知識の吸収③ ”約束”
――数分の間、レクテューレは涙を静かに流していた。
かつての友が残した言葉の意味を初めて知ることが出来た。しかし、待ちに待ったそれは別れの言葉……レクテューレにとって非情に辛いことだろう。
ただ、幸いな事はサクラと分かれてから相当な年月が経っていることだ。その長い時間で、レクテューレも心では見切りをつけていただろう。人族なのだからそんなに長く生きることは出来ない……その事実こそが救いだった。
……そう思うと同時に、俺の頭にはいくつか別の考えがよぎる。
まずサクラが「授かったギフト効果でまだ生きている」という可能性。
俺が授かった時は"常識の範囲内"という規定であったが「長寿」に関するギフトを受け取った可能性がある。それに常識といっても、元の世界と此方の世界ではかなりの差異があるだろう。こっちの長寿な種族と比較しての"常識"かもしれない。それは可能性としては十分にありえる話だ。
それと同時にもう一つ俺の頭に浮かんだのは……サクラこそがあの「女神」なのではないか、ということだ。
それならば突然姿を消したこともいくらか辻褄が合う。もしかするとそれを含めた「さよなら」だったのかもしれないな。誰でも"女神"なんて大層なものに祭り上げられたら人前に出たくなくなるだろう?
まぁ、それは俺の勝手な妄想だ。確かめるすべもないしレクテューレに伝えることはしないでおこう。そもそも、何故"ギフト"の存在を知っているのか、という点で俺のことがバレてしまう可能性がある。
……そうだな、このことは俺の心の中だけにしまっておこう。
そんな事をひっそりと思っていると、レクテューレが袖で涙を拭いながら俺に話しかけてくる。そしてレクテューレの顔は……さっきまでと違って実に清々としていた。
「……ありがとう、シア。これで長年想っていたことの整理がついたわ」
「それは何よりです。私も、サクラさんの真意を伝えられてよかった」
「さて、と。これだけのことをしてくれたのだから何かお礼をしないといけないわね。と言っても出来ることは――」
そこまで言った後、レクテューレは考えこんでしまった。個人的にはお礼をされるようなことはないのだが……当人がしたいと言っているのだからお言葉に甘える事にしよう。
そしてレクテューレの出した答えは――
「――そうだ、シアは色々な情報を探しに来たのよね?」
「えぇ、常識やら魔物のことやら色々とありますけど」
「ならそれを手伝わせてくれないかしら? 求めてる本の位置も、それに関する知識も私なら持っている。サクラにも教えたんだもの」
「それなら……お願いします」
――そこから先はレクテューレに手伝ってもらいながら色々と調べた。
魔獣や魔族のこと、各種別の強個体のこと。そして人族を含めた"種族"について。どれもこれも俺にとっては驚くことばかりであったため、今から軽く整理をしよう。
……まずは「魔族」についてだ。
そもそも魔族というのは「意思疎通が出来る高度な知性を持った魔生物」という位置づけらしい。そもそもの「魔生物」という言葉について全く想像がつかなかったためレクテューレに聞いてみたところ、ゴブリンとかを含めた"魔獣、魔物"の類らしい。
なぜ「魔獣」と一括りにしないのかというと、植物にも魔素を内包するものが存在するから、だそうだ。なるほど、植物は"獣"ではないからな、妥当な区分だ。
それと、魔族は別に"人族種の敵"というわけではないらしい。もちろん中には人族種を毛嫌いして攻撃を仕掛けてくる者も居るが、それだけではなく友好関係を築いているものもいるそうだ。
ちなみに、魔族となった者が子をなすとその子供も魔族として生を受けるらしい。知性というものが受け継がれるのは興味深いな。普通の魔獣とかとどこが違うのだろうか?
あと、スライムも魔族となりうるのだろうか……もしかして発声器官を生成したりするのかもしれないな。「意思疎通」ができるとしたらだが。
……次は各種の「強個体」についてだな。
ゴブリンやオーガ、スライムなどには強個体というものが存在して、それぞれ特色は異なるが基本的には普通の種に比べて戦闘能力が上がるらしい。その中でも特に危険なのは俺が戦ったオーガらしいが……それよりも"スライム"が場合によっては危険らしい。
特に接近戦になった時のスライムは危険極まりない。スライムの特性上、体がほぼ液体で出来ているため顔などに飛びかかられると窒息で死ぬ確率がある。魔法で払おうとも魔法名が言えず、むしろ口内に侵入してきて死が早まるだけだ。
故に、洞窟などで上から飛びかかられると強個体でなくとも殺されることがある。だからこそ注意が必要な敵だな。それにスライムの適応能力が凄まじく、発生した場所によっては酸を飛ばしてきたりするからよく見極めることが必要だと言われた。
ゴブリンに関しては……身体強化や初級の魔法を使うらしいな。それだけだが、それを知らずに安易に飛び出すと手痛い反撃を食らう。初心者が運悪く出会ってしまうとそれだけで死ぬ確率が跳ね上がるとのことだ。
余談だが、強個体のゴブリンは魔獣から魔物にランクアップするらしい。
……最後に種族についてだ。
代表的には「人族」「エルフ」「ドワーフ」「獣人族」などだ。
人族とエルフはさっき聞いたからさておき、ドワーフと獣族についてだな。別にそれぞれの種族がバラバラに存在しているわけではなく、王国内でも様々な種族を見ることが出来るらしい。今のところ人族とエルフしか俺は見たことがないがな。
獣人族に関してはいろいろな場所に点在しているが、基本的には集落を作って過ごしているらしい。種類も様々で「犬種」「猫種」「狼種」「狐種」などがいるそうだ。他にも色々と存在するが全て知るとなると面倒だから「獣人族」と一括りで考えよう。
ちなみに、人の容姿が全面に出ていて耳や尻尾などしか獣人要素がない場合は半獣人というらしい。人間と獣人の間に生まれるとそうなるらしいな。獣人同士ならば純粋な獣人が生まれるとのことだ。
最後にドワーフ。この種族は鍛冶や工芸に関して特に秀でているらしく、それ故に鉱石が発掘できる山の付近などに住んでいるらしい。どうやら近くにある「エルツ王国」に住んでいるドワーフが多いらしいな。もちろんレスクにも住んでいる人はいるらしいがエルツと比べると数は極端に少ない。
とりあえずはこんなところかな? 早急に調べなければいけないものは今回であらかた調べ終わったと思う。これからは知らないことが出てきた時に順次図書館に来て調べることにしよう。
「――シアが調べたいことはこれくらいかしら? 他になにか知りたいことがあったら遠慮なく言ってちょうだい」
「いえ、取り敢えず調べたいことはこれだけですね。何か他に知りたいことができたらその都度ここに来て調べます」
「そう? ならもうここでお別れかしら――シア、一つお願いがあるのだけれど」
「ん? 何ですか」
「――貴方も、私の友達になってくれないかしら」
レクテューレの口から出たのは、友達になってほしいという言葉だった。もちろん俺はそれを承諾する。そして、ここでも俺は約束を重ねることになった。それは口調を改めて楽に話すということ、そして――
――二度と会えなくなる時は伝える。そしてそれを必ず守ることを。
カウンターで入館するときに預けた銅貨一枚を受け取り、俺はレクテューレに別れを告げる。その言葉はもちろん決まっている。
「――それじゃあまたなレクテューレ」
「えぇ、また近いうちに来てちょうだい」
新たな約束を背に、俺は家に向かうため図書館からその一歩を踏み出した。
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