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異世界救世譚―差し伸べるは救いの手―  作者: 明月
森の動乱編
34/40

残酷な摂理



 半ば無意識に男へと手をかざすと、言い慣れた言葉と共に魔法を行使する。これまでに幾度となくやってきたことだ、失敗は絶対にない。それだけは許されない。


「――『ハイヒール』!」


 男の傷口に……何かに食いちぎられたような箇所に光が吸い込まれると同時に、その箇所がだんだんと回復していく。筋組織が回復し、皮膚が元通りに……そして光が収まると、既に傷口は完全に塞がっていた。いつもと同じ光景、結果に、ふっと息を吐く。



――だが、男が目を覚ますことはない。


「っまだだ! ――『レイズ』!」


 今度は男の足を治す。おそらくあのゴブリンにやられたのであろう酷い火傷が目に入ったからだ。さっきの治療では範囲が狭すぎて、また傷が酷すぎて治しきれずに残ってしまったんだろう。――しかし足に吸い込まれた光が収まってもまだ、目を覚まさない。


「クソッ! ――『リザレクション』!」


 あと考えられるのは内蔵の損傷くらいだ。この魔法なら治せるはずだ、無くなった足すら元に戻せるのなら内蔵だって治せるだろう? そうだ、きっとそうに違いない。かじられたような傷跡もあったし考えたくはないが中を食われたんだろう。



 ――ほら、さっきまでとは明らかに違う光の量だ。


 これは言わば癒しの光、人を救うために俺が使える力だ。使える人間も稀代で、曰く神の如き魔法。おそらく今ここで使えるのは俺だけだろう、絶対的な回復の魔法。これを使えばどんな怪我だって治せるに違いない。なのに、何故、なんで!――



「――なんで目を覚まさないんだよ! おい?!」



 目の前に横たわる男は口を聞くことも、目を覚ますこともない。

 幾ら体を揺さぶっても、声をかけても、怪我を完璧に治しても!!


 別に、この男と知り合いだったわけではない。この場で何もしないということはシアの矜持が、かつて水野と結んだ「生明守」としての約束がそれを許さなかった……ただ、それだけのことだった。

 しかし、その矜持をあざ笑うかのように……現実はシアを苦しめる。


『幾ら怪我を治せても――失った命は元に戻らない』


 それはどこでも変わりはしない、当たり前な自然の摂理。それを、シアは心の中では解っているつもりだった。だが、それは違ったのだ。大きな力を手に入れた人間が陥ってしまうある種の誤ち、気付いた時に必ず後悔するもの――


「畜生、俺は……俺は自惚れてた(・・・・・)んだな」


 シュタルクの怪我を治した時に自然と出た「俺を舐めるな」という言葉、そしてオーガと戦闘する前に密かに思っていた「俺なら大丈夫」という感情。前に女性を路地裏で助けたとき魔弾を使ったが、少しでも外れれば彼女も危険だった。

 それは全部「俺ならできる」という身勝手な自信、高慢から出たものだ。それは自惚れと言わずして何と言えるだろうか?



 ――自然と涙が溢れる。


 まだ温かかった血、もっと急いであのゴブリンを倒していれば……しっかりと周りに気を向けてこの事態に気がつくことができたら。そんなことばかり頭に浮かんでは消えていく。

 もう遅い、結果論だと分かっていても割り切れない思いがこみ上げてくる。



 ……自己嫌悪に陥っているシアの周りを、先ほどの光に釣られたのかいつの間にか魔獣が取り囲んでいた。


 ゴブリン、オーク、ビーネ、狼に囲まれ普通であれば絶体絶命の状況。勝利を確信しているのか魔獣達は汚い笑い声を上げてシアにどんどんと近づいていった。そしてある一定の距離まで近づき、合図を出すかのようにゴブリンが大声を上げると――



「――少し黙れよ、お前ら」



 そう呟くシアの周りに無数の風の刃が現れ、全方位に死の風が吹き荒れた。

 空を飛ぶ魔獣も、地を走る魔獣もすべてが蹂躙され、その姿を血と肉に変えていく。逃れることを許さない死の刃は一匹、また一匹と確実に屠るとその直線上にある木までもを切り裂き、消滅した。


「なんでだ?」

「ケケッ?!」


 死の風が止むと、今度はシア自身が走り出す。

 視界に入った魔獣を片っ端から切り伏せながら走り、返答のない疑問を投げかける。



 何故あの人は死ななければならなかったのか?

 何故魔獣は人間を襲うのか?

 何故そんなにニタニタと笑っているのか?!


「……この」

「クカカカ!」

「――クソッタレ共がァ!!」





……俺は、戦いながら以前シュタルクに言われたことを思い出していた。


「なぁ、シア。お前は「命」がどんな物だと思う?」


「どんなものと言われても……掛け替えのないもの、とか?」

「それじゃあ「価値」としてはどう思う」

「価値?」

「あぁ。命の重要性、みたいなもんだ」

「変なことを聞くなぁ……命は重く、尊いものだろ?」



 当たり前だろう。そう思いながら返した言葉にシュタルクは黙り込んでしまった。そして重々しく口を開き――はっきりと、それは「間違い」だと言ったんだ。


「確かに、命は尊いものだ」

「なら何が間違ってるんだ?」

「お前は命が「重い」と言った。逆なんだよ、ここじゃ。ここでの……特にギルドでの命の価値は――非常に軽い」



……はっ? 命が軽い、そんなことあるわけないだろ?


「考えてみろ、ギルドの基本方針は?」

「……自己責任か?」

「そうだ。それ以上に高ランク依頼には賊の"討伐"なんてものもある」

「人間を討伐……か」

「他と比べ報酬も高い、どういうことか分かるか?」

「挙って盗賊を……人を、殺そうとする」


「――シア、お前はきっと根っからの善人だろう。でも、この道を進むのなら絶対に避けられないこともあるんだ。できれば……命の重さを軽く思う俺たちみたいにならないで欲しい」






 ――残ったのは死体の山と、返り血に塗れたシア。


 そして横たわる男の遺体。シアはフラフラとその遺体へと歩み寄る。

 手を合わせ、せめて安らかに逝けるようにと心から祈った。ただの自己満足かもしれない、だがそうしないと自分自身が耐えられない……そんな気がした。


 この大規模掃討において、各人の命は「自己責任」だ。本来であればこの遺体はこの場所で埋葬するなり、ひどい話放置することが基本だろう。だが、俺にはできない。どうにかして外へと運び出してやりたいが、その手段が――


 その時、あるものが頭によぎる。生き物は入れることができないと言われたこのバッグならば? もしかすると入るのでは? バッグを手にし、男へと近づける。できれば入りませんように、そんなことがありませんように、むしろ入って欲しくない。そう思いながら男の体へと触れる。



 ……期待を裏切るように、綺麗さっぱりとその姿が消えた。


 なんだよ……それ。確かに生き物は入れられないというのはわかる。だけどこの人はさっきまで確かに生きていた人間だぞ? 時間だってほとんど経っていないはずだ。それじゃあまるで――



「死んだ瞬間、人間が"物"になるみたいじゃないか――ふざけやがって!」



 ――やはりこの世界は……残酷だ。

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