波乱の幕開け
――今回行われる大掃討は、基本的に三部構成になっている。
それによって一日目、二日目、三日目とそれぞれ戦い方が異なり、それに合わせた戦闘の仕方を確立することをギルドマスターから推奨された。だがあくまで"推奨"であって強制ではないため応じる必要はない。
まず一日目はチームを組んで行動をする。曰く、魔獣の数が正確にわからず強個体の発生の懸念もあるため個別で闘うと死ぬ可能性が高まるから……だそうだ。
あまり戦闘に慣れていない人間を守るためだったり、普段チームを組んでいる人別れることで戦力の低下が懸念される場合なんかはチームを組む。別に組まなくとも大丈夫だという人間や、別に指令が下っている人間は該当しないな。
……俺はその指令、もとい「お願い」で一人臨むことになっている。
強個体オーガの討伐実績、森で魔獣の集団を倒した実績……多分あの二人組の報告だろう。それに聖属性魔法が使えるということで対象になったらしい。
そもそも回復魔法が使えることや、浄火が使えることもギルドマスターには既にバレている。二人組の報告で回復魔法を使えることがバレたらしく、二度目の呼び出しの際には聖属性魔法の実演を求められたからな。
でも、実演したのは「ハイヒール」までだ。それ以上は色々とまずい気がしたから自重した。その後に浄火を使ったのだが……刀の形にした瞬間、ギルドマスターが苦笑いしながら「規格外じゃな」と言っていたのが実に気になる。
――それはさておき、二日目は基本的に個別に対応することになっている。
一日目と比べて魔獣の数が減少しているため、そこを各個撃破するという寸法だ。もちろん初心者とかは別にチームを組んでも構わないらしい。あくまでこれも「推奨」だから、危険性を鑑みてそれぞれ判断してくれとのこと。
三日目、これも「お願い」に該当する。何かというと、ギルド側が指名した人間だけで森の中へと入って魔獣の種類や数などを調査するというものだ。その上、この時に浄化を使って魔素の除去を行う手筈になっている。
あとのお願いはそれぞれの日程の最後に怪我人の治療を行うことだな。これが一番わかり易いと思うが、実演した時に是非と言われたからそれに応じた。せっかく回復魔法が使えるのだから役立てなければ。
……これが大掃討の概要だ。
俺は今、集まった人達の中でギルドマスターからの説明を聞いている。まぁ説明というよりも最終確認といったほうが正しいだろう。集まった人数は……150人位か? どうやら別のギルドにも通達を出して協力を仰いだらしい。
で、この説明が終わり次第それぞれが森へと向かい討伐を開始する。向こうに着くまでにそれぞれチームを結成し、森につき次第散開するわけだ。歩きまわっている中にはシュタルクの姿やフェイの姿も見て取れた。その中を一人で進む。
――そして現在、俺は森の中を走り回っていた。
身体強化をした状態で走りながら、悲鳴が聞こえてきたり怪我をした人間が目に入ったら直ぐに向かって助太刀なり治療なりを行うことを基本に動いている。故に、すぐ行動できるよう常に右手には浄火の刀を発生させたままだ。
もちろん目に入った魔獣は片っ端から切り捨てているが、今のところ手こずりはしていない。レクテューレに教えてもらったお陰で虫型や他の魔獣の対処も滞り無く対処が可能だったのが一番の要因だろう。
暫く魔獣を屠っていると――怪我をした男を担いだ若い三人組が目に止まった。そのうち一人は女性で、男とともに声を張り上げている。
「――おい! 誰か居ないか?!」
「誰かいたら助けてください!」
「ぐうぅ……」
担がれた男には苦悶の表情。それに体からは絶え間なく血が流れており、顔色はどんどんと悪くなっている。そして後ろからは……魔獣がすぐ近くまで追いかけてきていた。以前見た光景とかぶる気がするが、今回は怪我人もいるから緊急性はこっちが上だろう。
……ここから彼らまで、結構な距離がある。
普通なら走っても間に合わない距離だが――こっちには魔法がある。身体強化を急いで掛けて、彼らに向かって全力で駆け出す。そして風を背中にぶつけて体を加速することで――迫り来る魔獣共と彼らの間に入り込んだ。
「なっ?! 一体何がッ――」
「助太刀に来た。止血しながら少し待ってろ!」
「えっ? 本当に――」
話している暇は無い。怪我人を治療しないと命に関わるかもしれないし、急いでこいつらを片付けることにしよう。目視で確認できるのはゴブリンとオーク、それに空からは蜂のような虫の魔獣……ビーネだったか?
突然のことで少しの間動きが止まっていた魔獣共が、また動き始める。魔物の群に対し、たった一人で対峙する俺はどう見ても多勢に無勢……そして一匹のゴブリンの顔がまるで「獲物が増えた」と言わんばかりの笑顔になり――
――そのままの状態で首が地に落ちた。
光を失いつつある双眸に映るのは、左手を前につきだしたシアの姿。
もちろん右手には白炎の剣が握られているが、その左手には何も無い。それなのに何故己は殺られたのか……そんな事を考える意識も、闇に落ちていった。
仲間の死を目にし、逆上したゴブリンが駆け出す。それに乗じてオークやビーネがシアに襲いかかろうとするが……届くことはなく只々見えない刃に切り刻まれるだけであった。たとえ近づいても今度は右手の刃で斬られて命尽きる。
……傍から見れば信じられない光景。
だが当人にとっては、なんら特別なことはしていないつもりだった。実のところ複合魔法を維持した上で形状変化、その上に逆の手で別の魔法を行使するなど普通では困難に尽きるものなのだが……シアはそれを理解していなかった。
もちろん最初から出来たわけではない。複合魔法の形状維持だけでも大変だったのだがとにかく集中を切らさないように訓練をした成果であろう。レクテューレから指南を受けてやっと出来たことだ。
それを後ろで見ていた三人組が、こんな事を口にする。
「なぁ……俺って、夢、見てるのか?」
「――ッ! 動いちゃ駄目!血が止まってないのよ?!」
「こんなもの見せられて、落ち着いて、いられるかよ」
「でもこれ以上血が出たら――」
「少し待ってろってことは何か手段があるんだろう。……あの人に賭けよう」
数分間の激闘を終え、シアは男たちへと駆け寄る。アレだけの数を捌いたのに息一つ切らしていないのは流石ではあるが、それを見ていた側からすると驚かされることでしか無い。そして男の元にしゃがみ込み――
「よく持ち堪えた――『ハイヒール』!」
「回復……魔法?」
「なんで痛みが引いて――傷が消えてる?」
「……奇跡だわ」
光が消えると、傷口が塞がっただけではなく完全に体が元に戻った男がぽかんと口を開けて俺のことを見ていた。俺はそれを横目にバッグから薬を取り出す。
本当に効果があるのかは分からないが、草刈りの時に話した爺さん曰く「増血剤」だそうだ。回復魔法では機能は回復しても血までは戻らないらしいからな。
「回復魔法では血まで戻らないからこれを飲んでくれ」
「うげっ……それ不味いんだよなぁ」
「馬鹿なこと言うんじゃないよ! せっかく頂けるっていうのに!」
男は渋々といった顔で増血剤を手に取ると「俺も男だ!」と言いながら一気にそれを飲み干した。その後「ぐぉぉぉぉ」となんとも言いがたい声を上げていたから相当まずい品物なのだろうな……
――ともあれ、これで処置は終わった。
後はこの人達が一旦帰るのか掃討戦を続行するかを確認しないとな。もし求められれば森の外まで俺が送り届けることも視野に入れて行動しよう。
「それで、これからどうする? あれだけの怪我をしたのなら帰るのも手だが」
「……死にかけた身だ。もう帰ることにしよう」
「そうね。もうあんな思いはしたくないわ」
「わかった。……必要なら森の外まで送るか?」
「いや、せっかくだが遠慮させてもらう。そこまで手を煩わせる訳にはいかない」
「そうか。くれぐれも気をつけてな」
結局、その三人組を俺は見送ることにした。一応二人にも軽く回復魔法をかけておいたから帰るくらいの力はあるだろう。俺はやるべきことをやるだけだ、彼らのことは取り敢えず片付いたことにしよう。
しかし、これまで何組か助けてきたがどれもこれも魔獣の「集団」に襲われていることが要因だ。魔獣はそれぞれ縄張りみたいなものを持っているらしく、そこから離れることは少ないとレクテューレに教えてもらったんだが……気になるな。
逃げているうちにそれぞれの縄張りへ入り込んで引き連れてしまったのか? それにしては種類が多い気がするし……もしかすると大規模行進の際には魔獣が結託して襲ってくるのかもしれない。となると魔獣を指揮する奴がいる可能性が――
――おっと、今考えていても仕方がないな。
まずはやるべき事をやって、それからじっくりと考えることにしよう。終わった後にギルドマスターなりレクテューレなりに聞けばいいことだ、今はこの戦いに集中しなくちゃいけない。
さっき倒した奴ら……風の刃で倒した奴は浄化していないからそれを片付けよう。浄化といっても魔獣を倒した周辺の土や葉っぱに染みこんだ魔素を消すだけだ、何ら特別なことはしない。
どうやら普通の魔素と魔獣が持つ魔素は性質が異なり、葉や土とかに浸透してしまうみたいだな。妙に黒ずんで見えるから判断がしやすくて助かる。そこに浄化をかけるときらきらと輝いて弾ける……なんだか綺麗だな。
――それが終わると、俺はまた森の中を駆けた。
魔獣を見かけたら倒す、ということをずっと繰り返しているがやはり二種以上のグループが目に入るな。魔法を使えない人にとっては対処の手間が二倍になるし連携して襲われる可能性があるからより一層危険だろう。
……っと、また魔獣のお出ましか。コイツはゴブリンか?
「体色が……赤い?」
「ケケッ!」
「――なっ?!」
あろうことか俺に向かって火を飛ばしてきた。恐らくコイツがゴブリンの強個体だろう。だが、対処は何ら変わりない、少し離れて俺は風の刃を飛ばす。それだけで奴は息絶えた。
まさに「油断大敵」だな。気をつけていたつもりだが……少しばかり気を抜いていたみたいだ。しかしコイツは倒しておいてよかったな。赤い体色というと、いつぞやのオーガのことを思い出す――ん? なんだこれ?
ゴブリンに近づいて姿をよく見てみると、コイツのものじゃない……赤黒い血が付着していた。赤黒いってことは付いてから時間が経っているってことだよな? てことは怪我した人間が居るはずだ。
――急いで辺りを見て回ると、男が一人倒れ伏しているのが見えた。
急いで駆け寄り、怪我を確かめようと体に触れると……何やらぬちゃっとした感触が俺の手に伝わってくる。手のひらを見ると、赤黒いものがべっとりとついていた。嫌な予感と共に、自然と震えだした手で男の体を仰向けにする。
――しかし、その顔には既に生気が無かった。




