――その時、突然鐘の音が森に響き昼の到来を告げた。
昼になると音で知らされ、装備の消耗などを考えてギルドに戻れるようにギルドマスターが考えたらしい。俺は一旦戻って治療院に向かうようにギルドマスターから指令が下っているから帰ることは決定だ。
「あれ? もうそんな時間か――シアは一旦ギルドに戻るのかい?」
「あぁ。あっちでやることもあるしな」
「やること? ……そうか、なら仕方ない。道中気をつけてね」
「フェイも気をつけてな」
――今度は俯かずに、身体強化を駆使しながら森を駆けた。
少々内容がクドくなったかもしれませんがご容赦を。




