祈りは斯くも美しき
……鬱蒼とした森の中を只々駆け抜ける。
ニュンフェの指示通りに走っていると、突然甘い香りが鼻を掠めた。進むうちにそれは次第に掠めるだけではなく纏わりつくようになり、少しずつ、まるでむせ返るようなものへと変容していく。
空を覆う枝葉が身を潜め、次第に視界に増え始める白い花々。斯くも美しきそれとは裏腹に、ニュンフェの表情には悲愴な気持ちが如実に現れ始めた。言わなくともわかる。きっと惨劇がすぐそこで起こったのだろう。
――突如として鼻を突く生臭さ。それに気づき足を止めた。
現れたのは複数体のゴブリン。相変わらず醜悪な顔を晒し、下品な笑いを上げているが今までとは違う点がある。その手にはくさで編まれた"網"が握られていたのだ。その用途は……言うべくもないだろう。
獲物が増えたと言わんばかりに突っ込んでくるゴブリン。実にあっけないもので、腕を振り下ろすだけでその生命は次々と消えていく。その消えた命が、いくつもの命を奪っている……自然の摂理、斯くも命の軽きことか。
手当たり次第に切り刻み、焼き、潰す。時間はそうとはかからなかった。己の内に沸き起こる憤怒の念に駆られるがままに暴虐の限りを尽くす。――何故か、取り憑かれたかのようにその手を緩めることができないのだ。
辺りが血に塗れても、来た時よりも濃密な生臭さが渦巻いても、それが『当たり前』に思えてしまうこれは何なのだろうか? そんな考えが頭によぎる刹那、頭に叫ぶような声が響く。
――もういいの! もう大丈夫だから!
急激に憤怒の念が冷める。それと同時に疲れが、そしてあたりの空気の悪さからか吐き気が襲う。風を起こして空気を入れ替えると、バックから水筒を取り出し、吐き気ごと水を飲み込んだ。
ニュンフェにも水を分け、二人で少しだけ休むとニュンフェ先導のもと住居だったものを見て回る。そこには草葉を纏めて家にしたもの、自然に発生した穴を使い住居としたものがあった。今でなければ異文化を素直に楽しめたが……今はその時ではない。
結局、他の精霊を見つけることはできなかった。あるのは血の跡と壊された住居。必死に何かを探すニュンフェに気を配りながら、俺はあたりを見渡しゴブリンの残党が現れないかを警戒していた。
……ニュンフェが消え入りそうな声で何かを呟く。
小さすぎて聞き取れなかったが、すぐに何かを抱えたまま地面へへたり込む。近づいてその腕の中を見ると、原因がすぐに分かるものがソコにあった。
手に持つものはボロボロで今にも自壊しそうな血の付いた羽だ。それも四つの内一つだけ。ただ呆然と座り込んでいたが、次第に震えはじめ、その目から涙がこぼれ落ちていく。小さな嗚咽と悲鳴を、ただずっと俺は聞いているしかなかった。
――突如、何かを決意したようにニュンフェが立ち上がる。
目を見開き、手に持っていた羽をそっと天に掲げる。次第に空から降り注ぐ光が羽に吸い込まれ、それ自身が光り輝いた。次第にニュンフェの手へ光明が移り、羽はその光を失う。それと同時に、ニュンフェがその羽を"握り砕く"と、魔力の奔流が溢れ出した。
どこからともなく吹く風がニュンフェを中心として螺旋を描き始めると、魔力の奔流とともに巻き上がった。こぼれ落ちた涙が煌めきながら線を成し、あたりに咲き誇る花々の花弁が大空へと向かい舞い上がる。
何をしてるのか、ハッキリとはわからない。ただ、これが弔いなのだろうということは分かる。今目の前で行われていることにどのような意味があるのかは計り知れないが、斯くも胸に来るものがあるのだろうか。手を合わせ、名も、姿も知らぬ精霊へ心からの哀悼を祈る。
……悲しさも吹き飛ばす様な弔い。それは只々、美しかった。
いつの間にか最終投稿から一年半近く経っておりました
またこれから気が向いたときちょっとずつ更新します……




